第27話 復讐の話

 彼と彼女は霊能力者のカップルだった。彼は寺生まれの仏教系、彼女は神社生まれの神道系。京都と出雲という離れた地で生まれ育ち、その異能を人助けのために使っていた二人は、東京という地で運命的な出会いをした。



 あの時、一人でも大丈夫だと言った彼女を引き留めていれば、違う結末を迎えたのだろうか?



 高名な除霊師である彼女に持ち込まれたのは、悪霊が巣食う廃校の浄化。既に何名もの犠牲者が出ていて、インターネットでもホンモノの心霊スポットとして拡がっているそこをどうにかしてほしいという依頼だった。

 彼女が仕える神社の神は、武の神たるタケミカヅチ。彼女もまたその性質に強く影響されていて、苛烈な除霊を得意としていた。故に、彼女はいつもと同じように颯爽とその廃校へ向かい――消息を絶った。

 彼は、彼女が死んだと認めたくなかった。だがしかし、その廃校に忍び込んだ動画配信者の動画で、彼女の死を認めざるを得なくなった。バラバラにされて天井から吊るされていた、手の一つ、その薬指に光る指輪。間違えようもない、自分の指にも同じものを着けている。

 彼は、彼女の仇を討つと誓った。除霊なんて生温い、その魂、一欠片残さず消し尽くすと誓った。そうして彼は、念入りに準備をして、その廃校に乗り込んだのだった。



 目が痛くなるような、赤色の夕日がグラウンドを照らしている。僅かに目を細めた彼は、除霊のための経文を唱え始めた。陰々と響くそれは、亡者を退けるためのもの。グラウンドを横切る間にも、真黒な亡者が徘徊しているのが見えた。

 校舎に入っても、赤色の暴虐は続いている。経文を唱え続けながら、配信者の動画に映っていた場所を探す。玄関から入って、階段を上がって、幾つかの教室の前を通過して――その間も、様々な形をした亡者たちが屯していたが、彼の障害にはならなかった。

 そうして辿り着いた、理科室と書かれたプレートが下がっている教室の前。彼は、その窓越しに彼女の腕を見つけた。見間違える筈もない、婚約指輪。激憤、という言葉が霞む、目の前が真紅に染まる。それを無理矢理抑え込み、改めて息を吸い、



 ブォン、と鳴り響いた駆動音。



 彼は、ぎょっとして廊下の先を見た。こちらに駆け寄ってきているのは、紙袋をかぶった大男。その手には、重低音を響かせて動いているチェーンソー。

 物理的な脅威には神仏の加護など消し飛んでしまう。何より、大男は――生身の存在だ! 彼はその事実に気づくや否や、廊下を走って逃げ出した。

 大男は、付かず離れずの距離で彼を追っている。それは、速さが足りないからか、本当は詰められるのに遊んでいるのか、彼には判断がつかない。判断がつかないからこそ、彼は全力で逃げ続けるしかない。

 亡者たちが相手ならば、万が一にも負けることはないと思っていた。だがしかし、チェーンソーなんて向けられたら霊的な能力は何の役にも立たない。ブォン、ブォオン、と唸るチェーンソーの刃は、さぞかし切れ味がいいだろう。

 何で、どうして。彼の思考はその二言に塗り潰される。或いは、彼女もあの大男によって殺されたのかもしれない――が、とんでもない凶器が大男の手にある内は、仇を討つも何もない。


「っ!?」


 ずるり、と階段で足が滑る。咄嗟に体を丸めたものの、背中、腰、頭、痛打、激痛、そして。階段の上から、チェーンソーの刃先を彼に向けて、飛び降りてきた大男の姿が、彼が最期に見た光景だった。

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