第45話 出立の日
ザクセンへ出立する日が、ついにやってきた。
安全を優先するため、二ヶ月の長期間の旅程となる。
なお本気で馬を乗り継いでくれば、10日ほどで来ることは出来るそうな。
ただローデック領では扱ってないが、飛竜を乗り継いでいくなら、さらに早いらしい。
トリエラ一人で行くのでもなく、その護衛だけで行くのでもなく、身の回りの世話係や、留学のような形で向かうもの、様々な役割の人間がいる。
騎士団としては移動の演習代わりにするらしい。
道中の村や町にまで連絡をした、一大イベントになってしまっている。
他の貴族の領地も、兵力を持ったまま通るので、随分と前から計画は立ててあったのだ。
軍隊の移動というのは、戦争における重要な要素だ。
馬車と騎兵だけで移動するのだが、ミルディア王国の主要道路は、しっかりと石畳などで舗装がしてある。
なお魔法などを、建築や土木系だけに発展させてもいるので、意外と速度は出るのだ。
別れの時にはクローディスのみならず、祖父のグレイルまでやってきていた。
そして涙ぐんでいたのは、クレインをはじめとする弟妹たちである。
この数年で、トリエラには弟妹が増えたのだが、それらの心は掌握している。
ただ優しいだけではなく、恐ろしく、そして頼りになる姉として。
暴力はだいたいの物事を、単純化して解決してくれるものだ。
そしていよいよ出発したわけだが、以前に辺境を回った時にも思った、移動と輸送について、トリエラは深く考える。
ゲームは後半、戦争がシナリオとなってくる。
その中ではクラスによって、何に騎乗しているかが変わってくるのだ。
空を飛ぶ飛竜のキャラなどもいたが、出身地が限定的であった。
実際にこの現実世界でも、王都でわずかに見たぐらいしか、飛竜というのはいない。
いることはいるのだが、大食いであるので街にはあまり置いておけないのだ。
ゲームと大きく違うのは、飛竜の数であろう。
味方もクラスチェンジ出来たし、敵も大量に襲ってきたものだが、この世界では飛竜に騎乗するのは、かなり限られたクラスのみだ。
また飛行できる生物で、人間を乗せられるものも、他には大鷲ぐらいしかない。
魔物を上手くテイム出来れば、また話は変わるのでは、とも思った。
だが実際にはそこまで上手くテイムした魔物など、高くて買えないし、買ったとしても維持費が大変なのだ。
また馬にしても、維持費が大変なのは分かった。
一応トリエラも貴族であるからして、乗馬の技術は身につけた。
しかしこの世界はステータスやスキルが存在する。
下手をすれば単騎だけであるなら、馬よりも速く移動できる人間はいるのだ。
トリエラの場合はまだそこまで圧倒的ではないが、戦闘する場合は馬からは降りたほうが確実に強い。
そもそも馬は、魔法を騎乗しながら発動したら、怯えてしまう生き物なのである。
戦争において騎兵団があったが、あれはこの世界で運用するのは、大変に難しい。
かといって粗食にも耐えるような馬であると、今度は人間の能力のほうが高くなり、運用する意味がなくなったりもする。
戦争の技術については、実戦ならばザクセンの方が、今も近隣と紛争をしている。
そこで色々と、学ぶことはあるであろう。
だがトリエラが考えるのは、やはり陸路だけを使っていては、戦争を起こすのも進軍するのも大変だということだ。
ミルディアには海に面した土地が、主に北以外の方角にある。
兵の移動にも糧秣の移動にしろ、川や海を使わなければ、戦争はとんでもない金くい虫だ。
なるほど、だから少数での戦闘なのか、などとも考えた。
ゲームの場合、こちらが相手に攻め込むというパターンがあって、ほとんどは相手のほうが戦力的には優位であったのだ。
戦闘はともかく戦争においては、トリエラはあまり知識がない。
ただこの近世以前の輸送を考えていると、下手に戦争をして勝ったとしても、損の方が大きいのでは、と思ったりもする。
なので攻め込むのは、どうしても補給を考えると、少ない集団になるのか。
拠点で待っている側が有利なのは、そのあたりの事情もあるのだろう。
トリエラは初日から早速、騎士を馬車に随行させて、そのあたりの話を聞いている。
領都から離れた場所には、それなりに広い演習地があって、模擬戦などを行っている。
それを視察したことは何度もあるが、あくまでも戦場の模擬戦のみとなる。
つまり戦場までの移動もまた、軍隊を運用する上では重要ではないのか。
「姫様は聡明でありますな」
騎士はそう感心しているが、将来戦争が起こると分かっていれば、その戦争の実態も知る必要は出てくるのだ。
古流の武術であっても、戦争にまではなかなか言及しているものなどはない。
戦闘と戦争は、また別のものとして見ているのだ。
戦国時代の食料運搬は、確か荷駄などといったものが担当していると思ったが、確か日本では馬車輸送はあまりなかったはずである。
馬はもちろん使っていたが、それに直接荷物を担がせていたはずだ。
理由としては、日本は起伏の大きな国であったから、ということになるのだろう。
ただ馬車自体は存在していて、京都の貴族が使っていたのは、牛車であった。
常備兵力に徴兵可能兵力、また臨時徴兵など。
そういった戦える部隊以外に、どれだけの運搬兵を雇うことが出来るか。
それを考えていたとき、トリエラは合点がいった。
書物で知った戦闘系クラスの中に『荷役』というものがあったことを。
荷物を運ぶのは普通、一般クラスではないのか、とトリエラは思っていたものだ。
だがこの荷役というクラスには、トリエラが持っていた『武器庫』の拡大版スキルがある。
これで食料や武器を運ぶため、戦闘系のクラスになっていたのだろう。
戦争でなくても、魔境を長く移動するなら、パーティーには一人はほしいクラスだ。
ちなみに商人なども、運搬系のスキルを持っている。
トリエラの場合は、レベルアップによって武器庫の容量は増えたが、それでも大量の荷物は持っていけない。
しかし剣聖のクラスに就いた時に、似たような『鞘』というスキルを手に入れた。
これは一種類だけだが、全くのタイムラグなく、剣を取り出せるというスキルだ。
武器庫から取り出すのと、何が違うのか。
それは一種類だけであるため、迷いなくその武器を持てるということ。
抜刀術もどきが、使うことが出来るのである。
食事の休憩中や、夜の就寝において、もちろんトリエラは側仕えを除いて一人になる。
この旅の間に、他の子供たちと親交を深めたいとも思ったのだが、なかなかそうはいかない。
それでも夕食の後のわずかな間には、貴族の子弟とはそれなりに話すことが出来た。
数人が戦闘系のクラスを、そしてまた他にも役に立つクラスには就いていて、それぞれのクラスの違いを聞くのは、面白いことであった。
ただ基本的にこの世界では、自分のクラスやスキルについては、詳細には話さない。
命を預ける相手以外は、敵になってもおかしくないのだ。
馬車の中では酔ってしまうこともあるため、本を読むのも難しい。
なのでトリエラが出来るのは、相変わらず魔力制御の練習ぐらいである。
体内の魔力が循環すればするほど、魔法に必要な魔力が減っていく感じがする。
鑑定版で見てみても、MPはHPと共に、数値ではなくバーで表示されるのだ。
トリエラの感覚では、HPというのは肉体の損傷度と、出血量が関係する。
単に打撃が何度か入っただけでは、ほとんどHPが減ることはない。
もちろんダメージは蓄積していくのだが、HPとはそれとは別物であるらしい。
MPにしても数値化出来ないのは、そう単純なものではないのではないか。
ただそれを言うなら、能力値のパラメータも、単純なものではないと思うのだが。
ザクセンは辺境に接し、基本的にミルディアに比べると文明が低い、と思われているらしい。
だがセリルの知識は一部、ミルディアの家庭教師を上回っていた。
トリエラがここまで知らなかった、世界の形について。
意外と目指す先で知ることがあるのでは、と考えているトリエラであった。
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