第28話 保健の話
解剖準備室と呼ばれている都市伝説がある。夕暮れ時の学校で、怪我をした生徒が保健室に向かおうとしていたら、そんな名前の部屋に迷い込んでしまうのだと。部屋の中には古今東西ありとあらゆる拷問の道具が置いてあって、本格的に解剖される前の準備をさせられてしまうのだと。
「拷問の道具なんてとんでもない! あれらもちゃんとした、人間を解剖するための道具なんですから!」
「ちゃんとしたとは?」
「それは僕もずっと考えてました」
キブレとウサギが会話しているのはいつもの廃校、外に面した窓から刺さる夕暮れの赤光が目に優しくない。
「校長先生におかれましてはご機嫌いかがでしょうか? 私はいつだってご機嫌ですよ! 職員と生徒の健康を一手に担っていますからね、きちんとセルフケアしてますとも!」
「無視してンのに話し続けるメンタルの強さ」
「僕もこの人……人? 嫌いなので早急に追放してくれませんか?」
「追放できるならしてるっての」
そんな二人の間に無理矢理割り込んでいるのは、白衣姿の男。ぱさついた中途半端な長さの茶髪を乱暴に一つ括りにしているのが特徴的だ。
彼の現世での名前は解剖準備室、この廃校では保健室の先生ことミヤ。怪異が人間の姿を取った、専門用語で化身と呼ばれている存在である。
「セルフケアといえば、最近は肩甲骨剥がしとやらがトレンドらしいですね? いやぁ、胸ときめく響きだなぁ肩甲骨剥がし」
「お前が剥がすのはマジモンの骨だろ定期」
「定期という程の頻度でしたっけ? あぁもう返事しちゃったから見てくださいよあの笑顔」
「目が合ったらマジで終わりだからヤですね」
ミヤは、キブレに招かれた存在だ。現世での拡がりを見込んだキブレが自分の廃校に来ないかと声をかけた。キブレとしては設置型の罠として活躍してほしかったのだが――この化身、とんでもなく自由奔放に動き回る。
その結果、この廃校の保健室は移動型のデストラップとなってしまった。いつどこに出現するかわからない、踏み入れたら死が確定する場所。使い勝手が悪過ぎて乾いた笑いしか出てこない。
「こう、背骨から肩甲骨をこう……ね? 腕の可動域が広がっていいことじゃないですか?」
「あいだだだお前ふざけんなよ!?」
「きゃっきゃ」
「はしゃぐならせめて表情変えて!?」
キブレの腕を取って可動域を広げていくミヤ。キブレが痛がり苦しむ様を見たウサギが無表情に囃し立てる。骨から骨が剥がされる寸前、キブレは一瞬掻き消えて、その拘束から逃げ出した。
「バカが大家に忖度しろ!! 優しくしろ!!」
「善意だったのに……」
「善意だったそうですよ」
「オレが窮地に立つと途端に掌クルクルすンの止めろや」
「わかってくれるかい!?」
「いやわからないですけどあれを苦しめてくれるなら歓迎します」
「正直者が!!」
ぱぁっと明るい表情で手を握ろうとするミヤから可能な限り距離を取るウサギ――だって次は僕の骨が剥がれそうじゃないですか。キブレはそんなウサギとご機嫌なミヤを天井から見下ろして、思いつく限りの罵倒を浴びせかけた。
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