第2話 魔獣狩り 多頭蛇

 ※第一話の前にプロローグを挿入しました。


×××



 見張りを交代して、男どもを湯に入れる。 その間にトリエラは清浄の魔法で、革鎧から汚れを取る。

 あえて覗くことなどはしないが、フランは孤児院で男の子の世話に慣れているし、レイニーも男所帯の傭兵団にと共に育った。

 なので男性器を見せられても、軽く頬を赤らめることもない。

 むしろ先ほどのトリエラの行為の方が、よほど背徳的で刺激的であった。

「でもお嬢様はどうして平気なの?」

「興味がないから」

 フランの質問には、そうあっさり答えるトリエラである。そう、男の裸になど興味はない。


 後回しになったが、その分ゆっくりと、男性陣は湯に入った。

 冷めてきそうになると、またトリエラが熱した石をぶち込む。

 装備をメンテナンスして、汗を流し、今日はあと一匹は片付けようかと考える。

 風呂はこのまま、もう一体を倒してから、また使えばいいだろう。


 川で冷やしている魔獣の周囲には、結界の魔法をかけておく。

 あまり得意なタイプの魔法ではないので、魔道書を読みながらの構築となった。

 少しの休憩の間に、ある程度フランの魔力は回復している。

 神への祈りの祈祷術と、純粋な論理構築からなる魔法が、同じように魔力を消耗するのは、不思議だと言われたりもする。

 だがトリエラからすると、それほど不自然なわけでもない。

 おそらく神と呼ばれるが、この世界を作るにあたって、使った物質は本質的に同じであったろうからだ。

 だが精霊術や死霊術などは、魔力を使わない効果もあるらしいが。

 あのあたりの職階適性を持つ人間が少ないので、なかなかその研究は進まない。


 トリエラの家は魔道の大家であるが、彼女自身は学問的な魔道には興味がない。

 純粋に決まった手順で行えば、魔力さえあれば発動するのが魔法である。

 その魔法をどう組み合わせて、どう戦闘に利用するか。

 トリエラは実践することに興味がある。

 研究は人を雇ってやらせればいい。それは家の方針でもあるのだ。


 ある程度の間隔を空けて、探知の魔法を使っている。

 遠くにいた魔獣の反応は、少しずつだが近づいている。

 問題はその速度ではなく、こちらを一直線に目指していることだ。 

 確かにこちらは風上であるし、あまり人間の匂いはしないはずなのだが。

(探知系の力を持っているのかな?)

「男ども、そろそろ風呂から上がれ。魔獣がこちらに向かってきている」

 そう言われて慌てて風呂から上がる男たちであるが、実際にはちゃんと時間を考えて警告している。


 カイルとアインの鎧は硬皮の革鎧であり、ジェイルとレイニーはさらに軽装となっている。

 バトーだけは金属で補強した鎧だが、実はフランも金属鎧を着ている。

 本人としては動くだけで大変なのだが、どのみち魔獣に襲われれば、回避することも出来ないだろう。

 なのでせめて鎧ぐらいは、と魔法で強化されたものを着ているのだ。

 重量を軽減するような魔法はかけられていないが、筋力を強化する魔法はかけられている。

 動く分にはそれでどうにかなるのだが、素早く動くのがそもそも苦手なのだ。彼女に近接戦の心得はない。


 さて、先ほど探知していた魔獣は、どれぐらい近づいているかな、とトリエラはもう一度探知する。

 先ほどまでとは違い、より詳細を知るための付与がついた『探知』である。

 巨大な魔力と生命力を感じる、肉体も巨大な魔獣。

 その強さは猪の魔獣など、比較にならないものだ。

 そしてその種類まで、探知は及んだ。

「当たりだ」

 魔境の浅いところには、普段は出てこないレベルの魔獣だ。

 おそらくトリエラたちの戦闘が、興味を引いたのだろう。


 縄張りはもっと深いところであるが、産卵の時にはより浅いところにやってくる。

 かつてその卵を目当てに、冒険者が手を出してから、より人間を敵視するようになった。

「多頭蛇だな」

 まだ離れているのに、既に木々の上から頭が見えている。

 巨大な蛇の頭が、六つ見えていた。


 六人はその異形に対して、恐怖から硬直している。

 多頭蛇など物語で英雄が戦うような、そんな存在である。

 伝説レベルの個体であれば、討伐推奨レベルは五人組で全員が50、そして魔法職が二人は必要。

 ただこの多頭蛇は、まだそこまで育ちきっていない。

「あの、逃げないんですか?」

 フランの臆病さは、この場合は適切である。生き残るのには向いている。

「うん、こいつは私が一人でやるから、フランは耐性系の魔法だけ、全部限界でかけてくれるかな?」

「あ、分かりました。強化系も少しは使えますが」

「そちらは必要ない」

 必要なのは祈祷術による強化だ。

 魔道ならば既に、装備品で補うことが出来る。


 多頭蛇レベルの魔獣であれば、他の六人が戦えば死人が出る可能性が高い。

 だがトリエラにしても、一人で戦うには危険が大きな獲物である。

 ならばここでフランから、祈祷術の援護を受けて、あとは装備品で耐性を強化して守りを固める。

 そして一人で戦うのが、この場合は最適であろう。


 トリエラは一人、魔境の森に向かって駆け出す。

 その速度は馬の全力よりも、よほど速いものであった。




 いつでも逃げられる準備をしながら、トリエラが帰って来るのを待つ。

「誰か一足先に、多頭蛇のことを村に知らせた方がいいんじゃないでしょうか」

 フランの意見はまっとうなものであり、他の者も顔を見合わせる。

 さすがにここから村までは、多頭蛇も近づかないであろうが、念のための警告というのは意味がある。

「魔境を一人だけで進むのか? 確かに村までは道が出来てるけど」

 斥候のジェイルが問題点を指摘した。


 村への道は一見、水場から一直線になっている。

 それは間違いないのだが、その左右にある森からは、いつ魔獣が出てきてもおかしくない。

 六人で警戒して進むなら、危険があっても対処出来るだろう。

 だが一人で移動するのは、そういう役目の得意なジェイルでも、出来れば避けたいところだ。


 いずれにしてもトリエラが戻ってくるのを待つべきだ。

 付き合いの長い男ども四人は、そう考えている。

 そもそもトリエラがいないことには、村への道を進むのも危険なのだ。

 トリエラ自身はどれだけ準備をしても、完全に危険性がなくなるものではないと分かっている。


 遠くからは激しい戦闘音が聞こえ、魔獣の咆哮には心を震わせるものがある。

 至近距離で受ければ、精神に作用するものであろう。

 多頭蛇といえば、毒蛇の王とも言われる危険な存在。

 伝説の英雄が、頭の九つある多頭蛇と戦ったという物語もある。

 さすがにそこまでのものではないだろうが、多頭蛇は恐ろしい魔物ではある。

 討伐推奨のレベルは頭の多さで変わるが、最低でも七人パーティーなら全員が30は必要になる。

 もっともそれは、様々な要因であくまでも平均ではあるのだが。


 四半刻も経過しないうちに、戦闘音は止んだ。

 多頭蛇の巨体を考えれば、もしトリエラが負けたとしても、こちらに向かってくるなら音はするだろう。

 つまりトリエラが勝ったのだろう。

「あの、様子を見に行った方がいいのでは?」

 フランの言葉に、カイルとアインは顔を見合わせる。

 確かに勝つには勝ったとしても、無傷であるとは思えない。

 だがひょっこりとなんの脈絡もなく戻ってきそうでもある。


 さすがにトリエラに選ばれた騎士たちは、彼女を守らざるをえない。

 不承不承と言った感じで腰を上げたカイルの腰を、バンとアインが叩く。

「全員で行くか?」

「もし負傷していたらフランの手が必要だろう」

「よし、じゃあ行こう!」

 トリエラの選別した男どもは、主にカイルとアインが話し合って方針を決める。

 バトーなどは戦闘では剛力で、とても頼りになるところを見せるが、基本的には無口な性質である。

 そしてジェイルは思考が、常に楽なほうに流れていこうとする。

 それでも煮え切らない場合は、レイニーが男どもの尻を叩く、という構図だとフランにも見えてきた。


 ジェイルが先行しながらも、他の四人でフランを守るように進む。

 魔境の森の中は、普通の森とは違うが、それでもこういう場所は傭兵団育ちのレイニーが慣れている。

 彼女の育った傭兵団は、冒険者のクランに近いものがあった。

 護衛依頼でこういう場所は経験している。

 男どもはトリエラに指揮されて、少しずつ戦場跡に接近する。

 そしてなぎ倒された木々によって開かれた場所に、巨大な蛇の死体が横たわっていた。

「うわ……」

 誰の洩らした声かは分からないが、凄惨な戦闘の跡である。

 肉が焼かれた匂いがするのは、多頭蛇の再生能力を抑えるためのものだろう。


 巨大な岩を背に、トリエラは座り込んでいた。

 見たところ大きな怪我はないが、多頭蛇の返り血らしきものを多く浴びている。

 伝説とは違って、多頭蛇の血液自体は毒ではない。

 また毒腺から分泌される毒も、実は胃の酸で分解される程度のものだ。

 傷などから体内に侵入しない限りは、それほど危険なものではない。

 もっとも逆に傷を少しでも負えば、ほぼ即死という毒ではある。

 肉は美味で高級食材だが、滅多に手に入ることはない。

「トリエラさん、怪我は?」

 フランの心配そうな声に、トリエラは人差し指と中指を立てた。

 所以は知らないが、トリエラにとっては勝利の証だそうな。


 周辺には切断された多頭蛇の首が五つ。

 そして胴体の方に、深く傷が刻まれていた。

 頭が一つないのは、魔法で爆散でもしたものだろうか。

 トリエラの使う魔法なら、確かにそれもおかしくはない。

「結界を張っておいて、村から人手を借りて肉を運ぼう」

「それよりトリー、さすがにこれを倒したなら、位階がアップしたんじゃないのか?」

 座り込んだトリエラに、レイニーが手を差し出す。

 トリエラはそれを握って立ち上がるが、さすがに本当に疲れていた。

「位階は上がらなかったけど、恩恵は獲得した」

 にやりとトリエラが本当に嬉しそうに笑うのは、珍しいことである。

 戦闘中にはずっと笑っている気もするが。


 これだけの上位存在をソロで倒してまだ、位階の上がらないトリエラ。

 だがそんなトリエラが、笑みを浮かべるほどの恩恵……スキル。

 スキルは生来持っていたり、職階の経験を積むことによって、獲得することが多い。

 ただ稀に、魔獣や幻獣の上位個体を倒すことによって、スキルを獲得することがある。

「多頭蛇ってことは、毒耐性とか?」

 羨ましそうにレイニーが問うが、なかなかスキルについては、他の人間に言うこともない。

 しかし今回のトリエラの手に入れたスキルは、特に切り札となるような種類のものではない。

「いや『再生』だ」

 それを聞いて一行は息を呑む。


 再生スキル。それは単なる治癒や回復とは違う効果を持つ。

 不死性に至る第一歩であり、切り落とされた腕や足が、時間の経過で生えてくるというものだ。

 スキルの中でも、得やすいものと得にくいものはある。

 本来の人間には備わっていないスキルは、もちろん得にくいものである。

「また姫が人間から離れていく……」

 思ったことをすぐ口にするカイルの頭を、兜の上からアインが殴っていた。


 ともあれこれで、今日は狩りも終わりだろう。

 多頭蛇はその特性から、死体を他の魔物が食らうことはあまりない。

 明日にでも金になる部分を、解体すればいい。

 猪のほうは村の男衆で、運んでもらえばいいだろう。

「けっこうな金になるかな?」

 金にがめついジェイルは、猪と多頭蛇で、魔石だけでもかなりの金になると踏んでいた。

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