第29話 制約の話

 何とかして黄昏の少女(キブレの巣を暴力によって奪取した唾棄すべきクソアマ(キブレ談)である。キブレは彼女のことを密かにヒス女と呼んでいたが、本人にバレてヒステリーという言葉が霞む程の暴力を振るわれた)を追い出そうと、目についた魔術師を引き込んだのが間違いだった。



 キブレは、領域作成力と物体干渉力はずば抜けているが――それ以外がド底辺である。



 その日もいつも通り迷い込ませた人間で遊ぼうと、罠を作動させようとした時。キブレは巣の空気がぴりついたのを感じて動きを止めた。その間に狙っていた人間は罠のある場所を通過して、震えながら進んでいった。

 例えるなら、静電気のような、張り巡らせている糸がぴりぴりと震えるような感覚。とはいえ、巣を作る方は得意だがその後の管理は苦手なキブレである。誤作動か何かかと思って、その時は気にしなかった。

 再度、それが気になったのは、忍び込んできた霊能力者を弱体化させようと部屋の繋がりを変えかけた時。霊能力者が入ろうとした教室を理科室か家庭科室に直結させようとした瞬間、腕が痺れた。

 思わず動きを止めればすぐに痺れは取れたものの、これは確実に何らかの異常が発生している。思い返し、思い出し、ふと頭を過ったのはあの日の魔術師の言葉。

 その魔術師は、キブレが直々にこの廃校に招いた人間だった。黄昏の少女を廃校から追い出すために、抜本的な対策をと思って呼んだゲスト。結局、黄昏の少女を完全に追い出すことはできなかったものの、九割方いなくなってはくれたので――キブレは、その魔術師のことを生かして帰した(そもそも、キブレよりも強い黄昏の少女をどうにかできる人間をキブレがどうにかできる訳がないのだが)。

 以降、自分よりも強い悪霊やら何やらが侵入してきた時などに、その魔術師を頼っていたのだが、ある日、魔術師が帰り際に言ったのだ。



 ――「人間に害を成すな」って言ったって、素直には聞いてくれないでしょ?



 その問いに対して、キブレはけらけら笑って肯定した覚えがある。キブレは悪霊だ。悪霊とはつまり悪を成す霊であり、怪異である。そんなキブレにとって、魔術師の問いは当たり前のことだったから、頷いた。

 所で、魔術師とは契約の専門家である。神々と、精霊と、時には怪異とさえ、人間ではないありとあらゆる存在と契約を交わしその力を扱う者。実際、キブレがお気に入りの彼もまた、雷神と契約を交わしていて……雷神と、雷と。

 キブレは、嫌な予感を抱いたまま、霊能力者に向かって即死罠を作動させようとした。教室の床の半分を消して、地下まで一直線に叩き落とすという罠だ。果たしてそれは、作動させることができなかった。

 キブレの目前に現れた、魔法陣。濃厚な雷神の気配を帯びたそれは、キブレがその罠を作動させるや否や、盛大に爆ぜるだろう。そして、キブレにはその猛攻に耐える術がない。

 数瞬、迷い、キブレは罠を解除した。これであの霊能力者は、少しの間生きていられるだろう。すると、予想通り――魔法陣が消えた。予想通りであってほしくなかった。つまり、あの魔法陣はキブレが「人間に害を成す」と、キブレを殺すのだ。


「はー!? 何それ!? え!? カヤシマ何してくれてんの!?」


 思わず大声が出るも、答える者はいない。「人間に害を成すな」という言葉と、文脈は正反対なれどそれに頷いてしまったキブレ。全ては後の祭りである。

 髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱し、あーだのわーだの騒ぎ続けるキブレ。怪異であるにも関わらず、人間を害する術を封じられた彼が今後どうなるかは――まだ、本人にもわからなかった。

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