第52話

 感染性呪詛こと生前の名を深山充、享年二十歳、死後の名をSUWA君と名乗らされているのだが、まぁそういう怪異がいる。

 人としての見た目は充が死んだ時の姿と同じで、頭の右側が潰れている。そう見せようと彼自身が思わなければ何でもない姿に見えるが、そこに実体はないし、ふんすと気合を入れるとエグい様相に成り果てる。


 見たら死ぬ動画、という現代怪異界のレッドオーシャンに飛び込まされた哀れな元人間である。


 充はくぁあと欠伸を漏らした。別に眠くはないが、生きている人間を真似てのことだ。充は元人間、つまり自身の元となったのが人間であるという自覚がある怪異だ。怨霊やら悪霊やらとは異なるルーツを持つ、存在としては純然たるオカルト系存在であった。


「……」

「あ、ヒトイヌちゃんじゃん!! えーなにーオレに会いたくなって来ちゃったー? モテモテじゃんすか照れるぅー!!」

「このバカの話は九割聞き流していいぞ」


 そんな充の目前に現れたのは、ドーベルマンのような犬のマスクをかぶったドレス姿の淑女。ほっそりとした顎の線から、隠された顔の美しさが想像できる。が、その足元にいる存在が全てを台無しにしていた。

 それは、四肢を歪に折り曲げられて四つ這いにしかなれないようにされた男。一応程度にボロ布のような服を着せられているが、彼は人間ではない。彼は、彼女のカイイヌである。充の隣で爪を磨いていた巨大猫、もといネコオトコと呼ばれる怪異はそんなカイイヌを見て顔をしかめた。


「……」

「え、違うのショック……フラれたオレにお情けの投げ銭よろでーす……」

「お前はいつもフラれてんだろ、そんなんで投げ銭もらってたら今頃大金持ちだろが」

「オレ……もしかして大富豪になってた……!? 知らない間に……!?」

「コイツくらいポジティブだと人生幸せだろなってたまに思うんだよな」

「まぁもう死んでるんすけど」

「はいはい元気に死んでる定期」


 ふっ、と爪の削りかすを吹き飛ばしたネコオトコが雑に返す。カイイヌからの視線が鬱陶しい。恐怖、怯懦、そして微かな期待。コンビは組んでやらねぇって言ったんだけどなと思いつつ、ネコオトコはぺろりと前足を舐めた。さりさりと顔を拭う。


「……」

「んー、まぁ確かにヒトイヌちゃんは何ていうの? サイコホラー的な怖さだから……人間怖い的な……オレとはちょっと違うからあんまりアドバイスとかしてあげられなくて……」

「コイツはモキュメンタリー的な感じだからな。アンタなら夜道で歩いてるだけで怖がられるとは思うんだけど、変態プレイだって通報される危険性もあるんだよな……いや怒んなって、成り方がそうだから仕方ねぇだろ、俺なんて可愛い着ぐるみだっつってガキから大人気なんだよ」

「いやそんな事実なくない? どこ調べの何情報よ?」

「怖がらせようと思って出てったらおっきいニャンコちゃんとか呼ばれてハグされて唇まで奪われた俺の気持ちがわかるか?」

「ごしゅーしょーさま……?」

「漢字で書けるようになってからぬかせ再生数底辺のインターネットおばけ野郎が」


 掴み合いの喧嘩になった。人間のみならず、怪異の間とて言っていいことと悪いことがある。ヒトイヌ、と呼ばれた淑女は困ったように首を傾げて、刹那、足元のカイイヌが粗相をしたので思い切り鞭打った。血が、滴る程に。

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