序章 魔獣狩り

第1話 魔獣狩り

 奇妙にねじれた黒い木々の森の中を、破壊音が迫ってくる。

 それよりもわずかに早く、目の前に飛び出してきたのは『斥候』のジェイルであった。

 その後ろ、木々を破壊しながら突撃してくるのは、巨大な猪の魔獣。

「バトー、受け止めろ! カイルとアインは左右から牽制!」

 姫と呼ばれるトリエラの指揮に合わせて、三人の前衛がお互いの位置を取る。

「おおおおおっ!」

『重戦士』のバトーの持つ巨大な盾は、鎧の重量を伴って、どうにか魔獣の動きを弱める。

 そこに横合いから『騎士』のカイルとアインが槍を突き出し、その刃は確かに魔獣の外皮を貫いた。

 だがまだ浅い。


 トリエラの指示によらず、後衛から狙いを定めていた『弓騎兵』のレイニーが矢を放つ。

 それはさすがの魔獣も弱い、眼球を貫いた。

 耐え難い痛みに魔獣は激しい咆哮を上げる。心を揺さぶる威圧だが、それは攻撃の機会でもある。

「フラン、攻撃!」

 その声に応じて『魔術士』のフランティーヌが魔術を発動させるのだが、わずかにタイミングが遅い。

 怯える馬の手綱を揃えて持っているので、そちらに気を取られていたか。


 魔獣の毛皮の上を『石弾』の魔法が叩いていく。

 だが貫通することはなく、さほどのダメージも与えていないだろう。

 むしろこちらに注意を向けさせてしまった。

(誘導で目を潰せていたら)

 フランの魔法には、『誘導』や『追尾』の効果が付けられていなかった。

 やはりまだ『石弾』の魔法には習熟していない。いや、戦闘そのものにか。

 戦闘の舞台が森の傍であるので、火の魔法を使わなかったのもある。


 バトーの盾を押しのけて、こちらに突撃してくる魔獣。

 それに対してトリエラは、すらりと片刃の剣を抜く。

(下手に急所を貫いても、質量で持っていかれるか)

 俊敏なレイニーはともかく、フランと馬たちの位置が危険だ。


 剣を抜いたトリエラは、そこで魔獣を迎えるのではなく、あえて迎撃するために走り出す。

 背後では矢をつがえる気配があったが、左手でそれを制する。

 魔獣の動きを変えたくない。


 猪の魔獣は牙でも爪でもなく、その質量をトリエラにぶつけてくる。

 それを真正面から受け止めるのではなく、ステップして斜めに動き、右の前足に切り付ける。

 黒魔鋼の剣は、よくそれを断ち切った。

 勢いのまま、片足を失った魔獣は転がり、フランや馬の横を通り過ぎる。

 小さな崖になっていた所に激突したが、その程度で死ぬものでもない。

「フラン、まだ放て!」

 前衛が戻ってくるわずかな間に、フランは石弾を浴びせる。

 上手く顔の部分に当たって、多少はダメージが通っただろう。


 馬から下りたレイニーが弓矢から槍に武器を持ち替え、他の三人と魔獣を攻囲する。

 ただそれよりも早く、トリエラは魔獣に駆け寄り、さらに残った前足を切断した。


 これであと、出来ることは転がることぐらいか。

 それでも押しつぶされれば、人間などまだ死んでしまうかもしれない。

「転がって潰されないようにしろ! フランは顔を狙い続けろ!」

 魔獣は横たわっているので、柔らかい腹部が見えてしまっている。

 暴れまわるがその巨体ゆえ、狙う場所も大きい。


 魔法を使えるフランは、遠距離からその顔を。

 そして残りは槍で、比較的柔らかい腹部を。

 上手く急所だけを貫けば、売り物になる素材は多くなる。

 だがこれは獲物を狩るより、駆除が第一目的であるのだ。

 もう一つの目的は、経験を得ることであるが。


 瀕死になった魔獣を前に、他の者は手を止める。

「姫、とどめを」

「いや、私はいい。もうこのぐらいの魔獣を狩っても、抵抗力の方が強い」

 トリエラとしては、部下の力を上げるのが目的である。

 今さら弱い魔獣など、100匹を狩ってもほぼ意味がない。

「すると、今一番位階が低いのは、バトー?」

 カイルが目を向けるが、バトーは首を振る。

「いや、ジェイルだな」

「ジェイル、途中から見てるだけだったろ」

 アインが確認し、カイルが指摘する。

「仕方ねーだろ。長柄の武器なんて持ってないんだから」

 そもそもの役割が違うし、武器にも熟練していない。


 結局はカイルの槍を借りて、とどめを刺す。

 最も多い魔素が、ジェイルの中に取り込まれ、加護を与える。

 他の六人にも取り込まれるが、トリエラの場合は、中からそれを妨げる力があった。

(やはりもっと強い相手じゃないと、もう全く取り込めないか)

 だがあまり強くなると、今度は一人では難しい。

 強すぎる相手であると、他の仲間は安全が保証できない。

「位階はどうなったんだ?」

「22だな。お前ら24だっけ?」

「レイニーが25でフランが23だな」

 それぐらいなら、まだこの程度の魔獣が相手でも、充分に加護は得られる。


 この六人をどうにか鍛えて、せめて援護してくれるところまで引き上げる。

 さもないとトリエラの成長の壁を突破するほどの、魔獣を相手に援護してもらうのも難しい。

「姫、こいつは食えるんですか?」

 大食漢のバトーが尋ねるが、どう運ぶかの方が問題であろう。

 確かにシシの魔獣は美味かったはずだが。




 トリエラはそこから、探知の魔法を飛ばす。

 比較的近辺に、まだ一つ良さそうなのがいる。

「こいつは聖域に保管しておいて、もう一匹倒そう」

 うわ、出たよこの戦闘狂、という表情が男たちの顔に浮かぶ。

 レイニーだけはまだしも動じていないが、フランなどは明らかに目が泳いでいる。


 言いたいことは分かる。今日一日で、一人のレベルが上がった。

 充分ではないか、と言いたいのだろう。

 しかしレベルは上がれば上がるほど、より強力な魔獣や、ごく一部の人間を殺す以外に、加護を得ることは難しくなる。

 経験値が入らなくなるのだ。


 トリエラがそうなってから、もう半年近くにもなる。

 やがて訪れる戦争の前に、個人の能力は上げておきたい。ただ、その未来を伝えるわけにもいかない。

「あの、せめて魔力が回復するまでは休憩を……」

 フランの言葉は切実で、確かにまだ彼女は魔力消費が大きいか、とトリエラは思い返す。

「ならこれを運んでいくか」

 せっかくしとめたのだから、食べてしまってもいいだろう。

 もっとも今日は解体までも及ばないだろうが。


「どうやって運ぶ?」

「馬に引かせて、俺たちも押すか?」

「荷車でもあれは乗らないだろ」

「ここで解体したらいいんじゃねーの?」

 カイル、アイン、バトー、ジェイルがそれぞれに意見を言う。

 ただそのどれも、成人男性20人分の重さを誇る魔獣を相手には、現実的ではない。

 馬に牽かせるにしても、かなり難しいだろう。


 こういう時にレイニーはトリエラの魔法を頼りにするし、フランはそもそもこういう知識がない。

 レイニーの場合、普通の獣ならば解体も運搬も出来るだろうが、この魔獣は大きすぎる。

 トリエラが懐から取り出したのは、厚みがあるが小型の辞書であった。

 いくつかを確認してから、魔法の詠唱をする。

『浮遊』

 発動句と共に、魔猪の巨体がふわりと浮かんだ。


 おお、と男どもが感心するが、これはそれなりに魔力を継続して消費する。

「川まで運ぶぞ。お前らもロープで馬に引かせてくれ。フランはその間に治癒を」

 ぺしぺしと魔獣を叩くジェイルは、自前の馬は持っていない。

 ただ興味深そうに、魔法の発動を見ている。

「お嬢、これで川まで運べないんすか?」

「大地に落ちる力を切っているだけだから、移動させるにはまた別の魔法が必要になる」

「そっちは使えないんで?」

「使えるけど魔力消費が大きいから、いざという時のために残しておきたい」

 魔境の中は、魔獣との遭遇戦がある。 

 それに加えてこの仲間たちにも、魔力の総容量は隠しておく。たとえ、仲間たちでもだ。

 裏切りはそこら中に落ちているものだ。




 魔法とは違って、フランの祈祷術は見事なもので、細かい傷などが瞬時に癒えた。

 馬五頭を使って運んだ魔獣を、深みのある川にロープで結んで沈める。

「あの、魔石は取らないんですか?」

 実戦経験の少ないフランは、よくある質問をしてきた。そういえばこれほど巨体の獲物を処理するのは初めてか。

「先に肉や素材を取っておかないと、魔石を取ってしまうと魔獣は魔素に分解するんだ。まあ時間がない時は魔石だけ取るけど」

「でも順番的に、魔石から切り離すというのは同じですよね?」

「そのはずだな。どうしてそうなるのか、学者の先生がそのあたり、色々と説を唱えてるけど」

 アインがフランに丁寧に答えるが、チャンスを逃した他の三人の視線が鋭い。

 トリエラもレイニーも鑑賞するだけならともかく、共に女としては意識しにくいタイプではある。特にトリエラは絶世の美貌だが、この中では誰からも女扱いはされない。


 フランを戦場に連れて行くのは、かなり難しいかな、とトリエラは考える。

 こうやって後方から魔法を使うばかりでは、加護を得て位階が上がっても、能力の増加が少ない。

 やはり重要なのは、性格という名の才能だ。

 彼女の恐れは、ごく真っ当なものである。

 街の孤児院育ちというのは、農村の若者よりも、原始的な恐怖に弱い。


 農村であれば、天候の災害で人は死ぬし、魔獣でなくとも危険な獣に殺されることはある。

 魔境からはぐれ魔獣が出てきたら、小さな村が全滅することも少なくない。

 ただ神への祈りと、魔道への精通を、同時に身につけたその存在が惜しい。

(完全に後方支援に回した方がいいのかな)

 そう思いながらトリエラは、河原に魔法で穴を掘る。

 そして内側を『硬化』で固めて水を引き、熱した石を幾つか入れた。

「レイニー、休んでいる間に風呂に入ろう。汚れも取っておきたいし」

 魔獣の流した血や脂は、鎧のみならず顔にまで、べったりと付いている。

 単に気持ちが悪いというだけではなく、武器を握るのに脂で滑れば、とんだ不覚を取ることにもなりかねない。


 トリエラが勢い良く革鎧を脱いで、肌着も枝にかける。

『清浄』

 初級魔法の中で、一番難しいこれを、トリエラは使える。

 フランも誘ったが、すぐ傍に男性の目があるので、遠慮されている。

 こんな自然の中で鎧を脱ぐのも、抵抗があるのだろう。

 レイニーはもう慣れたもので、革鎧に鎧下もすぐに脱ぐ。

 トリエラが清浄をかけてくれる間に、湯の中に入った。


 魔境のまだ浅いところではあるが、それなりに位階の高い魔獣は出てくる。

 おおよその騎士の位階……レベルが15ぐらいで、冒険者の一人前もそれぐらいであるから、年齢に比してこの六人はかなり強い。

 もっともそれは、トリエラがコントロールして、安全マージンを多く取っているからだ。

 先ほどの猪の魔獣にしても、六人だけでは後衛のフランにまで攻撃が届いただろう。

 フランの加護は物理的な防御力には、あまり強く働いていない。

 一撃で死んでしまえば、神への祈りもポーションも、役に立たないものとなる。

 治癒系の魔法はトリエラも使えるが、フランのものほど強力ではない。


 それでもほんの数日で、レベルが上がっていく。

 明らかに強くなる自分の力に、レイニーは湯の中で拳を握った。

「ほら、男どもも洗わせるから、そろそろ上がるぞ」

 トリエラの肌は白く、銀色の髪も輝くばかりの色をしている。

 細く見えるが意外と、その体格はしっかりしている。

 レイニーの場合は男並の体格に、それでもやや丸みを帯びた肩などをしている。

 短く切った明るいオレンジ色の髪は、トリエラに比べるとずっと男っぽい。


 さっさと体を拭いたレイニーの裸体を見て、トリエラは語りかける。

「レイニー、また陰毛を剃ろう」

 真顔で言われたレイニーは、恐怖に凍り付いていた。

「……いや、そんないいって」

「剃っていた方が清潔だし、蒸れないし、いいことばかりだ」

「いや! 本当にいいから! 剃るとしても自分でするから!」

「大丈夫、優しくするから」

「何が! ちょ! 助け!」

 抵抗するレイニーを組み伏せて、剃刀を取り出すトリエラ。

「よっこらせ」

 怪力で四つんばいにして足を開かせて毛を剃り始めれば、手元が狂うのを恐れてレイニーも動けなくなる。

 普段は男勝りであり、下卑た淫猥な話も受け流すレイニーが、羞恥に震えている。

 トリエラとしてはその様子だけを見て、実はひそかに興奮していたりする。彼女はまごうかたなく変態だ。


 剃刀をあてる前に、唾液を陰部に塗りつける。

 それからゆっくりと丁寧に、薄い陰毛を剃っていく。

 唇を噛み締めて、声が洩れるのを防ぐレイニー。

 トリエラはふっくらとした恥部に、ぴったりと剃刀を滑らせていく。


 フランはその光景を恐怖の瞳で見つめ、やはり風呂に入らなくて良かったと思う。

 だが目を逸らしつつも、ちらちらと視界の隅には入れてしまっている。

 周囲を警戒している男どもも、さすがにこれには聞き耳を立てている。

 フランもひそかに、顔を赤らめていた。

 

 つるつるになった秘所をに充実感を抱きながら、トリエラはその上にあるすぼまった穴を見た。

 唾液を塗りたくった人差し指を、そこに挿入。

「ぐぎゃー!」

 思わず蹴飛ばしたレイニーは悪くない。

 顔面を蹴られたトリエラは、見事に鼻血を流していた。笑顔で。

「な、な、な、何すんだこの変態!」

「いや、可愛かったから」

 そう言って指を鼻先に持っていく。

「嗅ぐなー!」

 必死で止められたので、舌先を指に伸ばす。

「舐めるなー!」

 なんとも騒がしい入浴であった。

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