第38話 辺境視察
公爵家の正当な後継者と決まってから、トリエラには困ったことがある。
それは魔境に行って、レベルアップが出来なくなったことだ。
もっともゲームと違ってこの世界では、肉体の成長に従って身体能力の基礎値が変化する。
それを思うと元のゲームでも、序盤から出てくるキャラはレベルが1であったことも、おかしくなかったと言うべきか。
(けれど明らかに実戦を経験してるはずのキャラもいたし)
特に異国からの留学生は、ミルディアよりも環境がきついので、神器継承者も早くから戦場には出ていたと思うのだ。
何よりトリエラが、味方よりの中立キャラとして、敵を倒して資金や経験値を横取りしてしまう、ということがあった。
あの時のトリエラは、味方がまだおおよそレベル一桁だったのに対し、一人だけレベル10であった。
腹が立ったのでよく憶えている。
そんなトリエラであるが、いよいよ領都と王都以外の、土地を見ることになった。
父の辺境視察に、同行することになったのである。
公爵家の領地は広く、多くは代官として派閥の貴族を派遣している。
そこである程度の私腹を肥やすことは、それがあまりに極端でなく、そして巧妙であるならば、ある程度は黙認している。
「いいのですか?」
「いいのだ」
トリエラとしては、公務員の着服みたいなもので、許しておいてはいけないと思うのだが。
「あまり巧妙すぎても、それはそれで困るのだがな」
これもまたトリエラとしては、よく分からないことであった。
公爵家の領地は広大で分散しているため、クローディスが一人で毎年回りきることには無理がある。
この世界には、長距離を一瞬で移動するような、そんな魔法は存在しない。
ただゲームでは、追い詰めたはずの敵がワープしたように消え去る、というシーンがあったりしたものだ。
それでもミルディアの魔道の範囲内では、そういった技術は存在しないのである。
敵ばかりが使っていたような気がするが、ルートによっては敵が変わるので、本当に敵だけに伝わるものなのかも分からない。
あと転移の魔法なのかどうかは微妙だが、迷宮においてはそういった特殊な装置もあるらしい。
(ゲームのトリエラが敵になって出てきた時は、使ってた気がするんだけど)
とりあえず今のところは、そういった魔法はないというのが、常識であるらしい。
今年のクローディスの視察は、一部の辺境の街や村を回ることになる。
いずれはトリエラと二人で、分担して回るようになり、やがてはトリエラの仕事となる。
ただクレインを名代として使うなら、彼を派遣してもいいらしい。
もっともこの世界において、旅というのはそれほど快適なものではない。
基本的にミルディア国内でも、ウーテルとミケーロの間であれば、まず一人旅をしていても問題ない。
王都を中心として、大きな経済活動がなされる都市や、政治的に重要な都市の周辺は、徹底的に治安が維持されている。
また田舎に行ったとしても農村部などは、周囲に魔境でもない限り、一般人では対応不可能な魔物などは、まず出てくることがない。
そしてこの世界の一般人は、基本的にレベル補正があるので、地球での野生の獣などは、だいたい準備すれば狩ることが出来る。
問題になってくるのは、やはり辺境と魔境の近くである。
辺境は蛮族との紛争があったりするし、大規模な魔境は定期的に間引かなければ、災害級の魔物があふれてくる時がある。
そういったところでは法による治安よりも、暴力による治安が効果的であったりする。
法律が場所によって違うのだ。
今回は辺境であっても、それほどの危険はないだろうと思われる。
それでも護衛となる騎士や兵が多いのは、クローディスとトリエラの二人が、同時に視察を行うからだ。
公爵と次期公爵。
万一にも二人同時に何かが起こったら、王都から祖父が戻ってきて、一時的に当主に復帰するしかない。
そして次代の公爵は、クレインが中継ぎをするのか、それとも今リアンナのお腹の中の子が、また継承者となるのか。
トリエラとしてはゲームシナリオの開始まで、それは大丈夫だと思っているのだが、クローディスの懸念は当然のものだ。
ウーテルを出立する時は、まだしも人数は少ない。
それでも身の回りの世話をする者を合わせて、50人ぐらいである。
旅程が長くなるほど、途中から護衛が合流していく。
今回の場合は最終的に、300名ほどの人員になるという。
クローディスが見せてくれた地図によると、かなりその旅程は右往左往しているように思える。
だがこれはクローディスとトリエラが泊まれるような格式の宿が、そのあたりの街にしかないからだとか。
「それも途中までで、後は普段とは比べ物にならない粗末なところに泊まることになるぞ」
いやそれ、既に魔境に行った時、経験しているのですが、とトリエラは言わなかった。
おそらくクローディスよりも既に、トリエラの方が旅慣れている。
それにしても盗賊の襲撃も、ゴブリンの暴走も、全くなかった。
ただでさえ治安がいいこともあるが、そもそもこんな人数を相手に、魔物でも襲ってくるはずもない。
こういう場合に危険なのは、むしろ街の中なのでは、とトリエラは思った。
クローディスやトリエラを相手に、暗殺者を仕向ける。
しかし今はそんな心当たりもなければ、夜間にも部屋の前などで護衛が守っている。
トリエラの側に仕えているのは、セリルから受け継がれたザクセンの三人である。
「こんな旅をしてるけど、本当に危険はあるの?」
疑問に対しては、ランが答える。
「まあ騎士や兵士も手練でありますし、これに襲い掛かるようなバカはいないかと」
やはり集団であると、襲うほうにもリスクが大きい。
それに公爵家に襲い掛かるようなバカは、さすがにいないのだと。
ならば個人の旅でも、それなりに安全なのではないか。
トリエラの言葉には、これはファナが答えた。
「少し前に、盗賊宿というのがあったと聞きます。客の身なりから懐具合を考えて、宿の人間がそれを襲うというものですね」
「そんなに多いの?」
「滅多にないとは思いますけど、やはり一人旅というのは危険かと」
後に調べたことだが、ミルディア全土においても、10年間で三件ほど、そういった事件があった。
もっともこれは明らかになった件数であって、巧妙に犯罪を繰り返している者たちはいるかもしれない。
それにしても人数が多いということもあるが、一日に進む距離が短い。
宿がある街に合わせて移動するので、それも日数がかかる原因であるだろう。
なので普段は領主自らの視察は少なく、監察官という役割の人間が、汚職や横領がないかを、巡回しているらしい。
もっとも代官と監察官の間の癒着は、これまた充分ありえるものである。
それをさらに調べる隠密の検査官もいるのだが。
クローディスはそれに加えて、商人のネットワークも使っているのだとか。
さらに各種ギルドなどとも関係を結び、領地の事情には通じている。
「お父様は有能なのかしら?」
「どうでしょう? ザクセンではまず、強いことが重要でしたが」
辺境とミルディアでは、必要とされる要素も違う。
ただ旅の中で、トリエラは庶民がひどい生活をしているというのは、あまり見かけなかった。
少なくとも食べてはいけている。
そして大きな盗賊集団や、犯罪組織もないように見える。
珍しいところでは、河川に橋をかける土木作業などを、見物することもあった。
(これは地球でなら、どの時代の文明レベルなのだろう?)
少なくともミルディアは、人種としては彫りの深い顔立ちである。
そして肌は比較的、褐色から白い人間まで、様々である。
東洋系とアフリカ系が見かけないのは、何か理由があるのか。
そのあたりはまだ、トリエラは世界を知らない。
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