第19話 手札の話

 隼人は、明神と呼ばれていた頃から思い切りがよく、即断即決する方だった。それは諦念と希死が成した業で、死んでしまえばどうせ全てが御破算になるという思考の成れの果てでもあった。

 それは、明神が隼人になってから暫くは鳴りを潜めていた――だからこそ、百合は見誤ってしまったのだけれども。結論から言えば、隼人の行動は百合も、隼人に力を貸している神々も、隼人の父親でさえ間に合わない程、早かった。



 人間、持てる手札で勝負するしかないとは誰の言葉だったか。



 幾ら死なないように頑張っていたとしても、死ぬ時は死ぬのが人間の脆さだ。肉体的損傷は言うに及ばず、精神的損傷でさえ死んでしまうのだ。だから隼人は、改めて自身の手札を吟味することにした。

 体は、それなりに。明神は中肉中背で、必要最低限の運動しかしなかったが、隼人は適度なトレーニングによって体を鍛えている。それには、いざという時に百合を守れるようにという気持ちと、ライアーの力を充分に引き出せるようにという思いがあった。

 頭の方は、まぁ悪くはないと思っているが、狂人相手に通用するかといわれると悩む所である。瞬発力はないので、事前にありとあらゆる可能性を考えて動く方が得意だ。

 運は、不幸なことに強運らしい。これまで幾つか命に関わるような事件に巻き込まれてきたが、生き残ってしまっていることから考えるに。

 今回、いつも力を貸してくれている神々の力は使えないので除外するとして(ライアーは友達なのであまり惨い光景を見せたくないし、シモクノマカミはとある事情から連れていけない。弔蔦花は論外だ)、自身に宿る異能は――まぁ、これもそこそこだろう。タネが割れている、切り札としては弱い。


「……どうするか」


 これから日本に行って、明神の妹、万寿に、隼人への執着のろいを断ち切らせなければならない。そのために必要なことは何かと、隼人は思考する。

 いっそ目の前で死んでやれば解決するのでは、とも思ったが、『ウィザード』が変質した先は『ネクロマンサー』――死者を蘇らせ使役する、邪法の使い手だ。そんな『ウィザード』の素質を持つ万寿の前で死ねばどういうことになるかなんて、馬鹿でも解る。

 弔蔦花ならば精巧な花人形を作れるだろうが先刻考えたように論外。どんな対価を払わされるか知れたものではないし、土壇場でこっちの方が面白いからと盛大に裏切りかねない。麻宮の魔術でならある程度縛れるだろうが、ある程度だ。命を賭けるには全く足りない。

 故に、隼人は思考する。百合と、彼女が産もうとしている子どもが安心して生きていけるように――全ての障害を、排除するための方法を。そうして、とあることを思いついた隼人は、その足で日本へと出発した。

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