第46話 旅程

 旅の間には、足止めされることもなくはない。

 川の増水によって、橋が流されたということもあった。

 また街道が損壊していて、馬車が通れなくなっている場所などもある。

 予定の範囲内で、日程は遅れていく。

 そして一箇所にとどまるとなれば、さすがに人間関係は深まっていく。


 トリエラの護衛も兼ねた騎兵であるが、あくまで馬に乗れるというだけであって、クラスは騎兵や騎士であるとも限らない。

 ちなみに馬に乗るクラスは、騎兵やその派生やある弓騎兵、また魔法職が馬に乗る魔法騎兵というのもある。

 本来魔法職は、肉体的なアドバンテージがあまり大きくならないので、移動力を騎乗で補うというのは、普通に考え付くことだ。

 ただ元のゲームでは、魔法騎士というのが騎乗する魔法兵であったが。


 ゲームとの格段の違いは、騎士というクラスの価値が、かなり高くなっていることだ。

 戦士や兵士の経験を積んだ後、普通にクラスチェンジ出来るのが騎士であった。

 しかしこの世界のクラスでは、通常はまず従士となって、騎士の世話をする。

 そして書類仕事などもする経験を積んで、ようやくクラスとしての騎士になれるのだ。

 身分としての騎士は、やはり戦士であったり騎兵であっても、騎士にはなれるものである。


 ただここでゲームと現実の違いがあり、クラスとして騎士となると、身分も騎士として扱われるようになる。

 準貴族というのが騎士であり、一代限りのものであるが、クラスとして本当の騎士であると、だいたい騎士団への就職が有利である。

 また名の通った傭兵団に、よい条件で所属することも出来る。

「傭兵は、話には聞いていましたが、初めて目にします」

「彼らの仕事は戦場となりますからな」

 トリエラをザクセンまで送る役目は、ローデック家の老将オロルドが担っていた。

 かつてはローデック家の騎士団長まで務めていたのだが、年齢を理由にその立場を退く。

 第一線ではなく主に教育係として、若い騎士たちと関わっていた。


 


 ミルディアは現在、その中央近辺においては、傭兵を必要としていない。

 常備戦力で充分なほど、治安は維持されているのだ。

 さらに騎士団は、王都の迷宮で実戦を積むこともある。

 単純な練度ではなく、レベルアップによるステータスの暴力は、戦力の底上げとなる。

 また各地の魔境も、基本的には騎士団や兵士のレベルアップに使われる。

 細かい仕事であると、冒険者が片付けていく。


 傭兵は基本的には、戦争のための戦力だ。

 常備戦力では足りない貴族などが、紛争のために雇うことが多い。

 ただこれはあくまで臨時で必要な戦力のため、傭兵もいずれは定住を目的としたりする。

 開拓村に元傭兵や元冒険者がそれなりにいるのは、治安の維持としても意味がある。


 そしてこういった傭兵は、レベルアップのために、魔境を利用することは基本的に禁止されている。

 集団戦を行う場合は、辺境などの傭兵を制限していない魔境に向かって、そこでレベルを上げるのだ。

 商人などがこれに追随し、魔物の魔石や素材などを買い取る。

 戦力を底上げした傭兵は、より高額な契約を結ぶというわけだ。


 ただトリエラにとっては、それでは上手くいかないのでは、と思うこともある。

「力を付けすぎた傭兵が、盗賊になったりしないのですか?」

「ありますな。そのため強くなった傭兵団は、辺境の地の開拓を請け負ったりしますし、領主がそれを支援することもあります」

 オロルドがそう説明するからには、実際それで上手くいっているのだろう。

 わずかに盗賊に実を落とす傭兵に対して、騎士団などは戦力を鍛えているというわけだ。


 確か中世ヨーロッパの傭兵などは、時期によっては戦争が行われない間、盗賊として暮らしていた、などというのを本で読んだ気がする。

 そして同じ町に滞在している傭兵団は、どうやらザクセンに向かうらしい。

 ザクセンは蛮地と言われるが、実際のところは広大な土地でもある。

 そこの魔境は豊富であるため、さほどの制限もなくレベルアップが可能だ。

 ただ傭兵団は、トリエラの護衛たちと違って、騎兵と馬車で統一されていない。

 そのためここでは一緒でも、ザクセンに到着するのはトリエラたちの方が早くなるだろう、と思われていた。


「姫様は傭兵に興味が?」

「興味と言うか、ザクセンにいる間には、関わることもあるかもしれないでしょう? 知っておけるだけのことは知っておきたいのです」

「ご立派です」


 傭兵や冒険者というと、荒くれ者というイメージがある。

 実際にオロルドの話では、それも間違っていないのだろう。

 だが現在、同じ町にいる傭兵団は、例外的なものであるらしい。

「ジョルドという男の傭兵団ですな。人数はおよそ50人ほどで。私も面識がありますが、かなりまっとうな方かと」

 騎士団長までやったオロルドなので、やはり顔は広いらしい。

 その傭兵の暮らしというのには、トリエラもそれなりに興味があった。




 将来的にトリエラは、どういう人生を送るべきか。

 他の転生者と折り合いをつけ、シナリオを攻略するならば、それは望ましいことである。

 だが悪役令嬢を絶対に許さない、という前提が他の転生者にあるのなら、逆に殺し合いになることもあるだろう。


 転生者がまとまっていたなら、トリエラがレベルを上げていても、一人で勝つのは難しくなる。

 その場合は一度撤退することも考えておくべきだ。

 退避先としては、ザクセンというのも悪くはない。


 また将来的な戦力としては、傭兵を雇うことも考えたほうがいいだろう。

 シナリオによってはどんどんと敵は出てきたものだが、実際には動員出来る兵力には限りがある。

 もちろん傭兵というのは、主戦力としては使えない。

 なぜなら金のために働く兵士は、命の危険次第では、逃げることを選択するからだ。


 戦場が好きでたまらない、という戦闘狂もいるだろう。

 だがおおよその傭兵は、他の職業を選びたがっていると考えた方がいい。

 実際のところ傭兵は、それほど先のある職業ではないのだ。

 ちなみにクラスとしても、傭兵というものはない。

 ゲームでは金を出して臨時に雇えるキャラなどはいたが、クラスは別のものを持っていた。


 クラスと身分、立場などは違う。

 貴族、平民、傭兵などというのは、立場であるのだ。

 騎士などもまた、クラスと身分、両方の意味がある。

 しかし傭兵には、そういったものはない。


 足を止められている間に、トリエラは様々に学ぶ必要がある。

 そして対人での交渉などというのも、その一つであるのだろう。

 身分で明らかに上下関係が決まるこの世界。

 だが傭兵というのは、その身分関係から、わずかに逸脱しているものであった。

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