第29話 貴族の子

 トリエラは前世の知識があるため、学習を当然のこととして考えている。

 しかも未来では戦争が起こる可能性が高いことまで知っていて、ドロドロとした人間関係が存在することも知っている。

 なので大人から見れば、最初から躾がしっかりとしている子、として見られた。

 幼年学舎は最低限の躾は出来ていても、貴族として当然というところまで持っていくのは難しい、貧乏貴族の通うところである。

 ただ顔つなぎなどの期間、ここに所属する上級貴族も多い。


 幼年学舎はおおよそ、冬の始まりと共に、その一年が始まるカリキュラムを組んでいる。

 なぜなら貴族にとっては、冬というのが社交のシーズンであるからだ。

 ミルディア大陸の中でも、王都のあたりはさほど雪などは降らない。

 だがそれでも長距離を移動するのは、億劫になるのが冬という季節である。


 トリエラの場合はカリキュラムなど必要のない教養を既に備えているので、いわば転校生のような形で教室に入る。

 そして授業を受けるのだが、基本的にほとんどの授業は必要ない。

 一部の社交に関することは、それなりに役に立っているが。


 とにかくこの世界においては、地球の歴史の貴族世界や、物語の中の貴族世界に比しても、貴族の血統が重視される。

 単純に神の血統を持っているというだけで、レベルによる能力値の上げ幅が大きいのだ。

 貴族ともなれば成人までに、レベルは10ぐらいまでは上げていておかしくない。

 すると能力値の補正は、普通の人間の三割程度は増しという状態にまでなるのだ。


 特に戦闘職は、レベルも自然と高くなっていく。

 強い相手と戦えば戦うほど、それだけレベルは上がるのだ。

 地球の猟などを見ても確かだが、基本的に人間が熊に勝つのは難しい。

 だがこの世界ならば、レベルをかなり上げていれば、素手でも熊には勝てる。

 魔物化した熊が相手であると、これまた難易度は上がるのだが。


 重要なのは野生の動物を殺しても、経験値にはならないことだろうか。

 もっともレベルは上がらなくても、戦闘経験は積めることになる。

 この世界の歪であり、おおよその人間が気づいていないことは、レベルやステータス、スキルといったところに表れない、技術の面である。

 確かに魔物が相手であれば、その対処法はある程度決まってくる。

 対人戦闘もレベルによるステータス差でどうにかするのが一般的だ。

 だがそれでは通じない場合があると、前世日本の格闘技術を知っていると分かるのだ。


 技量転換というトリエラのギフト。

 これは筋力や敏捷だけではなく、知力までもが対象となる。

 影響を受けないのは魔力と精神だけであって、つまり接近戦専用のギフトだ。

 トリエラが前世で学んでいた、平和な世の中はもちろん、銃器が存在する世の中でも、おおよそ役に立たない力。

 だがこの世界ならば、強力な武器となる。




 幼年学舎でトリエラは、当然のように一番身分が高かった。

 外国の王族は、さすがに地元で教育を行うし、伯爵以上の高位貴族は、短期間しか幼年学舎には通わせない。

 面倒な貴族の身分序列は、ここでも存在する。

 だが地球と違うのは、生まれた時点で既に、能力差のアドバンテージがあること。

 かと言ってそこまで極端に、地球ではかつてあったような、平民と貴族の差はないように思える。


 不思議なことではあるが、逆に貴族と平民の間に明確な区別があるため、それが一般に膾炙しているのだろうか。

 ちなみにこのミルディアの政治システムであるが、王が最高権力者ではあるが、神殿勢力もその政策決定に関わっている。

 内閣は王を筆頭とした、各種の大臣が話し合って、政策を決める。

 司法に関しては一応裁判があり、驚いたことに貴族と平民の間に、犯罪に対する罰則の差がない。

 もっとも平民だと破産するような罰金を、貴族は普通に払えたりするわけだが。


 行政と司法を、王が握っている。

 当たり前かもしれないが、絶対王政に近い。

 もっとも実際の司法判断は、よほどのことがない限り、法務大臣が最高執行を行う。

 あとは立法についても、王が最終的な決定権を持っている。


 ただこれも驚いたことに、王の諮問機関的なもので、元老院というものがある。

 この元老院は、この世界の言葉をそのままに直すと、選民会議とでも呼べばいいものになろうか。

 貴族が半分を占めるが、平民からも代表者が出ている。

 富裕な商人などが多いが、大土地所有者や学者など、見識を持っている人間は平民でも選ばれる。

 その平民を選ぶシステムが、なんと選挙であったりする。


 王都だけではなく、大都市からは何人かが選ばれてくる。

 もっとも名誉職で給料などは出ないため、ある程度の富裕層であるか、その富裕層に支持されている人間しか選ばれることはない。

 ただ王都であると、著名な学者が選ばれることが多く、また引退した騎士なども多く選ばれている。

「でも立法はしていない、と」

 トリエラも前世日本の、三権分立ぐらいは憶えているのだ。


 王は元老院にも出席することが多いので、それなりに民衆の声が届くこともあるのか。

 もっともそれは民衆の中でも、ごく選ばれた人間ばかりであるが。

 今のところトリエラは、自分が上位の貴族ということもあり、身分さで嫌なことに遭遇したことはない。

 だが一般的な平民にとって、今の世界は暮らしやすいものなのだろうか。




 最終的には、血統も薄れていって、貴族の血も無意味になるのでは、とはトリエラは思わない。

 このミルディア王国にしてからが、王朝自体は少し変わっているが、1600年は続いているからだ。

 また平民にとっての最後の希望だが、新たな使徒が神器を賜り、新たな勢力となることもある。

 もっともそういった人間は、体制側がいずれ取り込むものだが。


 神の加護があり、血統で明確に示されたこの世界、平民にとっては地獄なのではなかろうか。

 そんなことを思ったりもしたが、実際にはそこまで深刻な様子は見えない。

 そもそも前世地球にしても、日本以外では王族が統治する国はあったし、民主主義だからといって実際は、特定の一族が支配する国はあった。

 日本ですら二世三世の議員がいたので、世襲化が進んでいるとも言えた。


 戦争が起これば、現在の貴族体制は崩れる。

 たださほど崩れないルートもあって、どの場合もトリエラは死ぬ。

 こういった貴族体制が、果たしていいものかどうか、まだトリエラは判断がつかない。

 なのでとりあえずは、自分が懸命に生きてみようと思っている。


 貴族の血を利用する。公爵家の権力を利用する。

 自らの血を残そうとは思わないが、その存在があったことは残してみせる。

 単純にゲームのルートをよしとする者とは、その過程で対立するかもしれない。

 だいたいゲームの登場人物は、エンディング後には幸せになるのだから。


 だがトリエラは、別に幸せにはならなくていい。

 前世の自分が死んだ時のように、悲劇を少しでも減らせればいい。

 そのためにはまず貴族として、自らの勢力を強めなければいけない。

(この幼年学舎で、一人ぐらいは転生者と会えるかと思ったけど)

 ラトリーも含めて、やはり転生者はトリエラとは接触するのを避けているようであった。






 幼年学舎に通う上で、トリエラはまた学生をやり直している気分になった。

 正確に言うと彼女は、学生の時に死んだので、やり直すという言い方は違うのかもしれないが。

 彼女の周囲には自然と、貴族の子弟が集まってくる。

 これはローデック家の派閥の、子爵以下の貴族家であることが多い。

 中には伯爵家の人間もいるが、嫡子はそれほど積極的には関わってこない。


 このあたりはミルディア王国においての、封建制度がかなり関係してくる。 

 地球のヨーロッパの貴族に近いのかなとも思うが、トリエラは前世、世界史はさほど重視しなかった。

 せいぜい知っているのは、中国の歴史ぐらいである。

 日本史ならば得意なのだが、日本の貴族とは平安から続く貴族と、大政奉還後の華族などによって、色々と違いがある。


 ミルディア王国というのは、国王が最高権力者であるが、神器を持つ公爵家との連合王国に近いのだ。

 その証拠というわけでもないが、王族ではない公爵家の当主は、王国の大臣などの要職に就けない。

 トリエラの祖父についても、宰相となったのは爵位をクローディスに譲ってからである。

 そもそも公爵家の領地が、幾つかの飛び地を集めれば、下手な周辺の王国よりも大きかったりする。

 もちろんミルディアは周辺国とも多くの同盟を組んでいて、その影響力まで含めれば、公爵家では敵にならない。


 ミルディア王国の貴族制度に関してだが、基本的に国王が一番偉いことには変わりはない。

 神殿がいかに権威があろうと、王国には神から与えられた神器があるからだ。

 宮廷に王と大臣による内閣めいたものがあるが、ある程度の地方分権もなされている。

 その中で伯爵以上の爵位の貴族は、おおよそが領地を持っていて、周辺の子爵以下の貴族の寄り親となるか、法衣貴族のまとめをしている。

 そして伯爵家の中でも、家を継がなかった次男や三男、また女に関しては政略結婚を行う。

 ローデック家もクローディスの正妻は伯爵家の出であったし、トリエラの側近候補もこの時期からある程度顔を合わせている。


 子供のうちから上下関係と、信頼関係を醸成するのは重要である。

 なのでトリエラが正式に王立学院に入学する時には、側近となる人間もだいたい一緒か前後の年に入学する。

 また上級生の側近候補などは、学院での心得などを伝達するのだ。

 このため学院への入学は、ある程度の幅が持たせてある。

 トリエラの場合は14歳であるが、おおよそ12歳から15歳ほどに入学し、二年から五年ほどは所属している。

 その間に新しい側近を増やしたり、自分なりに派閥を広げたりする。

 学校のようであるが、既に王立学院への正式入学は、その時点から政治的なものであるのだ。




 トリエラはここでは父や、その側近などから、ローデック家の内情についても教えられている。

「まずローデック家の領地であるが、領都のある本領土」

 かなり基本的なところから入ってきたが、このあたりは中途半端に知っているトリエラである。

「そして辺境伯として担当する、魔境に隣接する領地」

 トリエラが以前に挑戦したのとは違う、かなりガチで奥深い魔境である。

「蛮族と混在している領地。お前の母であるセリルの出身は、ここのザクセンという部族だ」

 ナチュラルに蛮族扱いであるが、書物の話を見る限り、確かに蛮族であるのだろう。


 ローデック家の領地の中で、大きなのはこの三箇所である。

 単純に面積の一番広いのは、魔境に面した領地である。

 そして一番厄介なのが、蛮族の生息域に接した領地だ。

 基本的にローデック家は、当主は本領土にいて、その一族を名代として、二つの領地の代官とする。

 状況が危険であれば、有能な家臣を改めて、そこに派遣したりするが。


 この三箇所以外には、海に面した港町が一つ、またぽつぽつと飛び地の小さな領地がある。

 いったいこれはなんなのかと思うが、内紛などがあった時などに、他の貴族から賠償として手に入れたらしい。

 小さい村などがいくつもあるので、そこは騎士が代官として赴任していたりする。

 小さな村でもそこが大きな街道に接していたりすると、意外なほどに税収があったりする。


 そんな説明の中で、トリエラはふと尋ねてみた。

「自分に絶対の忠誠を誓いそうな、子飼いの部下を得るとしたら、どうしたらいいでしょうか?」

「そうだな。騎士の家の三男か四男あたり、普通のルートなら騎士になれない人間を、あえて騎士として抱えるか。だがこの方法は特定の騎士の家が、後継者がいなくて潰れたり、不祥事で潰れたりした時に使うものかな」

 基本的には騎士にも、仕事をやらなくてはいけないのだ。

「けれど騎士になれるほどの能力があるなら、王国の騎士を目指したりするのではないでしょうか?」

 王立学院には騎士学舎があり、そこを卒業して初めて、騎士として認められる。

 なお騎士のくせに『騎士』のクラスでない人間はそれなりにいる。


 クローディスはわずかに笑った。

「お前が求めたのは、忠誠を誓うような騎士は、それしか能がないという場合が多い。だいたい三男四男から普通に騎士になる人間は、有能だが忠誠には難があったりする」

 なるほど、それも確かなことである。

「そこまでいかなくてもいいから、忠誠心の高い人間を求めるなら、孤児の中から優れた素質を持っている人間を、近衛の兵士として採用するかなどだな。あとはやや年を重ねた冒険者を、私兵として雇うという線もある」

 色々とクローディスは教えるが、さすがに魔法使いに関しては、需要があまりにも高いため、そうそう優れた者は集まらないのだという。


 トリエラが必要とするのは、忠誠度の高い私兵だ。

 それこそ将来、王国と対立した時ですら、トリエラの味方となるような。

 なかなかそういった人間など、しかも有能であることを求めれば、いないようではある。

 そんな娘の考えていることを、クローディスは不思議そうな目で見ていた。

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