第44話 剣聖
クラスには初級クラスと、上級クラスがある。
かつてトリエラが選んだ魔法戦士は、上級クラスであった。
その上には、最上級クラスというものがある。
以前にトリエラが選択できたクラスの中では、さすがにそれはなかった。
しかしレベルアップし、様々なスキルを獲得し、既に大人の戦士よりもよほど、強大な戦闘力を誇るトリエラ。
彼女の前に出現した、選択出来る唯一の最上級クラスが、剣聖であったのだ。
本来ならこのクラスは、剣士から剣豪へ、剣豪から剣聖へ、という段階でクラスアップする。
ゲームとしては通常、そのような選択でクラスアップしていった。
剣聖になるためのスキルやステータスが、剣豪を選ぶことで増えていったのだ。
ただゲームと違うこの世界では、トリエラの選択には最初から、剣豪や魔導師という他の上級クラスもあった。
ゲームには存在しなかったが、書物によると魔法戦士の最上級職は、聖戦士である。
ただトリエラの選択肢には、それは生えてこなかった。
接近戦の能力を高めるなら、戦鬼や暗殺者というクラスでも良かった。
だがそれらは上級職なので、レベルアップ時のパラメータ補正も、剣聖ほどは高くない。
トリエラの養父は、古武術を伝承していた。
門前の小僧のように、トリエラもそれを学んでいた。
しかし小学校低学年の女の子に、普通に殺人術を獲得させるあたり、養父もその友人も、非常識な人間だったな、と長じてからは思ったものだ。
もっともこの転生後の世界では、かなり役に立っている。
銃があるのに、なぜ武術が必要なのか。
それは銃をいつも持っているとは限らないし、銃は弾が切れれば使えない。
また銃でなくて、どうして剣術が基本となっているのか。
それは刀を腰に差していた頃の技術が、全ての体系の元となっているからである。
銃があれば使えばいいし、武器があるなら使えばいい。
しかし最後に残っているのは、自分の肉体だけである。
剣よりも槍の方が強い、とはよく言われる。
だがもしも日常で使うとしたらどちらなのか、という点から剣術は発展してきたのだ。
もちろん槍術も古武術として伝わっているし、養父が山で獣と対する時は、槍代わりの棒を使っていた。
あくまでも江戸時代に、体系化されて発展した古武術。
こんなもの、異世界でなければもう、使いようがないではないか。
トリエラにとって魔法は、貴族の力の象徴などではない。
純粋な暴力なのである。
元から前世においても、トリエラは暴力を好む人間であった。
自分が女で子供であるということを利用し、過剰防衛は何度もしてきたものだ。
この世界では、魔物の脅威が現実的である。
そのために必要な剣術は、人間用のものではない。
だが古流である剣術の、基礎の基礎とも言えるところは、ここでも役に立つ。
それは刃を立てる、ということだ。
前世での訓練では、実践練習は剣道の竹刀と防具を使っていた。
その時に何度も言われたのが、刃を立てろということだ。
それは正しく切るということだけではなく、刀の耐久性にも関係のあること。
刀と剣では、それなりに扱いも変わるのだが、刃の武器であるというところは共通している。
そしてこの世界には、魔法金属が存在する。
なんだかんだと言いながら、地球では長年に渡って金属の王様であったのが、鉄であった。
ちなみに現在でも、鉄の品質というのは国によって圧倒的に違う。
精密機械に使う鉄などは、スウェーデンやイスラエルにスイスなどが、上手く精製していたとか聞いている。
スイスはおそらく、時計を作るための精密さが必要であったのだろう。
もっとも日本刀は、日本の玉鋼を使わなければいけないので、そのあたりはあまり関係ない。
現代では刀鍛冶になって、外国に行って良質の鉄合金から、ナイフを作るのが儲かる道であるとかを聞いたトリエラであった。
この世界にある魔法金属は、主に二つ。
黒魔鋼と呼ばれる鉄らしきものと、聖銀と呼ばれる銀のようなものである。
実はもう一つ確認されているのが、神器の成分であると言われる神金だ。
黄金の輝きを持つと言われるこれらの神器は、基本的に人間が生産できるものではない。
逆に言うとこれらが存在することが、神の存在の証明ともなっている。
トリエラは現在、普通の鉄合金の剣を使っている。
鍛造武器であるが、日本刀のような折り返しをしていないので、太い割には折れやすい。
ただ日本刀も、それなりに弾力があって、折れにくい名刀であっても、曲がることはあるのだ。
魔法戦士というクラスには、武器戦闘を補正するスキルがあった。
その中でもトリエラは、取り回しのいい剣を使っている。
ただ刀が世界のどこかにあるなら、それを使った剣術の技が使える。
自分の身長や手の長さに合わせて、使う武器も変えていく。
これには二つの考え方があって、慣れたものを使うというのと、あるものを使うことに慣れろ、という二つである。
純粋に技術を高めるためならば、前者の方が正しい。
使い慣れた武器であれば、それだけ技術の上限まで技が使える。
しかし実際の戦場では、得物が折れてしまうなど、普通にあることだ。
なのでどんな武器にも、それなりに慣れていないといけない、という理屈がある。
決闘と戦闘は違うし、対人戦闘と対魔物戦闘はこれも違う。
そして魔物が巨大である場合、間合いの短い武器であっては、そもそも不利であることがある。
トリエラはザクセンに向かう前に、とりあえず数本の剣を作ってもらっていた。
ただトリエラの弱点と言えるか、その技術の弱点と言えるのかもしれないが、盾を使う体系がない。
武器の発展と同時に、防具も発展していくものである。
日本の古流は、基本的に盾を使うものが少ない。
これはやはり、江戸時代に技術の研鑽がされていったためであって、刀はともかく盾を普段持つのは、難しかったからであろう。
そもそも相手が鎧を着ていれば、刀はなかなか有効打にならない。
幕末で新撰組が圧倒的に京都の町の戦闘で有利だったのは、襲撃する側が防具を身につけていた、ということはあるはずなのだ。
ザクセンに向かう前に、トリエラは剣を一本、作ってもらうことにした。
黒魔鋼の剣であり、両手で使うものである。
そもそも盾を意識するなら、魔法の盾の方が、弓矢を防ぐ意味でも役に立つ。
特にトリエラなどの魔法も使える戦士は、片手を空けておいた方がいい。
そのため長剣ではあるが、片手でも振り回せる物、というサイズになっていった。
まだランとのレベル差はあるのだが、そろそろ二人の接近戦は、ほぼ互角になりつつある。
トリエラが純粋に成長し、パラメータではない素の能力が、上がっているということもある。
そして前世の自分の背丈に近づくにつれ、使える技術が増えているということもある。
ナイフ戦闘が主なランは、模擬戦では上手く体当たりをしたり、足払いもかけてきたりする。
しかし古流の剣術には、実は足払いもあったりするのである。
そんなランからトリエラは、祖父であるバロについても聞くことがある。
ザクセン最強の戦士でもあるバロ。
強さが偉さの世界なのかとも思ったが、それも少し違うらしい。
実際の政治ともいえることは、長老たちが話し合って決めることが多いのだとか。
ただそれを拒否する力も、バロは持っている。
政体としては、議会制に近いのかもしれない。
ただ元首制の側面もある。
力は重要だが、知恵も重要である。
また魔法の使い方も、極めて実戦に役立つのが重視されている。
バロというのは少なくとも、トリエラの知っている限りでは、ゲームに出てきていなかった。
年齢からしてまだ50歳ぐらいであるが、辺境では寿命が短いとも聞く。
実戦の中で発展していった、人ではなく魔物を狩るための技術。
それもトリエラは楽しみにしているのであった。
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