第34話 傭兵と冒険者

 冒険者という職業とクラスがある。

 元のゲームではなかったものである。

 ちなみにトリエラもルイも、前世ではさほどライトノベルなどをたしなんでいなかった。

 なのでこの職業には、それなりに違和感があったものである。

 冒険者ギルドの本部はミルディアの王都にあり、国の管理下にある。

 しかし各所の冒険者ギルドは、あくまでも本部とは連携しているものの、支配下にあるわけではない。

 最初はいったいこれがなんなのか、トリエラも分からなかったものだ。

 そもそも王都では本部こそあるものの、あまり見かけない職業であったので。


 一種の傭兵であるが、構成単位が小さい。

 ソロや数人のパーティーを組むなど、その仕事は多岐に渡り、王都ではつまるところ何でも屋である。

「辺境や魔境の近くの街や村で、その拠点を築いているようですね」

「戦力として取り込めないかな」

「王都の場合は無理でしょう」

「するとやはり、魔境か」

 トリエラは軍事機密扱いの地図を、とんとんと叩く。

「ルイはクラスをかえて戦場に立つつもりはないのか?」

「ゲームならともかく現実で、そんな危険なことをする馬鹿は多くないですよ」

 実際はそんな馬鹿が多くて、シナリオ開始前に死んでいる者が多いのだが。

 ルイは前世で刑務所暮らしが長かったので、犯罪を犯すことはかなり忌避感があるらしい。

 この世界では平民の命は、かなり軽い。

 一方で貴族は、それなりに非道なことをしても、評判が落ちるだけで済んだりもする。

 

 貴族なからとか平民だからとかではなく、地球でもよくあったことだ。

 それに往々にして加害者は、被害者よりも軽い刑罰で済んでしまう。

 なので抗おうとしたのが前世のトリエラで、転生して以降も理不尽に対しては憤りを覚える。

 一応ミルディアも法治国家であるのだが、貴族に対する法律と平民に対する法律が違う。

 ただ貴族が存在する割には、貴族絶対主義というほどでもない。

 過去に平民から新しい神器所有者が出ているので、そのあたりの関係だろうか。


 こう考えるとやはり、神器の有無というのが一番大きいと言える。

 ゲームのヒロインも新たな神器を与えられて、聖女などと呼ばれたのだ。

 主人公は貴族の妾腹で、母親の死後に父に引き取られ、政略結婚の駒扱いで育てられる、というシナリオだったのだが。

「一応ヒロインの家は調べましたけど、今のところその年頃の娘はいないですからね」

 やはりあの男の言っていた通り、ヒロインはメイキングキャラから選ばれるのか。


 ルートによるがラスボスは、まともにダメージが通るキャラが三人しかいなかった。

 とは言ってもルートによって、ラスボスが出てこないものもあるのだが。

 トリエラと同じくルイも、そこまでしっかりとゲームを攻略しているわけではない。

 すっかり記憶など忘れた頃に、死んでしまったので。


 今のトリエラはさすがに、まだ幼すぎる。

 しかしゲームの開始までには、レベルをたっぷりと上げておきたい。

 そして次に狙うクラスも、おおよそ見当をつけている。

 将来的なことまで考えると、トリエラは能力の穴を埋めるべきであるのだ。

「王都の状況については、こちらも調べておきます」

 ルイは戦闘においては全く役に立ちそうにないが、そもそもトリエラはあまり他人を当てにしない人間だ。

 情報収集に役立つ商人として、彼には今後も協力してもらおう。




 王都の状況を聞くために、トリエラは宰相府を訪れることもあった。

 トリエラの祖父であるグレイルが、王宮内に設置している。

 現在は国王に何も異常は起きていないため、あまり必要ではない。

 ただ王都内の一大事や、国王が各地を巡行している間などは、宰相府が国家の意思決定機関となる。

 そんなグレイルに、孫娘は色々と聞いていくのだ。


 判定の儀によって明らかになった、公爵家の後継者。

 トリエラの今の武器は、その立場にあると言っていい。

 また身内に対しては、幼いながらもその美貌は役に立つ。

 内心の苛烈さを隠すような、おとなしそうな美幼女。

 これは騙される方も気の毒だな、とトリエラは思うのだ。


 王都の中にも、スラムといえるものはある。

 ただ貧困層が集まる地域ではあっても、そこまで危険な治安ではないらしい。

 現在のミルディア王国は、大規模な戦争も起こっておらず、人口は増加傾向にある。

 これがもっと辺境の地であれば、農民だの騎士の家だのの三男四男は、開拓団に応募して、辺境の開拓に励むだろう。

 だが王都に近い場所であると、仕事を探して王都にやってくる。


 ミルディア王国の文明レベルであると、最大の産業はやはり農業である。

 飢饉が起こるとあっという間に、餓死者が出たりする。

 ただそれもこの数十年目だったものはなく、安定して国力は増加している。

 結局のところ問題なのは、辺境での国境紛争に、貴族のお家騒動、そして魔境の存在ぐらいか。


 魔境というのも不思議なところで、魔素の吹き溜まりに存在する。

 その気になればこれを開拓し、魔物を絶滅させることも、不可能ではないのだろう。

 ただこの世界における、主なエネルギー源となっている魔石。

 これを体内で生成するのが魔物であるため、下手に魔境を完全に開拓しきることが出来ない。

 前世でたとえれば、生物が石油やガスなどを生成してくれているようなものだ。

 また魔物も魔境から氾濫するのは、前兆がある。

 日頃は冒険者や傭兵が、魔物を狩って魔石などを採取する。

 基本的にこの世界のエネルギー源は、魔境に頼っているということだ。

 例外は王都にある迷宮ぐらいで、この迷宮からも魔物の魔石が採れることから、王都周辺の魔境は一掃されている。




 トリエラが人材を求めるなら、やはり領都の魔境あたりからになるだろう。

 傭兵も近年は大規模なものはあまりなく、基本的には冒険者も兼業している者が少なくはない。

 そして成功した冒険者は、その財産で畑を買ったり、あるいは商売を始めたりする。

 ただ冒険者でもそこまで成功するのは、かなり少ないらしい。


 実際のところ冒険者などは、一攫千金を求めた果てに、どこかで野垂れ死ぬことが多いらしい。

 それでもわずかな成功者の存在が、その選択肢をありだと思わせているのだ。

 またある程度の実績を残せば、村や街の衛兵として職に就くことも出来る。

 冒険者の方が強いのなら、そもそも治安が悪くなりそうなので、成功するほど強い冒険者を、体制側に組み入れるということはおかしくない。

 もっとも普通はそういった職に就くのがいいのだろうが、中には自由を求めて、ほとんど犯罪者になってしまう者もいるらしいが。


 幼年学舎の期間が終われば、一度また領地には戻る。

 それから少し農村の様子などを見たいと、トリエラは言った。

「わざわざか」

 クローディスはトリエラの願いに、意外そうな顔をした。

 ただそれはいずれ、やらなければいけないことでもある。


 この世界の、いや、少なくともローデック家の人間は、ある程度は下々の生活も知らないといけないと、農村などを若いうちに視察に回る。

 そこまで自分でやっておくのかと、クローディスも最初は思ったものだが、トリエラは自分から言い出した。

「いずれは確かに視察するだろうが、もう二三年はしてからだな」

 トリエラとしても、それぐらいは仕方がないかな、と思う。

 ロザミアが死亡した今、トリエラを害しようという人間は、いないはずである。

 もしいるとすればそれは、第一夫人と第二夫人がいなくなった結果、正室として扱われるようになった第三夫人。

 ただ彼女は実家の後ろ盾も弱く、トリエラを害するほどの力はないと思う。

 それよりはむしろクローディスに新たな妻を娶らせて、トリエラを排除しようとする勢力か。


 ランを教師とした戦闘訓練は、いまだに続いている。

 もしも農村の視察などをする時には、警護も薄くはなるだろう。

 その時には最低限、自分の身を守れるようになっておきたい。


 圧倒的なレベル差がありながらも、トリエラはたまにランに勝つことが出来る。

 それも前世知識であったような、特殊な武術知識は使わずに。

 奥義というのは、見せれば殺すほどの覚悟が必要なのだ。

 なので一対一では、まず使うことはないだろう。


 一年が巡り、トリエラは七歳になる。

 多忙な一年間であったが、どんどんと成長している一年であった。

 やはりクラスによる補正があると、身体能力の素の伸びも大きいのか。

 そして領地に戻って、トリエラは農村や各所の街などを巡ることになるのだ。

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