第10話 鍵穴の話
「鍵穴を覗き込んだら赤い部屋だの赤い目だの、そもそも他所様の御宅の鍵穴を覗こうとするその品性が下劣。百歩譲って何か事情があったとしても、九割通報案件じゃないですか」
「残り一割は?」
怪異ちゃんに決まってるでしょうが。
「今日もルキ君は誰憚ることなくキレてる」
「逆に陰陽連からの依頼で僕がキレてなかったことあります?」
「まぁなかったけど!」
禰宜としての正装を纏ったルキと、狩衣烏帽子姿の虎彦が、二人並んで歩いていればそこそこ人目を引くものだが、幸か不幸か誰もいない。それも当然、二人の行く先は山中の廃墟だ。
「しっかし、酔っ払ってタクシーに乗って、その先で急に現れた家の鍵穴を覗き込むとか完全におかしくなってるじゃないですか。或いはそれ込みで怪異ちゃんの仕業か」
「それ込みだと思うよ実際。でもすごいよね、普通鍵穴からトゲが出てきても避けらんないじゃん。ギリギリで回避、無傷でご帰還あそばされてるって」
「僕もできますけど……」
「できちゃうから今回選ばれたんだもんな」
「クソがぁ」
「ルキ君今回もめちゃくちゃ口悪いね?」
「神社は通年忙しいんですよ京都のお屋敷に引きこもってる老害どもはわかんないかもですけど」
「あっあっあ~……なるほどね?」
と、ルキと虎彦が語ったような噂話があり、今回の登山と相成った訳である。山に住む怪異は往々にして山怪や山神擬きに成り上がりがちだ。山怪ならまだしも、山神に成り上がられたら霊的平和の危機である。
よって、ルキと虎彦が命じられた目標は「山中の廃墟にいるらしき怪異の調査、可能ならば討伐」となっている。この依頼の際に陰陽師連合の使者がルキを怒らせ、その結果監視員の虎彦が針の筵に座ることになってしまっているのだが、これもまたいつものことであった。
「あれじゃないですか? 廃墟と言うか、何だろう、廃洋館……?」
「あ~、だから鍵穴があるって寸法。今や覗き込めるくらい大きな穴がある鍵って絶滅危惧種らしいし」
「それじゃあちゃっちゃと片付けますか」
「あっあっ速い……しんどいから待って……」
そうして、現場である廃墟が見つかった途端、ルキの歩調が三倍速になった。これまでの登山で体力を消耗していた虎彦の泣き言が漏れるが、一切考慮のない速度である。虎彦がルキに追いついた時には、既に「調査」が始められていた。
「いや調査ってんなら調べよ? やだよ懐からノールックでメリケンサック取り出す神職がいる神社とか……スサノオ様とかビシャモンテン様とか、その手の武神様を祀ってらっしゃって?」
「どうせ討伐込みなら初手暴力で安定でしょうに」
「古い類いの日本人はね、結果よりも過程を重視するのよ。陰陽連の幹部っつったらとても古い類いなのよ。おわかり?」
「おかわり」
「だから速いっての!? 二の打ちで扉メコォは草ァ!!」
狩衣烏帽子という古風な姿には似合わない口調でルキの暴虐を咎める虎彦だったが、その程度で止まるならそもそも初手暴力はない。両手のメリケンサックは威力向上の他に、凄まじい勢いで扉に叩きつけられる拳の保護の意味合いがある。
「これはね、パンチじゃなくて」
「空手の何かとか言うつもり?」
「万能の鍵」
「ばんのうのかぎ」
「どんな扉でも、時間さえかければ、必ず開く鍵」
「蛮行の鍵じゃん」
「でもほら、開きますよ?」
メリケンサックを装備した和装のイケメンが廃墟とは言え立派な洋館の扉を「万能の鍵」で開けて――正しく言うなら拳で壊している光景。ただの悪夢かお笑いである。
淀んだ目をした虎彦は、扉の向こうから聴こえてきた悲鳴に黙祷を捧げる。ルキ曰くの怪異ちゃんが、あまりにもあまりな暴力に悲鳴を上げて逃げようとしている。どうやら扉が本体らしく、そうして、ひび割られた扉は突然消えた。
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