第39話 開拓村

 辺境開拓というのは、ミルディアにとっては重要な国策である。

 そもそも地図を見る限りでは、このミルディア大陸だけでも、人類の踏破した領域は多くない。

 この惑星自体の大きさは、数学によって判明している。

 その表面積に対して、おそらく海の面積の方が、圧倒的に陸地よりも広い。

 それは地球と同じであるが、その海に関しても内海と外海の主な二つに分かれている。


 ヨーロッパの地中海に近いのが、内海と呼ばれているものだ。

 ローデック家はこれに面した港町を一つ、飛び地の領地として持っている。

 海の向こうにはミルディアの王権がさほど影響しない国も、二つほど存在する。

 それぞれが別の大陸の国であり、おそらくゲームには出てきていなかった。


 内陸は魔境は別にしても、あちこちがまだまだ、開拓の余地がある土地である。

 ただそういった土地でも、開拓しやすい場所であると、いわゆるミルディアの言う蛮族も開拓を計画している。

 そういった蛮族とミルディアの一番の違いは、力の存在がどこにあるか、ということだ。

 つまるところ神器の血統である。


 ミルディアから分離した、あるいは広大な土地を開拓して、国を作った場合もある。

 それらは神器継承者を、例外なく王としていた。

 あるいは宗教的な権力者とし、それとは別に元首を決めている国もある。

 つまるところミルディアから見て、蛮族と言えるのは神器の有無が大きく関係する。

 もっともその中でも、ザクセンはかなり例外的だ。

 遊牧民が多く、その北には大集団の通過が不可能な山脈があり、事実上の北の果てがザクセンである。

 もっともザクセンの北の果てというのは、ザクセンの人間でもほとんど見た者はいない。


 今回のクローディスは、そのザクセンとの境界近くにある、開拓村を見て回ることとしていた。

 ここまでになると、とても貴族が満足するような、そんな宿などあるはずもない。

 そもそも通貨があまり通用しておらず、基本的に村内では物々交換が主流である。

 もっともトリエラとしても、前世で養父は物々交換をしていたので、それだけをもって文明度が低いとも思わない。

 ただ王都の暮らしに慣れた人間には、ここでの生活は辛いかな、と思う程度だ。


 村でも一番大きな村長の家に宿泊するでもなく、天幕を張ってそこで眠る。

 クローディスはトリエラのことを気遣っているようであるが、むしろトリエラとしては貴族の屋敷で眠るより、快適かもとさえ思う。

 ある程度の年齢になると、養父はトリエラを山に一緒に連れて行ってくれるようになった。

 基本的には日帰りであったが、稀には泊り込むこともある。

 猪や鹿を狩ることが多かったが、一度は熊を狩ったこともあった。

 そしてこれは誰にも言えないことだが、日本刀を持って、罠に足をつながれた猪と、対決するのも見た。


 この世界ではそういった経験が、充分に活かせる。

 習っていた実戦剣術については、さほど実戦的ではないと、養父は言っていたものだ。

 本当に実戦したことがあるのかはともかく、刀など携帯して歩いていられないというのが、その実戦的ではないという理屈である。

 しかしこの国は王都でさえも、武装している一般人はいたのだ。




 ミルディアにおいてさえも、一番重要なのは、農業や漁業、牧畜などの一次産業である。

 食料の安定的な確保は、人間が生きていく上で欠かせないことだ。

 また国力を増やすのは、人口の増加がイコールとなっていく。

 そのため開拓というのは、平時には大切な産業となる。

「魔法を使って、木を切り出したりしないのですか?」

 トリエラの問いにも、クローディスはふむ、と首を傾げるのみである。

 確かに大規模なものであると、魔法が必要にもなるらしい。

 だが基本的には、農民クラスの持っているスキルなどで、重機の代わりにはなるらしい。


 前世でも養父のさらに父の時代までは、牛などを農耕に使用していたという。

 この世界では普通の動物には、スキルなどの恩恵がない。

 なので地球の歴史に比べれば、動物との暮らしは農村でもそれほど重要ではないらしい。

 もっとも牛、そう前世で言うところの牛と同じであろう生き物は、雑草を食べてくれる生き物なので、肥料の生産と共に、重要な家畜ではあるらしい。


 基盤となっている技術が、果たして地球換算でどのくらいのものなのか。

 農耕に人力を使っていると言っても、それはシステムがそれに適性があるからである。

 ただ地球における石炭や石油などのように、エネルギー源としては魔石が存在する。

 ちなみにこの魔石も、純度を高める方法はあったりする。


 単純に魔石と魔石を触れ合わせれば、弱い魔石の力は強い方に移って行く。

 強い魔石の出力が必要な場合は、そうやって強い魔石にしていくのだ。

 この魔石を使えば、それなりの機械動力にはなる。

 だが金属精錬の問題もあるのか、列車などの巨大な金属の塊はない。

 文明の発達は歪なのだろうが、そもそもの前提となる世界のシステムが違うので、なんとも言えない。


 いずれは、宇宙に進出出来るのだろうか。

 すぐ近くに山や森があるが、それでも一応街ではある場所で、トリエラは育ったものだ。

 地球人類の行く末と、この世界の人類の行く末。

 おそらくこの世界においては、迷宮にその進歩の先の未来が待っているのではとも思う。




 今日もまた、一つの開拓村を訪れた。

 父は自ら、耕作地を見て回り、トリエラは村の方を見て回っている。

 開拓村というのは本当に、生活が大変なものであるらしい。

 しかし一時的に領主からは援助があるので、村や町から親の家業を継がない人間が、かなり参加してはいるのだ。

 ただ上手く開発が成功しなければ、なかなか結婚することも難しいらしく、基本的にミルディア国内では女が余っている。

 正確には余ってはいないのだが、下手に結婚するよりも、富裕な人間の後妻になるか、末端貴族や商人の妾になることが、珍しくはないのだ。

 もっとも人口自体は、無事に増えていっている。


 粗末な小屋とも言える家を見ているが、このあたりは冬には相当寒くなるらしいので、漆喰で気密はあるていど保持しているらしい。

 ザクセンはこのさらに北で、冬場は風の吹き込まない土地に、移動するのだとか。

 ただこのあたりと違って、雪は降らない。

 そもそもミルディア国内が、ほとんど雪の降らない土地ではあるらしい。


 まだ未開に近いが、それでも若い大人や小さな子供はいる。

 子供もそれなりに労働力となるのだろうが、遊びまわっている者もいて、それなりに生活の余裕はあるのだろうか、とトリエラは考える。

 村の真ん中の広場になったところでは、木を打ち合うような音がしていた。

 見ればトリエラよりは少し年長らしい、男の子二人が、木の剣と槍とで打ち合っている。

 それをまた周りは、見守っているという感じだ。


 剣よりも槍の方が、武器としては古く使われているものだ。

 間合いを考えても、普通なら剣よりは強い。

 ただ短槍が相手であるので、間合いの有利不利はないといったところか。

(ただの子供にしては、身体能力が高いかな)

 おそらくは既に、クラスに就いているのだろう。

 それも戦闘系のクラスであるかもしれない。

 トリエラはその勝負が決まるのを、しばらく眺めていた。

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