第30話 戦争の予兆

 トリエラはゲーム内のストーリーについて、出来る限り思い出しては、それを日本語で記述していた。

 これなら転生者以外には、誰にも分からないと思ったからである。

 事実そうではあるのだが、その過程においてやはり気づいた。

 古代語は日本語と、構成が似ているということに。


 文字単体で意味を持ち、それを組み合わせることで新たな意味を持つ。

 助詞や接続詞などは現代の共通語を使っている。

 それでも古代語の正確な発音と、明確な意味を理解していないと、魔法は発動しない。

 こういった学問的な面を含めて、魔力も持たないといけないので、基本的に魔法使いは希少だ。

 魔道具の発明によって、普通の兵も魔法使い的な運用は出来るようになっている。

 だがその戦闘力は、初期の銃程度の武器が発明されたぐらいである。


 ゲームのシステムが存在するこの世界では、肉体の頑健さも上がっている。

 とは言え銃には勝てないだろうとは思うのだが、筋力が上がっているのなら、装備できる鎧の重量も上がる。

 火薬や魔力で弾丸を発射するより、強化された弓矢を使った方がダメージは出る。

 嘘のような本当の話が、この世界の常識であるのだ。

 ただ兵器の優れた点は、それが誰か一人の能力に依存していないことだ。


 ゲームの始まる三年前、つまりトリエラが12歳の年に、戦争が勃発する。

 もっともそれがミルディア全土に影響することはなく、普通に王都近辺は安全だ。

 ローデック家の持つ辺境の領地も、戦争の勃発地とはそこそこ離れている。

 だが本当の戦争の始まりは、それから四年後の話となるのだ。


 トリエラが16歳の年、全ての決着をつける戦争が起こる。

 もっともそれがどの規模になるかは、ルートによって違っていた。

 一番の王道ルートでは、王都とローデック領で戦いは終わる。

 トリエラのもう一つやったルートでは、攻略対象同士が争うという展開であった。

 世界の補正の強制力により、おそらく戦争自体を回避することは出来ない。

 そしてどのルートに入るかも、変えようがないと思う。


 ゲームの開始と同時に、縛りはなくなるはずだ。

 ならばそれ以前は、どれだけの準備をしておくかが重要になる。

 当初はさほど、この人生にも興味のなかったトリエラ。

 だが単純に死んでしまうには、託されたものがあまりにも多すぎると思えるのだ。




 この世界と言うか、ミルディアの理解の及ぶ、この惑星の範囲。

 一応は北が寒く、南が暑いという、北半球の地理となっている。

 そしてゲーム通りの展開であれば、北東のオルドー王国が戦争を仕掛けてくるのが、12歳の時である。

 ただその戦争は国境線で行われて、ずっと中央には関係がなかったはずだ。

 ミルディアの中でも北東の、やはりローデック公と同じ家格の家が、辺境伯として戦っていた。

 そんな一部分だけで充分戦えていたというべきか、それともさっさと戦力を追加して叩き潰しておくべきか、三年も時間があったわけだ。


 ただゲームにおいてはこの戦争の終戦を求めて中央からも援軍を出したとき、また逆方向からの侵攻を受ける。

 そこからがゲーム後半の戦争編となるのだが、ゲームの内容を知っていれば、そちらは起こらない可能性が高い。

 転生者が王族にも貴族にも多いからだが、問題はまだそれでも、子供の年齢ということだ。

(ゲームだからで済ませていたけど、若い層がほとんど戦争に動員されるのは、それだけ消耗が激しかったのかな?)

 あとはしょせん、転生者でも子供であるから、というのはあるだろう。


 そんな中でラトリーは、わずかに年上である上に、ゲーム中で既に若年ながら、公爵家の当主となっていた。

 彼が味方中最強の魔法キャラであるのは、神器を早めに使えるからでもある。

 彼と上手く連携できれば、後半のシナリオはかなり改編し、戦争を起こさないようにすることも出来るかもしれない。

 それにトリエラは父のクローディスも、そうそう戦争を望むような人間ではないと思う。

 明らかにゲームに比べて、人格はマシなものになっている、と思う。トリエラの前でだけかもしれないが。


 だがトリエラとしては、戦争を起こさない努力だけではなく、起こった後の努力も欠いてはいけないと思う。

 個人的なことを言うなら、小さな紛争程度なら、むしろ起こってくれた方がいい。

 どうもミルディア王国は、身分の固定化が過ぎている。

 そのためには純粋に、ローデック家の領軍の強さを上げておく必要と、トリエラ自身が強くなる必要がある。


 魔境や迷宮の強さは、個人の強さでどうにかなっていた。

 ただ戦争となると、果たして個人の力がどれだけ影響するものか。

 それでもトリエラが強くなることは、単純に大将首が強くなるという意味でも、必要なことだろう。

 ゲームにおいては個人戦闘もあったが、どれだけそれがこの世界に反映されるものなのか。

(一度混沌の指輪の力は見ておいた方がいいかも)

 そして側近候補の件についてだ。




 ゲームではトリエラの取り巻きは、確かアイテムで力を底上げした、キャラとしてはあまり強くない者が多かったはずだ。

 そしてゲームではともかく、この世界の現実の戦争なら、敗北して殺されれば、そういったアイテムも取られてしまう。

 そんなことが繰り返し起こっていれば、ローデック家は弱くなるばかりだ。

 家格だけではなく、実力主義による登用。

 魔法職はともかく前線の戦士職は、有能な者を見つけておく必要があるだろう。

 そしてそれ以上に、トリエラ自身が鍛えてもいい。


 家の紐付きではない、トリエラに忠誠を誓う家臣がほしいのだ。

 それは家臣という形ではなく、仲間というものでもいい。

 これからゲームが始まるまでに、まだまだ時間があるのだ。

 トリエラが求めるのは、純粋な強さである。

 他の転生者には、これは警戒されるかもしれないが。


 基本的にトリエラは、普通にしていても警戒されるに違いないのだ。

 ならばこちらも暴力を重視して、相手を交渉のテーブルに就かせたい。

 味方につけるべきは、まずキャラメイクをした転生者であろうか。

 これを上手く集めることが出来れば、ローデック家の力を使って援助することも出来るし、他の転生者ともつながりが作れる。

 武力がなければ、ゲームの開始と同時に、殺されてもおかしくない。

 それぐらいの警戒心を持って、トリエラはこの先を戦っていくことになるだろう。






 ゲームのシステムについて、トリエラはそれなりに記憶している。

 だが前半と後半では、開放されるシステムなどもかなり違うのだ。

 前半においては基本的に、相手は魔物や盗賊など。

 初めて人を殺したことで、気分を悪くする仲間のイベントなどもあった。


 魔物を相手にする時は、基本的に前衛の戦士が重要になる。

 魔境でトリエラも戦ったが、魔法の力は確かに強力だが、それを護衛する者がいないとまずいのだ。

 またトリエラはまだ使っていないが、戦士の力を高める魔法というのも存在する。

 迷宮や魔境での戦闘と、戦争は完全に別物と考えるべきだ。

 戦争においてはどうしても、兵隊は損耗していく。

 その中で補充が難しいのが、やはり魔法職の人間なのである。


 魔法職は貴族の中に多い。

 だが座学をはじめ教育によって魔法を使えるようになった貴族だと、身体能力については一般的な戦士に劣る。

 レベルによってその差は埋まるが、やはり貴族を消耗品のように使うわけにはいかない。

 もちろん戦士であっても兵士であっても、使い捨てのようには使えないのだが。


 将来的な貴族としての話はともかく、ゲームの前半である王立学院パート。

 あそこに連れて行けるだけの手駒を、トリエラは集めて育てる必要がある。

 接近戦までこなせる魔法職、というのはさすがに難しいだろう。

 貴族でそこまで熟練していれば、普通に騎士になるだろうと言われたし、王軍の方での出世も見込める。

 ただトリエラも迷ってはいるのだ。

 親のしがらみなどから、裏切ることも出来ずに忠誠を誓う人間と、自分が自ら選別して選んだ人間、どちらが信用できるのか。


 物語などであったりすると、孤児や奴隷を引き立てて、側近として教育するというのもある。

 だが果たして、それはこの世界では現実的であるのか。

 そもそも孤児や奴隷に対して、どれだけの待遇が成されているのか。

 トリエラはそのあたりのことは知らないのだ。




「側近に孤児を使う?」

 トリエラの質問に対し、クローディスは不思議そうな顔をした。

 ちなみにミルディア王国では、犯罪者と異民族の敗残兵以外、奴隷というのは存在しないらしい。

「なんのためにだ?」

「旧来の関係から側近を選ぶと、どうしても血縁関係から紐がついていそうで」

「いや、確かに血縁はあるだろうが、そもそも家に残っていても家督を継げない、三男や四男といったところから選ぶのだ。生まれた家よりもお前に忠誠を使うのは当たり前だと思うが」

「あとは孤児や平民の中から、才能がある者を選びたいということもあります」

「貴族の教育を受けた者でなければ、側近として使える者は少ないであろう」

 なるほど、ちゃんと世界にはそれなりに理由がある。


 そもそも貴族であれば、その血統に力が発現している者も多いだろう。

 またおおよその才能というのは、環境の差を上回ることは出来ない。

 貴族として幼少期から、働くよりも鍛えることを目的としていれば、そちらの方が強くなる。

 なるほど、クローディスの言っていることの方が、正しい気がする。


 ただトリエラがそんなことを言い出したのは、ランの存在があるからだ。

 ランはセリルに付けられたメイドではあるが、同時に護衛でもあった。

 そして彼女は別に、貴族などではない。

 戦士の家系に生まれはしたので、日本で言うなら豪族に近いのかもしれないが。


 やはりダメだったか、と思ったトリエラであるが、もう少しだけ粘ってみる。

「私はもう少しすれば、魔境で神々の加護を得るため、位階を上げようと思っているのです。その時に最悪、私を守って死んでくれる人間はいるでしょうか?」

 この極端なトリエラの言葉に、クローディスは難しい顔をする。

 だがその表情が、ふと変化した。

「そうだな、旧来の関係よりは……」

 父もまた、何かを思いついたらしい。


 トリエラは気づいていないが、彼女の立場はそれなりに不安定なのだ。

 確かにロザミアは排除したが、マーシル伯爵家と関係のある貴族は多い。

 彼らにとってはトリエラではなく、神器継承者でもないクレインが跡を継いだほうが、統制が弱まるのではと考えてもおかしくない。

 継承者であればその権力は、神殿からも祝福されたものとなる。

 クレインにはそれがないのだ。


 トリエラを能動的に排除するというのは、さすがにこの世界の常識からすると、本来は難しい。

 ロザミアのやったことは、本当に理解しづらいものであったのだ。

 だが出来れば死んでほしいな、と思う程度の貴族はいる。

 ならばトリエラ自身で、側近を選んでみるというのは悪くないかもしれない。

 人を見る目を養い、その忠誠を得る。

 失敗したとしても旧来の、貴族とつながった側近を使えば、それなりに上手くいくだろう。

 戦争が起こり、その前線にトリエラも立つことを知らないクローディスとしては、その程度の認識だった。




 側近と言うよりは、近衛の兵と言うか、トリエラ自身の私兵となるだろう。

 領軍ではなく、ローデック家の人間でもなく、トリエラの命令だけしか聞かない兵隊。

 そういうものを作る機会を、トリエラに与えるのもいいだろう。 

 クローディスはそう考えたのだ。

 もちろん貴族との関係では、使えない者たちではある。

 しかしちょっとした用事で使うなら、気心の知れた人間を作った方がいい。


 本来なら公爵家の中にも、使用人の子供などを使って、そういう者を作るべきなのだ。

 だがトリエラはずっと、セリルと一緒に別邸で暮らしていた。

 その割には人間関係が作れているな、とクローディスは感心したりもしたものだ。

「私兵を作るのですか」

「そうだ。私がお前に与える金銭から、その者たちも養うのだ。まあ深く考えずにやってみなさい」

 そういうことであれば、トリエラとしても悪くはないと思う。


 どういったところから、人を集めていくべきか。

 それを考えたトリエラであるが、考えてみればトリエラの知る世界は、まだまだ小さいものなのだ。

 簡単に言うと、庶民の生活を全く知らない。

 別邸に住んでいた頃は、食生活などはそれなりに、庶民的であったとは思う。

 だがこの世界の、庶民の享受している文明レベルはどうなのか。


 世界を知らなければ、戦うことも出来ない。

 必要としそうな人材、あるいはコネクションについて、トリエラは考え始めるのであった。

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