第17話 群蟲の話
文にとって明神は何だったのかと言われれば、数少ない――いや、たった一人の友人であったと言える。文と明神はそれぞれ家庭に問題を抱えていて、その傷を舐め合うことができた。
とはいえ、実際に互いの家庭について口にしたことはない。ただ、家に帰りたくないと言い合ったり、時々二人で門限を破ったり、その程度のことだった。その程度のことだったが、文にとっては何よりの救いとなった。
文は『憑物筋』であるが、それとは関係なく義理堅い男であった。
「あぁ、うん……そう、
文は、日本で築いてきたものを全て捨て去って失踪した明神――現在の隼人と、唯一連絡を取れる旧知であった。というのも、文は彼に憑いている神の力を借りて、明神亡き後の楠家を監視し、その様子を隼人に伝えるという役目を負っているから。
これは、誰に言われるでもなく文から持ちかけたことであった。いくら死を偽装しても、あの妹が諦めるとは思えなかった。絶対に、何かをしでかす。それは隼人と文の共通認識であり、それが今日、証明されてしまった。
「いや、群蟲はバレてない……と、思う。もしかしたら親父さんにはバレてたかも? でもそっちは問題ないだろうし、逆にバレてても黙ってそうな気がする……」
あの女(文は、明神の妹である万寿に生理的嫌悪感を抱いているためその名を呼ばない)は、一途に明神を呪っていたし、あの女の母親も同類だった。愛だなんて言葉で繕っても、腐った臭いが立ち込める――一方的で、吐き気を催す執着心。
隼人を今も苦しめるそれを、本当は文がどうにかしてやれたらいいのだが、一心に明神へと向けられたその呪いは肩代わりも何もできない程に強固なもので。文はそれを歯痒く思いつつも、少しでも隼人が対策できるよう、情報を伝えることしかできない。
「うん……あぁ、うん、それは気をつける。うん、ありがとう……お前も気をつけろよ。あぁ、里羽は元気か? あの人は? そっか……うん、それならよかった。じゃあな」
ビデオ通話を切ってから、文は深々と溜め息を吐いた。隼人の顔色は悪くなかった、周囲の人々について聞いた時も悪い反応ではなかった。一時は死にそうな顔しかしていなかったから、それに比べれば随分よくなった。
だからこそ、文はあの女が許せない。呪えるならば、とっくの昔に呪っている。文を護る群蟲が、彼女等と文が直接関わることをよしとしないため、様子を伺うしかできないが――もし、その時がくれば、と文は決意を新たにした。
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