第40話 騎士志望
槍を使う赤い髪の少年は、かなり力任せに振り回している。
それに対して緑髪の少年は、剣を上手く使って受け流していた。
技術的には緑髪の方が上なのだろうが、純粋な体力では赤髪の方が上。
道場での試合ならともかく、実戦においては体力がものを言うことは多い。
なかなかの素材だな、とトリエラは感じた。
なので周りを囲んで、それを見ている少年たちに問いかける。
なお女の子は、さらに遠巻きにそれを見ていた。
「あの子達は判定の儀を受けてるの?」
いくら地味にしていても、トリエラの衣服などは村の村長より、よほど上等の代物である。
それをこの辺りにも珍しい、銀髪の美少女が着ていたので、まず驚いてしまうのは当然であった。
トリエラの周囲には、ラン以外にも護衛の騎士がいる。
それはトリエラを護衛すると言うよりは、村人が誤ってトリエラに近づきすぎるのを防ぐためだ。
別にトリエラに悪意がなくても、彼女に危害を加えようとしたりすれば、それだけで問題となる。
なので出来れば、こうやって接触するのも避けたかったのだが。
服装と美貌から、偉い人の娘だ、というのはおおよそ分かるだろう。
だが辺境に住む子供たちは、貴族相手はもちろん、目上の者に対する作法さえ、さほど出来ているとは言えない。
「二人とも将来は騎士になるんだ。アインは剣士で、カイルは戦士なんだぜ」
やはり既に、クラスに就いていた。
剣士も戦士も、比較的平凡な前衛戦闘クラスではある。
トリエラは子供の言葉遣いには、わざわざ文句などつけない。
ただ気になるのは、そんなところではない。
「冒険者じゃなくて、騎士になるの?」
男の子のなりたい職業だろうな、とトリエラにもなんとなくは分かっている。
だが騎士というのは、クラスとして就くことも難しく、かといって職業としての騎士になるのはまた別の難しさがある。
ただトリエラとしては、開拓村の実情を知らない。
「二人が騎士になったら、村を守る騎士になるだろ。だったら収穫を納める必要もなくなるし」
そういうシステムであったろうか、とトリエラは少し首を傾げる。
普通の村と違い開拓村は、しばらくの間は税もなく、その後もかなりの間は優遇されていたと思うのだ。
この開拓村の歴史を知らないので、トリエラはなんとも言いがたい。
ただ騎士を代官などとして派遣するにも、出身の村などには赴任させたりはしないはずではなかったか。
そもそもの問題として、この対決する二人の目指すのは、クラスとしての騎士ではなく、貴族階級の末端とも言える騎士のことではあろう。
どちらにしても、とても難しいものだ。
クラスとしての騎士は、ある程度の文官としての素養が必要となる。
村の代官などになれば、収穫を確認したり、また簡易な裁判などもしなければいけないからだ。
もちろん戦闘力も期待されて、辺境では蛮族や盗賊、魔物でなくても危険な肉食獣など、そういったものに対応しなければいけない。
開拓村の子供たちが、騎士になるような教育を受けられるか。
普通に考えれば、それは不可能なことである。
ただトリエラとしては、明らかに誰にも紐づいていない側近を、手に入れたいという気持ちはある。
そしてこの村の出身であれば、村人全員を人質にすることが出来る。
基本的にトリエラは、従来の貴族階級の側近を、あまり信用は出来ない。
いや、その言い方は間違いかもしれないが、あちらにはあちらの立場があると思うのだ。
ゲームシナリオ開始の前に、トリエラは出来るだけレベルを上げておきたい。
だがゲームとは違うこの現実においては、死ねばそれで終わりである。蘇生も出来なければリセットもない。
また経験値に関しても、格上相手でないと戦っても意味がない。そう考えるとレベルを上げる過程で、それなりの無理が必要になるだろう。
レベルを上げるにおいて、どこかで死者が出る可能性はある。
貴族の子弟をそれに付き合わせるのは、無理があると思うのだ。
そんな考えをトリエラは、夜にクローディスに話してみた。
「また変わったことを……」
クローディスからすると、トリエラの強さへの欲求は、かなり不思議なものがある。
貴族で公爵となると、嫌でも王立学院に通うことになる。
そこではある程度、迷宮を使ったレベル上げが行われる。
貴族の嗜みとして、確かに強さは必要であるからだ。
通常は女子には、あまりそれが推奨されるものではない。
しかしトリエラは、神器の継承者。
ならばある程度の強さがなければ、甘く見られることもあるであろう。
王立学院の迷宮は、かなり詳しく把握されていて、事故による死亡なども滅多に起こらない。
ただトリエラは以前からずっと、強さにこだわっていた。
男の子ならともかく、女の子が強さにこだわる。
クローディスとしては、やはり母親に似たのかな、と思うしかない。
ザクセンでは女であっても、子供を産むまでは普通に、狩りに参加する。
またいざという時には、そういった経験から剣や弓を取る者が多いという。
それはそれとして、トリエラの希望を聞くというわけではないが、辺境の開拓村などで、戦闘系クラスを選択した人間は、特別に教育してもいいかもしれない。
下手をすると反逆扱いと思われるかもしれないが、戦力というのはあって困るものではない。
トリエラの親衛隊という目的で、作ってみてもいいかもしれない。
もしもトリエラが魔境などでレベルを上げようという時に、貴族の子弟を使うのは難しいし、本職の兵士や騎士をつけるのも、あまり褒められたことではない。
そう考えていたクローディスに、珍しくもトリエラの世話をする、エマからの声がかかった。
「一度ザクセンを訪れるのはどうでしょう? あそこでは子供の頃から、魔物との戦いには慣れさせる環境がありますし」
クローディスとしては、それなりに考えるべきことではある。
それは別としても、トリエラに母の出身地を見させるというのは、普通に行っておくべきことではないか、と思ったのだ。
トリエラが考えている、数年後に起こりうる大戦争。
ルートによってはそこまで大きな規模ではないのだが、辺境や国境において、他国が戦争の準備をしている、という話は聞いている。
ミルディアの戦力としては、内海を挟んだ大国以外は、それほど恐れることはないと思う。
しかし戦争は早期に終わらせないと、金がかかって仕方のないものでもあるのだ。
あまり深く考えず、辺境にも自衛の手段を持たせるべきか。
それもまた、反乱でも起これば問題だが、今のところローデック領で、そんな兆しは全く見えない。
いまだに世界は、トリエラたち転生者を中心として動いていはいない。
しかし少しずつ、トリエラ以外の転生者も、その準備は始めていたのであった。
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