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とりい とうか

第1話 初詣の話

 初詣の準備を終えたと思えばすぐに本番。水之登みずのと神社の禰宜ねぎである百々目鬼どどめきルキは一つ溜息を吐いて背筋を伸ばした。凛と清らかな白い着物に、目に鮮やかな浅葱色の袴。どこからどう見ても立派な神職の姿である。



 逆に立派でない神職は、罰当たりとしか呼べないので。



 本来は宮司である中御門陵なかみかど りょうが主たるあれこれを回すのだが、今年はそうできない理由があった。この水之登神社は、怪異に纏わる事件を解決するという役割を担っている。日本の霊的平和を守るための、大事な務め。しかして、それによって陵が怪我を負ってしまったのだ。

 故に、宮司の補佐である禰宜たるルキが陵の代わりをすることになった。怪我といってもそう重いものではなく、あまり動かずにできる電話やら何やらは陵が対応しているが、時期が時期である。境内外のあちこちを忙しなく動き回っていたルキは、一時町の噂となった。


「おい、これどこに置くんだ?」

「あ、こっちにお願いします」


 その噂を聞きつけて、助っ人として現れたのが神田文かんだ ふみ。ぼさぼさの金髪に吊り上がった三白眼、とくれば悪人にしか見えないが、こう見えて義理人情に厚い男である。通っていた学校は違えどルキの先輩に当たり、怪異関連のあれこれでルキに借りがあった。

 そんな文が、「水之登神社の神主さんがすごいスピードで町を走り回っている」なんて噂を聞いたならば、顔を見せるのが道理で。困っているならば少し手を貸してやろうと思っていたら、想像以上に大変そうなルキがいたので、結局毎日神社に通っているという次第であった。


「陰陽連は色々考えて仕事振れよな、って部外者でも思うぜ?」

「もっと言ってやってください、呪ってもいいですよ」

「新年早々物騒なこと言うなっての」


 初詣の参拝客には聞こえないように、ぼそぼそと言葉を交わす。陰陽連――日本の霊的平和を守るため、全国の『陰陽師』を統括している組織、陰陽師連合の略称だ。水之登神社は、先代と当代が『陰陽師』であるため、この組織から指令を受けて怪異と戦っている。

 が、しかし、本業は神に仕えることだ。いくら霊的平和を守るためとはいえ、本業に支障をきたすようであれば本末転倒。更に、とある事情によって陰陽連は陵に対する当たりが強い。陵を尊敬しているルキからすれば、陰陽連とは八割方敵であった。


「それに、京都は遠いっての。目の前にいるならまだしもさ」

「何とかなりませんかね、僕の暴力も相手が目の前にいないといけなくて」

「いや止めとけって、呪いは合法だけど暴力は違法だからな?」

「この業界にいると呪いも全然違法でいいと思うんですけどね」

「犯罪行為としての定型を備えてない、だっけ?」

「僕らからすれば包丁とか拳銃とかを向けるのと同じじゃないですか」

「お前ね、さっきそれをやれってオレに言ってなかった?」


 思わず文が半眼で睨むも、どこ吹く風のルキである。文が持ってきた業務用甘酒を鍋に追加し、コンロの火勢を調整する。柄杓を鍋に突き入れぐるりと一回し、紙コップに注いだ湯気の立つそれを、文に差し出す。


「そろそろ人の流れも穏やかになったので、休憩に入ってもらっていいですよ」

「お前は? オレは裏方だったからいいけど、ずっと表にいただろ」

「僕は適当に……まだ全然大丈夫ですので」

「いくら半分鬼だからって無理し続けるのもよくないっての。お前が先に休んどけって」


 ルキから甘酒を受け取った文は、空いている方の手でルキの額を突いた。きゅ、とルキの眉間に皴が寄り、次いでぱちりと開く赤い目。それは、きょろきょろと左右を見回し、文を見つけてふにゃりと笑んだ。その下にある、ルキの双眸とは異なる動きで。


「急に起こすの止めてくれません? いきなり視界が拡がるからあんまり好きじゃないんですよ……」

「普段ならこれくらいで起こされないだろ。ほら、人に見られる前に行った行った」


 文からとんと背を押され、社務所の隣にある居住スペース――代々この神社に仕える神職たちが住んでいる、神主さんの家と呼ばれている場所である――へと誘導されるルキ。眠たそうにくしゅくしゅとまばたきする額の目を擦ったルキは、諦めてそちらへ歩を進めていった。

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