第48話 反抗期

 ジョルドの娘であるという、同じオレンジ色の髪をしたレイニーは、一見すると少年のようにも見える。

 ただそれは髪を短くしているからであって、実際のところは顔立ちはかなり整っている。

(なるほど……)

 父親の目から見ると、これは心配にもなるだろう。

 傭兵団というのは荒くれ者の集団ではあるし、もしもジョルドが死んだらどうなるのか。

 まだ女らしさを感じない、これぐらいが限界であるだろう。


 トリエラは性欲を、知識として理解している。

 ただこの世界においては、まだ性教育らしいものを受けてはいない。

 もっともエマなどから、多少の性教育については話されている。

 そろそろ初潮を迎えても、おかしくはない年齢だ。


 この世界はというか、少なくともミルディアの文明圏では、男女の情交について、下手にタブー視する文化はない。

 普通に農村などを見て回れば、動物の交尾などは目に入ってくる。

 そして子供の背丈が届かないところにではあるが、ごく真面目な性についての本はあったのだ。

 もちろんトリエラとしては、前世知識からそのあたりのことは知っている。

 結局死ぬまで、男と付き合うことなどはなかったが。


 ちなみにこの世界には、前世において女性から、圧倒的に熱望されるであろう魔法がある。

 それは生理を止める魔法だ。

 考えてみたら現代地球とも違うここでは、女性が傭兵や兵士、騎士などをする場合、生理は圧倒的なハンデとなる。

 魔法でそれが止められるなら、月に一回のハンデがつかないことになる。

 逆に妊娠しやすくする魔法もある。


 この世界の女性の体格が、前世ほど男女で差がないというのは、この分の血液を排出していないからではないか。

 もちろん他の可能性も多くあるが、血液を毎月それなりの量、無駄に排出してしまう。

 それを止められるならば、止めた方が栄養が体に残る。

 なので体格もそれなりに大きくなる。

 前世においてもそこまで便利ではないが、生理を調節する薬品自体はあったのである。




 あくまで推測に過ぎないが、レイニーは女傭兵として働くには、器量が良すぎる。

 団長の娘だから、子供だからという理由で、これまでは女としては見てこられなかった。

 少年のように髪を伸ばしているのも、あるいはジョルドからの指示だろう。

 しかしもしも戦争に負ければ、そして捕虜として捕まったりなどすれば、間違いなくそういう目に遭うだろう。

 だからこそここで、ジョルドとしては安全な環境に、レイニーを置きたい。

 この場合の安全とは、魔物などに対する安全ではなく、女としての安全を意味する。


 ただこういった理屈では、たぶんレイニーは納得しないだろうな、とトリエラにははっきりと理解できた。

 なぜならそれは、トリエラ自身が前世にて、養父などからも言われていたからだ。

 己の暴力でもって、男であっても叩き潰すことは出来る。

 だが女は女であるという事実だけで、傷つけられる要素が一つ多いのだ。

 養父は優しい人間であったが、厳しく現実的でもあった。

 なのでトリエラとしても、危険からは出来るだけ身を避ける、というのを実践していたのだ。それでも何度となく、実際に喧嘩になったことはある。


 戦う上で重要なのは、一方的に勝って、そして恨みを買わないこと。

 顔を隠して奇襲して、一方的に痛めつける。

 古流武術の真骨頂というのは、そういった汚い手段も含まれるのだ、と養父は言っていた。

 なのでぎゃんぎゃんと父親に噛み付くレイニーを、説得する術を持っている。




 レイニーはその言動などからして、男勝りであることは間違いない。

 ただこの年頃の女の子というのは、前世ではやたらと男を敵視していたりもしたものだ。

 王立学院でしばらく過ごしたトリエラは、男女の間の境界や発達について、さほど前世と原則は間違いないと思っている。

 本当の男嫌いなのか、それとも一過性のものなのか、それは分からない。

 しかしこの場で必要なのは、お前は女なのだから、という説得の方法ではないのだ。


 トリエラはすっと手を上げて、オロルドに合図をする。

 するとオロルドは親子の間に入って、とりあえず罵り合いのような状況を止める。

 二人の視線がオロルドから、トリエラにと変わってから、彼女は話し始める。

「レイニー、あなたは大きくなったら、傭兵として生きていくのね?」

「ああそうさ。まあ冒険者もちょっといいかと思うけどな!」

 なおミルディアは貴族と平民であっても、普通にそのまま直答する文化である。

 貴族側が許すなら、平民の言葉遣いなどがどうであっても、問題にはならない。

 あくまで貴族が許すなら、だが。


 レイニーのこれは、ただの反抗期である。

 ただ目的自体は、はっきりとしている。

 自分自身の力で生きていきたい。そういう目をしている。

 おそらく戦場娼婦などを見ているから、そういう価値観などになっているのだろう。

「それならなおさら、私のところに来た方がいいわ」

 レイニーには理解できない。まだ現実というものを知らないからである。

「傭兵として生きていくにも、冒険者として生きていくにも、重要なことがあるのは分かるかしら?」

「腕っ節!」

「「違う」」

「それだけでは無理ね」

 オロルドとジョルドははっきりと否定し、トリエラはもう少し優しく言った。


 腕っ節だけでどうにかならないのは、前世で義務教育を受けたトリエラとしては、はっきりと分かる。

 よほど傑出していればともかく、それでもこの世界では、女一人で生きていくのは無理だ。

 正確には、一人で生きていくためには、知識も必要となる。

「傭兵としては重要なのは、その仕事の難易度を見極めたり、雇い主と交渉したりすること、また戦場に出ればどう傭兵団が動くかも、理解していないといけない」

 これにはオロルドもジョルドも、うんうんと頷いている。

「そしてジョルドはあなたを、娘だから甘やかしてしまって、そういうことは教えられない。だけど将来公爵家を継がなければいけない私は、そういった教育を受けている。私の側で学ぶことで、将来は本当に傭兵をするなり冒険者をするなり、正しい判断が出来るようになる」

 これは確かにそうであろう。

「だから一度、私の下で学ぶべきです」

 このトリエラの言葉は、レイニーはすぐには否定しなかった。


 同じ年頃の女の子で、こんな人間はいなかった。

 そして実際にうんと年上の人間に、命令を下している。

 ただ、それでも頷けないのが、レイニーの子供な点である。

「あたいは自分より弱いやつからは、何も教わりたくないんだよ!」

 はい、言質いただきました。

 その瞬間のトリエラは、曇りない禍々しい笑みを浮かべていた。

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