第16話 母妹の話
人工受精という技術があり、代理母という技術もある。理論上、精子と卵子があれば子どもは生まれることができる。だから、彼等はこう思ったのだ。
無色の兄とはいえ、才女の妹と掛け合わせれば、更なる才を持つ子が生まれるのでは?
万寿の初恋は兄で、最後までそれは変わらない。万寿にとって兄は、愛しくて恋しくて堪らない、自分の所有物であった。それが突然失踪して、死んだなんて言われても、信じられる筈もない。
だから万寿は、兄は死んでいないと信じている、願っている、祈っている、そうと定義している。『ウィザード』である万寿がそうと思っているのだから、真実にならない訳がないと、一途に思い続けている。
それは呪いである。故に万寿の兄は――明神は、死ねない。万寿が明神の死を認めない限り。それは、万寿が死んだとしても、否、死ねば二度と解けることのない、最悪の呪詛であった。
「お兄ちゃん……」
だがしかし、万寿自身はその呪いを自覚していないし、自覚したとしても祝福だと捉えるだろう。万寿は明神と二人、永遠に愛し合っていけるならばその形を問わない。例え、明神が心底から嫌悪し、拒絶したとしても。
だって、明神は万寿のものだ。自分勝手に離れるなんて許さない、許せない。明神は万寿のものなのだから、万寿と共に、万寿のために生きていかなければならない。
「万寿ちゃん」
「お母さん!」
そうして今日もまた、沸々と明神への想いを積み重ねていた万寿に声をかけたのは、万寿の母である授々。にこにこと笑ってはいるが、その目の奥には何の感情もない――授々も万寿と同じく、彼女の唯一にしか興味がないのだ。
けれども、授々の唯一である妙珠が、善き母であれと望んだので、授々は万寿の善き母として動く。兄がいなくなって悲しんでいる娘は、優しく慰めてやらねばならない。それが、授々が考える善き母だ。
「そんなに思い詰めていたらよくないわ。お兄ちゃんが帰ってきた時に、窶れている姿は見せたくないでしょう?」
「でも……」
「さぁ、ご飯の時間よ。食べ終わったら、お母さんも手伝ってあげるから」
「本当!?」
まだまだ未熟な『ウィザード』である万寿には、明神を
万寿は、期待に目を潤ませて母に抱きついた。これで明神は万寿の手元に戻ってくるという安心感が、万寿を満たす。今度こそ逃げられないように、しっかりと愛し合わなければ。そう決意した万寿の背後で、かさりと、小さな影が走った。
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