第41話 人口と農業
父が自分の言い分を聞いてくれるというのは、ちょっと意外であったトリエラである。
彼女なりにここのところ、領地を治めるということについて、学んではいたのだ。
また社会のシステムについても、分かってきていた。
ミルディア王国は現在、ところどころで紛争を抱えていながらも、基本的には平穏な状態にある。
ただ社会問題は存在し、それは失業者問が第一に来る。
王都でもわずかに見かけたが、実はトリエラの知らない下町は、スラムのようになっているらしい。
職の供給が人口増の需要を、上回ってしまっているのだ。
基本的にミルディアというか、この文明自体がそもそも、子供が親の職業を継ぐ、という形で成り立っている。
すると普通に人口が増加した場合、親の跡を継げなかった子供はどうするのか。
同じような職で修行をした後、そういった人間が不足している、他の町に移動したりする。
ただそれが不足していなければ、仕事の取り合いが起こることになる。
都市部もそうだが農村も、同じような問題はある。
トリエラが知る限りでは、領都の公邸には人口調査の書類などもあった。
ミルディア王国は、少なくともローデック家の領地の多くは、この10年以上はずっと、人口が増加している。
そしてこの文明レベルであると、農業の重要性が最も大きい。
農村での人口増は、近くを新しく農地化するのでは間に合わず、辺境の開拓が大きな課題となっているのだ。
ただこの時点でしっかり、開拓に資金を出しているあたり、ローデック家はまともな貴族なのでは、と思ったりもする。
前世日本などは、少子化が大きな問題となっていた。
だがミルディアにおいては、同じ問題は起こりそうにない。
人類の領域と言える範囲が、おそらくとてつもなく狭い。
それでいてまら、開拓できる余地が充分に存在するからだ。
少し気になって確認してみたのだが、1600年前の大戦以降にも、それなりに大きな戦争は起きている。
また稀にだが、悪天候の飢饉や、病気の蔓延などもあったりする。
それでも人口は、おそらく順調に増えている。
おそらくとしか言えないのは、古い記録などは破棄されていたりするからだ。
だがそういった記録は、王都の管理で残されてはいるらしい。
トリエラは王家に任せるのではなく、公爵家でもしっかりと残そうと言って、クローディスは喜んだものだ。
前世の日本でトリエラは、正直頭がいいとは言えなかった。
悪いというほどでもなかったが、体を動かす方が得意であったし、実際に目にして学ぶ方が得意であった。
しかし日本の義務教育レベルでも、おそらくこの世界では相当な高等教育だ。
少なくとも数学関連は、貴族でもそれほど必要とはしていない。
建築などに必要なはずだが、つまり建築家のクラスでもあるなら、それには数学の知識が必要というわけだ。いや、建築家ではなく、設計者のクラスなのかもしれないが。
人口の増加や農業生産力の増加なども、おそらくは学者が必要とする計算になるだろう。
ただトリエラでも理解出来る程度の経済だの経営だのは、簡単な数式しか使っていない。
これでも一応、社会は成り立っているのだ。
現在の行われている開拓というのは、実のところ過去に廃棄された村などの、最開拓である場合が多いらしい。
現在の治安が安定した時代と違い、大規模な盗賊団などがいた時代だと、小さな村は狙われて廃村になることが多かったのだ。
それでも1600年前には、本当に王都やわずかな町に村以外は、壊滅的になったようだ。
人類の生存圏の、再拡張期に今は入っている。
ただそれだと他の国や、辺境の蛮族はどうしていたのか、記録が残っていない。
特にザクセンなどは、セリルの知っていた知識は、ミルディアでは秘匿されているものもそれなりにあった。
つまりザクセンはそんな時代からずっと、継続して存在していたということであろうか。
ミルディア周辺の国のうち、神器が継承されている国は、基本的にミルディアから人類の生存圏を広げるため、開拓したり再開拓したりした集団の子孫である。
王国を名乗る国が多いのは、ミルディアに倣っているということだろう。
ザクセンはそんな中、神器の継承とは無縁である。
だがセリルは血統の中に、ローデック家の混沌とは違う、他の血統を引いていた。
つまり継承者ほどでなくても、ミルディアやその友好国から、高位の貴族が嫁いでいったか婿として入ったということだ。
このあたりはもっと、歴史を調べる必要がある。
旅の間、面倒な作法などを無視すると、驚くほど時間が作れた。
そこでトリエラは、父と話す機会を多く作れた。
その中でクローディスはトリエラが王立学院に入学するのに合わせて、平民などからも募集した人材を、ある程度入学させようと考えていると言った。
さらにその前に一度ザクセンを訪れることになるだろう、とも言ったのだ。
ザクセンはトリエラにとって、母のルーツである。
そしてゲームのシナリオを考えれば、あるいはこのザクセンこそが、王国を惑わすトリエラの戦力となったのではないか。
セリルから聞いたザクセンという土地は、基本的に王という存在はいない。
戦士階級の家はあるが、それも労働階級の人間が、戦士階級になって、数代の後に族長となることはある、といったものであった。
要するに血統主義ではなく、実力主義であるのだ。
戦士階級というのは、つまり騎士階級に相当するのだろう。
しかしそんなザクセンに、トリエラを送るということ。
なぜそれを許可したのかと問うと、クローディスは簡単に説明した。
「下手にミルディア国内でお前が魔物を狩ると、反逆でも考えているのかと言われかねない」
さすがにそれは、とも思うが、セリルの残した一粒種を、祖父にあたる人間に、一度は会わせておく必要があるだろうという考えらしい。
もっともそれは、もう少しトリエラが成長してからの話になる。
トリエラは世界の未来を知っている。
ゲームが始まってからは、世界の大きな流れを変えられると聞いているが、それまでは修正力が働くはずだ。
するとミルディアと、それなりにまともに戦える国の間で、戦争が起こる。
そのための戦力を整えておくのは、悪いことではないはずだ。
ただ開拓村なども、本当ならそれなりに戦闘系クラスの人間が、いても悪くはないらしい。
魔物ではなくとも、野生の危険な生物は存在する。
ただしそういった獣は、魔物ではないので狩っても、レベルアップにはあまり関係ないらしいが。
すると魔物のいる魔境で、ある程度レベルを上げてから、開拓村に戻った方が戦力にはなるのだ。
治安の維持のために、そういった戦える人間がいることは悪いことではない。
公爵家の正規軍などは、必ず魔物を狩ってレベルを上げているので、おおよそ反乱などが起きても、問題なく鎮圧は出来る。
かといって農民などのクラスによる農作物の収穫は、戦闘系クラスではなしえないものだ。
貴族は圧倒的な戦力で支配はしているが、あまりに無体なことをすることも出来ない。
なるほどそれで、この世界はどうにか、バランスを保っているのだろう。
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