第47話 傭兵団

 傭兵団には専属の商人がいて、酒保商人と呼ばれている。

 今のこの傭兵団は、50人ほどと言われているが、実際にはもっとテントなどの数が多い。

 そして女もいるのだ。女傭兵っぽいのも少しいたが、それよりは普通の服装の女の方が多い。

 日常の世話をする人間がそんなに必要なのかな、とトリエラはそれを見ていた。

 その視線をオロルドが遮る。

「オロルド、戦場までは女性は連れて行けないですよね?」

「身の回りの世話をする者は、ある程度は必要ですが……」

 言葉を濁したオロルドに、トリエラは気づく。戦場娼婦のようなものか、と。

 個人的には男に興味はないが、男の性欲までは否定しないトリエラとしては、そこまで女がほしいものか、と不思議に思った程度である。


 事前に伝えていたこともあり、数人の護衛に囲まれたトリエラは、無事に傭兵団の団長のテントまで連れてこられた。

 好奇の視線はあったが、話を通してあったのか、変に絡んでくる者もいない。

 もしも貴族に、しかも公爵家に手など出せば、どんな傭兵団であっても潰される。

 国境を越えて逃げたとしても、暗殺者が放たれるであろうことぐらいは、さすがに命知らずで知恵足らずの傭兵も、分かっているのだ。


 一際大きなテントの中には、独特の匂いがした。

 革の匂いや、男の汗の匂い。トリエラとしてはそこまで嫌いな匂いではない。

「ようこそ姫様」

 椅子代わりの酒樽から立ち上がり、ジョルドは不恰好ながらも礼法に従って頭を下げた。

「姫様、ジョルドはあまり貴族相手の礼法には詳しくありません。ご不快があってもご容赦ください」

 オロルドの言葉に、彼よりはそこそこ若いジョルドは、人好きのする笑みを見せた。

 髪の色は明るいオレンジ色で瞳もそれで、全体的に印象が明るいのだ。

「相変わらず話が分かるねえ」

 そんなジョルドに対して、オロルドも笑みを浮かべていた。


 領地で盗賊団が発生した時、手数が足らないために雇ったことがあるのだとオロルドは言っていた。

 ただその盗賊団というのは、トリエラが知っている限りでは、農民反乱との記録があったが。

 善良な平民と盗賊の差は、案外大きなものではないのだろう。

 トリエラはそんなことを思ったものだが。




 こちらから用意した椅子に、トリエラが座る。

 そしてトリエラが着座を許す前に、ジョルドは座っていた。

 これぐらいのことでも、怒る貴族はいるのかもしれないな、とトリエラは思ったりした。

 ただ実際のところ、貴族が平民とどう接するかなど、王立学院ぐらいでしか見たことがない。

 基本的にあそこでは、身分の差が緩かったとは思う。


 こちらを値踏みするような目だな、とトリエラは思った。

 別にそれはどうでもいい。自分が知りたいのは、傭兵団の実態などであるのだ。

 平然とした顔をするトリエラに、ジョルドは戸惑ったようであった。

 そしてトリエラの質問が開始された。


 傭兵団の人数、またそれを維持するための戦闘員以外の数、そして報酬や仕事の内容など。

 答えられないことについては、答えなくてもいいとトリエラは言った。

 だがおおよそジョルドは答えてくれていたし、それは別にごまかしてもいないのかな、とも思えた。

 やがて傭兵団の団員の募集はどうするのか、という質問にたどり着く。

「まあだいたいは、戦闘職の職階を持つ、農村の三男だの四男だのが、入ってくれることが多いねえ。他には少しだが、団員と女との間に生まれたのが、男だったらそのまま傭兵になったりもするな」

「では女の場合は?」

「それはだいたい少し母親に金を渡して、どこかの町か村あたりで、店でもやらせることになるかなあ」

「女でも傭兵団に残る場合があるのですか?」

「はあ、それはまあ、一応は……」

 そこで少し、ジョルドの歯切れが悪くなる。

「女の子でも、傭兵団に残ることがあると?」

「滅多にはありませんがね……」

 それが成長したとして、どういったことになるのか。

 やはり戦場娼婦として、傭兵団の中だけを見て、生きていくことになるのか。


 ジョルドはそこで、オロルドの方を見つめた。

「実は俺の娘が、まだ残っていて……もう11歳になるんですがね」

 トリエラにではなく、オルロドに対して話している。

 しかしトリエラはそれを、特にとがめようとはしない。

「生まれたときに街にでも残しておけば、それで良かったんだろうに……まあ女が付いてきて、それで子供も大きくなって、女だてらにね」

「それは……今からでもどこか、馴染みの町に預けるべきではないのか?」

「母親の方がくたばっちまって、娘もこのまま傭兵になるとか言ってて……旦那、どこか上手く働けるところ、見つかりませんかね?」

 そう言われたオロルドも、難しい顔をする。

 だいたい父親というのは、娘に対しては色々と悩むものなのだろう。


 だがそれはトリエラにとって、重要な話ではあった。

 平民から募集した、将来トリエラの近衛になるかもしれない中には、戦闘職の少女はいなかった。

「戦闘系の職階に就いているのですか?」

「まあ弓兵に。あとは馬にも乗れるし、最近は槍まで使い出して」

「オロルド」

 そこでトリエラは、オロルドの方を向く。

「私の相手をしてくれる、平民の女性の戦闘職は、貴重だと思います」

「それは……」

「なんなら使用人としての教育もして、うちで面倒を見ては? その程度の権限は持っていませんか?」

「姫様が望むなら、一人ぐらいはいいでしょうが、しかしジョルドがそれを望むかどうか」

「公爵家に雇ってもらうなら、文句なんかありませんや!」

 即座に応じるジョルドである。




 一応貴族階級出身の側仕えの中には、ある程度の鍛錬を積んだ少女もいる。

 だが本格的な訓練には、とても付いていけないだろう。

 また平民出身であっても、基本的に女の戦闘職は少ない。

 ゲームではあれほど多かった女の戦闘キャラであるが、現実はこうである。

 そういえば選択可能なキャラも、女キャラは軒並既に選ばれていたか。


 ジョルド自らが呼びに行っている間に、オロルドはトリエラに囁く。

「本当によろしいので? 確かに平民から召し上げるのと、意味はさほど変わらないでしょうが」

「それは今から面接して決めればいいのです」

 もっともよほどの問題がない限り、選ぶつもりのトリエラである。


 しかし、テントに飛び込んできた小柄な人影は、その明るい色の瞳に、強い意志を込めて口を開いた。

「あんたがあたいを買おうって貴族か。残念だけどあたいは自分より弱い相手には……って、女の子じゃないか!」

 どう説明されたものか、ひどく不機嫌な調子で話してきた、オレンジ色の髪の少女。

 呆気に取られたように、今はトリエラを見つめている。

 これがトリエラとレイニーの出会いであった。

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