第3話 魔獣狩り 白焔狼 前編

 プロローグを最初に加えました。


×××


 トリエラがいると魔力感知で周囲の警戒が少なくて済むため、一行は魔境の境界村まで早い速度で戻ってこれた。

 そろそろ日も傾き、時刻も11刻に近い頃だろうか。

 若者ばかりでありながら、毎日狩りで確実に獲物をしとめてくる一行は、この村でも評判になっている。

 もちろん魔境への最前線のこの村には、他にも有力なパーティーがいる。

 ただ若さと、それを率いるトリエラの外見から、一際目立つ存在ではある。


 一行がまず向かったのは、この村で最も大きな建物である、総合ギルド庁舎。

 木材が豊富なため、建物の多くが木製のこの村で、石材とレンガを主に使って建てられている。 

 商業ギルドや傭兵ギルドなども一緒になった、要するに役所である。

 まずは今日の討伐実績と、冷却したり結界で隔離して、魔境に残してある物の報告。

 運搬などは商業ギルドが、村の人間を雇うことがある。

 また運搬専用のスキルを持つ人間もいる。


 村に入ったあたりでトリーは兜を取って、髪を束ねる紐を解く。

 すると見事な銀髪が、薄闇に包まれつつある中でもはっきりと見える。

 ただトリエラとしては、他の仲間の髪の色の方が、なんとも奇妙に思えるのだ。

 カイルは赤、アインとバトーは緑、ジェイルは青のほぼ原色に近い色。

 レイニーはオレンジ色と言うしかない色合いであり、フランは薄い青色と、トリーからするとこれだけでも違和感が消えることはない。

 もっともこの特徴的な髪の色のおかげで、人の顔を憶えるのは簡単になったが。


 各種窓口に分担して報告をし、肉の処理なども頼む。

 魔石以外の素材はほとんど、そのまま商業ギルドの売却する。

 ただ多頭蛇の毒腺だけは、危険なのでトリーが管理することにする。

 こういう時には上級貴族の肩書きが物を言う。


 受付に報告をすると、多頭蛇の部分で受付嬢がまたも凍りついた。

 トリエラがこのギルドに来て、そこそこ経過している。

 いい加減にこういうものなのだと、理解してほしいところである。

「あの『白銀』のパーティーだけで倒したんですか? 『烈光の剣』と一緒とかではなく」

 白銀というのは適当につけた、トリエラのパーティーの名称だ。

 そして烈光の剣というのは、この魔境に隣した村に滞在する中でも、最強レベルの冒険者パーティーだ。

「いや。そういうところをみると、帰っていないのか?」

「そうですね。今日が一応の帰還日になっているんですが」

 魔境は広大であり、それに接する村も少なくはない。

 だが基本的に一つのパーティは、一つの村を根拠地とする。

 魔物に追い回されて、別方向に逃げることはある。

 だが熟練のパーティーともなれば、安全は最大限に考えているはずだ。


 あまりいい予感はしない。

 魔境は基本的に、深く進めば進むほど、強力な魔物が生息している。

 冒険者の踏み込んだ森が、自然と繰り返し踏まれて道となる。

 その道をずっと進んで、途中から森の切れ目に入っていく。

 基本的には村から離れれば離れるほど、危険度は増していく。

 だが魔境の開拓は、人間同士が戦争を行うことを、どうにか避けようとする道でもあるのだ。


 もちろんトリエラはそんなことは信じていない。

 辺境開拓は多くの国の国是であり、冒険者や探索者と呼ばれる者が、人類の生存圏を広げてはいる。

 だがそれもやがて、限界は訪れるだろう。

 トリエラはそれを知っている。




 一通りの報告は終わり、雑談の混じった情報交換も終わった頃、遠くから地響きが聞こえた。

 そしてそれよりも速く、感知能力の高い魔法使いは、絶大なる魔力の波動を感じていた。

 あるいはそれこそが、真なる竜種の発する魔力であったのか。

 庁舎の中でもかなりの魔法職が、あるいはそうでなくても感覚に優れた者が、その場にうずくまっている。

(――近いか?)

 強大な魔法が使われても、それが遠ければ拡散する。

 だがこれは、徒歩一日圏内で移動出来る範囲で、発生した魔力ではないか。


 魔物は強大なものであっても、その力を隠して移動することが少なくない。

 機動力のない大食いの魔物などは、身を潜めて一気に襲い掛かるのだ。

 だが、この魔力はなんなのか。

「皆、先に宿に戻っていろ」

「ちょっとトリー、まさかちょっかい出す気?」

 レイニーの声色はトリーを心配するものであったが、あえて無視する。

「様子を見てくるだけだ」

 庁舎から駆け出したトリエラに、それ以上の声をかける間もない。


 トリエラの無茶には慣れてきた仲間たちも、危機感を抱かないわけではない。

 だが追いかけようにも、トリーの姿は既に見えなくなっていた。

 おそらく空を飛んでいったのだろうが。

「また……」

 トリエラはおおよそ、危険な場所には仲間を置いていく。

 だいたいその判断は、間違っていないのだが。

「仕方ない。追いつけもしない俺たちは、信じて待つしかない」

 アインの冷静な物言いに、何か言い返したくなるレイニーだが、見ればそのアインの表情にも、不本意だと言いたい色が浮かんでいる。


 おろおろとしているのは、やはりフランばかり。

 もういい加減に、トリエラの単独行動にも、慣れるしかないのだろう。

 何かあったとしても、自分たちに出来ることは何もない。

 多頭蛇と戦って、トリエラも消耗している。

 だから本当に、無理はしないはずなのだ。

 そうやって自分を納得させて、レイニーは重い溜息を飲み込んだ。




 魔境の森の上を飛んでいけば、それほど時間もかからない。

 戦場に到達したのは、まだ強大な魔力が拡散しきる前であった。

 おそらく100呼吸もしていないだろう。

 だが視界に入ってきたのは、大地が削り取られたかのように、クレーターとなった現場。

 そしてその惨状を作り出したであろう、一体の魔物だ。


 視界の端には、人間の姿も見えた。

 生きている人間が二人と、数人分であろう人間の断片がいくつか。

 だが相手となった魔物を思えば、よくもまあそんな状態でも残っていたものだ、と思うのだ。

(よほど防具が良かったのかな)

 それに、まだ二人も生きている。さすがは烈光の剣といったところだ。


 高位の冒険者ばかりで構成された、烈光の剣というパーティー。

 純戦闘用員だけでも八人いる、強力なパーティーだったはずだ。

 配下にはいくつかのパーティーがいて、クランまで結成している。

 レベルもおよそ40以上はある、この辺境では間違いなく最強の一角。

(それでも全く勝てなかった……いや、そうでもないか)

 木の頂点でバランスを取りながら、トリエラはその魔物を見つめる。

 いや、魔物と言っていいのか、定義的には微妙なのだが。


 白焔狼。

 雪のように白い毛皮を持つ、狼の魔獣。

 だがその存在は多頭蛇と同じく、伝説の中で語られるものだ。

 実在することは確認されていたが、人の力の及ぶところではない、魔獣と言うよりは神獣。

 大国が精鋭の軍を、魔法や道具によって強化してなお、半壊してようやく倒した、という記録が残っている。


 これがこの光景を生み出したのは、間違いないだろう。

 巨躯ではあるが多頭蛇はおろか、あの猪の魔獣よりも小柄ですらある。

(どうする?)

 戦って、勝てるだろうか。

 多頭蛇は、戦うにしても相性が良かった。

 だが白焔狼は多頭蛇と違って、もっと純粋に攻撃力や防御力が高そうに思える。

「見えるかな……」

 魔法を使って、白焔狼の消耗を計測してみる。

 体力や魔力は減っているが、生命力は回復している。あるいはダメージは通らなかったか。

 そしてステータスの他の部分は看破が弾かれた。


 おそらくトリエラの存在を、最初から気づいてはいただろう。

 だが魔法を使ったことで、よりその注意を引いてしまった。

 危険な行為であったことは分かる。

 しかしトリエラは、ひどく死ににくい運命を持っている。

 白焔狼を倒せば、間違いなくレベルアップには届く。

 ここまでトリエラは、生き残っている二人の冒険者は、まったく意識していない。


 戦ってみて、勝てるかどうか。

 少なくともこのクレーターを作るような破壊力は、トリエラの攻撃手段の中にはない。

 それでも戦うことの意味はある。

 そして勝ち目が、全くないというわけでもない。

(体力はほぼ回復、魔力もおおよそ回復、ただ万全の状態には遠い)

 だが、戦うのだ。

 死を恐れていては、むしろ確実な死に抗うことは出来ない。

 

 死よ、去れ。

 まだお前の出番ではない。




 クレーターの淵に、トリエラは立った。

 逆の淵に白焔狼がいる。

 この時、トリエラの意識に生き残った二人は存在しない。

 庇おうとは思わないし、これからの戦闘に巻き込まれても、それはそちらが間抜けなだけだ。

 腕輪を回転させて、サークレットから兜を展開。 

 鎧も多頭蛇相手には使わなかった、魔力による強化が発動する。


 そして『鞘』から抜き出したのは、黒魔鋼の剣ではない。

 髪と同じく白く輝く、聖銀の剣である。

 光の加減によって、薄緑色から青色まで、複雑な色を見せる。

 相手が神獣であれば、出し惜しみする余裕はない。


 脇構えに剣を持ち、そこから跳躍。

 あちらの淵にまで飛び掛るが、白焔狼もそれをただ待ち構えてはいない。

 同じく跳躍し、空中で交差する一瞬。

 両者は共に、空気に足場を作って、絡み合うように動いた。


 白焔狼の爪と牙に対して、トリエラの剣は一本。

 だがその長さと厚みで、二つの攻撃を弾く。

 そのまま互いに離れて、位置を交換したように着地。

 しかし次の瞬間にはまた、跳躍していた。


 空中を三回蹴り、白焔狼が空中にあるのを、下から突き上げる。

 わずかに剣の先端が刺さったが、鳴き声もあげることはない。

(硬い)

 まともに平凡に戦っていては、千日手になる。

 そうなれば先に体力が切れるのは、トリエラの方であろう。

(スキルや魔法を使って、一気呵成に攻めるべきか)

 戦闘の中で咄嗟に使える魔法は、それほど多くはない。

 懐を探って薬を取り出し、水もなしにそのまま飲み込む。


 効果はすぐに現れる。

 全身が強化されて、力のリミッターが解除される。

 そして神経系にも作用し、反応速度も上がる。

 白焔労の速度についていくには、元の身体能力のままではかなわないのだ。

 副作用もあり、薬の効果が切れればしばらく、身体能力全体が落ちる。

 それを補正するパラメータも低下するため、本当に最後の手段なのだ。


 薬の効果が切れる前に、退却することも考えなければいけない。

 もしもそうなった場合は、いまだに離脱できていない、あの冒険者が囮になってくれるだろう。

 ただ白焔狼というのがそもそも、どういう思考をして動いているのか、トリエラには分からないことだ。

 わずかに打ち合った限りでは、知能も高いように思える。

 しかしそこで脅威度の高いトリエラを、見逃して冒険者に手を出してくるか。


 あるいは村にまで深追いさせれば、他の冒険者も巻き込んで、より楽に勝てるかもしれない。

 だがそれは弱い冒険者は間違いなく巻き込まれて多く死ぬことになるだろうし、それは許容してもトリエラのパーティーから犠牲は出したくない。

(森に入るか)

 この辺りはあまり木々も密集していないため、白焔狼も通ることは出来る。

 だが完全に開かれた土地である、この道の周囲で戦うよりは、こちらに有利なはずだ。


 トリエラの移動に対して、白焔狼は生きている獲物より、敵対者を優先した。

 もしもあちらを先に殺そうとしたなら、トリエラも後ろから魔法を撃つことを考えていたが。

 しかし白焔狼の魔法への抵抗力はどれぐらいなのか。

 対峙するだけで感じる魔力を考えれば、恐ろしく高い抵抗力が想像できる。

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