第31話 人材
人材を集めようにも、トリエラはこの世界のことをあまりにも知らない。
そもそもそれを教えようにも、クローディスですら知っているのは、貴族としてのこの世界だ。
武力に優れているのは、基本的に貴族である。
ただトリエラはランとの模擬戦をしながらも、ある程度のことは聞いていた。
冒険者。
元のゲームにそんな言葉はあっただろうか。
だが割りとこの世界、特にミルディアにおいては、冒険者という武力が存在する。
「強いのかしら?」
「千差万別ですね」
ランとしても、そう答えるしかない。
「ですが姫様の側近候補というなら、ザクセンの人間を集めるとでもいいのでは?」
それが可能なのかとエマにも尋ねると、可能であるらしい。
トリエラが前世において学んでいた武術の体系は、あまりこちらの世界では信用しすぎない方がいい。
魔法があるという前提であると、全てが変わってくるからだ。
また人間の肉体の限界も、全く違うものである。
下手をすれば生身でも、ガチガチの板金鎧より、よほど防御力は高い。
だがこれまた魔法金属があるので、防御力の上昇に際限はない。
さらに魔法で、物理系の攻撃を防ぐ魔法もある。
対して日本の武術、特に古流に関しては、侍が日常で刀を持っている状況を想定している場合が多い。
普段着であるのに、武器だけは殺傷能力の高い日本刀。
剣道などは綺麗に一本入らなければ勝負はつかないが、実際の剣術であるなら鉄の棒で殴られたところで終わり。
それだけ武器に圧倒的なアドバンテージがある。
ただし武器にもやはり、アドバンテージはあるのだ。
防御力を高める鎧を装着していると、それだけ体力は消耗する。
また魔法で強化出来るのは、防御側の方だけでもない。
魔物相手ならばともかく、実戦で人間相手だと、果たしてどれぐらいの効果があるのか。
そのうち山賊狩りでもしたいな、と考えているトリエラである。
さて、こちらの世界の一般庶民の生活を、トリエラも体験してみたい。
またクローディスではなくランと話をしたところ、孤児を雇用するというのも悪いものではないのかとも思えた。
クローディスは結局のところ、孤児院の内情になどは通じていない。
そしてランはザクセンの方ではあるが、孤児については詳しい。何しろ彼女自身が、両親を早くに失っている。
「そんなわけで孤児院を訪問してみたいと思います」
「どういうわけなのだ」
クローディスとしては、護衛がいるなら別にそれは構わない。
だがトリエラの意図が不明である。
トリエラとしても孤児を使うという手段は、前世の自分の経験が関係しているとは思う。
両親を失った後、養父に引き取られるまで、親戚の間をたらい回しにされた。
幸いにも孤児院に入れられることはなかったが、本当にそれが幸いであったのか、養父に引き取られるまでは分かっていなかった。
もしもこちらの孤児院が、比較的穏当なものであるなら、成人後の孤児の、孤児院への帰属意識も高いであろう。
ただ奪い合う憎しみにあふれた場所なら、そこから脱出するためにトリエラが引き取ってとしても、危険な場面では逃げ出すかもしれない。
貴族によって孤児が連れ出され、そして新たなる環境で忠誠を誓う。
そんな都合がいいことは、あまり考えていないトリエラである。
正直なところ一番いいのは、農村で畑を相続出来ない、だが肉体労働には慣れた『農民』ではないかと思う。
ゲームにはなかったが、農民というクラスは存在する。
体力と筋力に補正がかかったクラスで、ミルディアは大きな戦争こそないが、他の領地では山賊の討伐などで徴兵を行うことがあるらしい。
また魔境から魔物があふれた時は、専門の戦闘職がいない状態で、狩人などが指揮をして戦うこともある。
日本の戦国時代も見れば、普通に農民兵というのはいるのだ。
もっともそんな数を揃えるだけの人間は、さすがにトリエラも要らない。
そして調べたのだが、王都においての孤児院は、神殿が管轄している。
基本的に礼儀正しく育てて、貴族の使用人となったり、あるいは体格に優れている者などは、兵士にしたりもする。
王都周辺はそれなりに治安が保たれているので、傭兵や冒険者などはあまりいない。
それでも迷宮があるので、騎士団などはそこで鍛えているそうだ。
冒険者とは何か。
なんだかあちこちで聞いたような気もするが、いまいちトリエラにはしっくりこない。
ランもまたあまり知らず、そしてファナやエマもザクセンでは職業としては存在しないという。
だがクラスとしては存在する。
ざっくりその存在から考えると、小規模の傭兵と考えてもいいだろう。
護衛の依頼を受けたり、はたまた肉体労働に臨時で借り出されたりもするが、基本的には戦闘系のクラスである。
だが単純な戦闘系ではなく、斥候や狩人といった、移動するための能力も持っている。
よくあるのが魔物の討伐であるが、基本的に前衛の戦闘職しかいない。
魔法系のクラスなどを持っているなら、そもそも神官なりになるか、研究職に就くのが一般的だ。
冒険者というのは特に才能を発揮しなかった、成人済み孤児の受け皿でもある。
そういった内容を聞いてトリエラは、少し考えることがあった。
孤児院の内容としては、さほどいい暮らしではないと言うか、そもそも飢え死にしないだけマシというものらしい。
その中で素質がありそうな者を選び、鍛えてはどうであろうか。
孤児からすればずっとマシな状況で、しかも出世も目指せる。
トリエラへの忠誠心を植えつけるには、悪いことではないと思うのだ。
しかしトリエラとしては困る。
いくら前世の記憶があると言っても、トリエラは部下などを持ったことがない。
後輩の世話などをしたこともなく、そのあたりはボッチに近かった。
まあ養父が鍛えたように、自分も鍛えればいいだろう。
それにこの世界は文明の利器があまりないので、民衆の根性もそれなりにあるはずだ。
側近を集めるよりも先に、まず社会に慣れなければ、と思うトリエラであった。
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