第17話 貴族の血統

 まったくもって貴族というのは、人を使わなければいけない仕事である。

 トリエラはそう割り切って、身の回りのことを使用人に任せる。

 本当ならば自分でやった方が、ずっと早いこともある。

 そういう場合はファナやランを部屋で待たせて、一人で着替えたり髪を整えたりする。

 そして鏡を覗き込んで、自分の美しさにうっとりとしたりもする。


 トリエラは面食いなのだ。

 いや、可愛いのも美しいのも、両方好きではあるが。


 この世界の宗教には、同性愛を禁じるものはない。

 もちろん同性同士で子供が出来るほどファンタジーではないので、異性による結婚が普通だし、そもそも同性で結婚するという制度もない。

 だがタブーではないというだけで、トリエラにとってはありがたいものなのだ。

 そもそも神々であると、男の神が生命を作り出したり、女の神が女の神との間で、子供を作ったりする。

 推奨するというわけではないが、絶対の禁忌でもない。

 貴族などはその価値観の中に、浮気は同性の人間とする方が好ましい、などというものまであったりする。

 通常男の場合は一夫多妻なので、あえて浮気をするというのは趣味の領域に入るらしい。気に入ったら側室を増やしたり、妾にするという選択があるので。

 ただ相手が人妻であると、かなりの問題だそうな。確かに血統が目に分かる貴族では、誰が父親かということは重要な問題である。


「貴族って……」

「う~ん……」

 公爵家の本邸に移って、トリエラはセリルと共に、これまでとは全く違った系統の知識を学んでいる。

 しかしトリエラが学ぶこの知識は、六歳児として適切なものなのか。

「同性愛の文化自体は、ザクセンにもあったけど」

 そもそも庶民にとっては、あまり貞淑さを求められるものではない。

 結婚した女性に関しては、それなりに重要視されることが多いが。

 そして庶民の男性も、結婚している者が人妻と情事を行うのは、それなりの禁忌である。

 それなら娼婦を買えというものらしいが、いったいこのあたりの価値観は、どういう経緯で発展してきたものなのか。


 トリエラとしてはこれは、貴族の教育なのか、と首を傾げる。

 いや教育自体はいずれ、しておくべき内容だと思う。

 だが六歳児に、という疑問は当然のものだろう。

「ミルディアは面倒な国ね……」

 なぜか今さらのようなことを、セリルの方が口にした。

 一般常識の家庭教師であるのは、下級貴族の奥方である。

「私としてはトリエラ様を同席させたことに、ちょっと驚きがあるのですが……」

「ザクセンでは普通、これぐらいの間から性教育は行っているのよ」

 そうなのか。




 この世界はステータスに血統の項目などがあるように、血統第一主義と言ってもいい。

 神器の継承以外にも、ステータスで血統が発現していると、レベルアップの上げ幅というか、補正値が高くなるらしい。

 トリエラも混沌の継承者であるが、それ以外にいくつかの血統を発現している。

 長い歴史の中で庶民の中に流出した血統が、代を重ねた後に発現することもあり、しかもそれは珍しいことではない。 

 そういう人間がなんらかの功績を上げると、一代の爵位を得ることもあるのだろいう。


 前世の地球においても、長く貴族的な支配者階級の、血統の正統性は重視されたりもした。

 だがこの世界では神々の存在が確かであり、その神々が判定の儀で、血統のお墨付きを与える。

 また実際に血統が発現している方が、成長率に補正もかかっているという。

 人間が生まれながらにして、平等ではない世界。

 しかしたとえばランなどは血統を発現していないが強く、騎士の中にも発現していない者はいる。

 ある程度の参考にしかならないというものだ。


 なおザクセンの地で生まれたセリルにも、血統は発現している。

 それは『放浪』と『叡智』の二つであり、この血統はミルディア国内外に広く散見されるものだ。

 トリエラもこの二つは発現していて、おそらく能力値の上昇に関係している。

 あくまでも素の力を補正する能力値の数字だが、トリエラの能力値の上昇は、平均よりもかなり高い。

 もっとも頑健の能力値が低いのは、やはり問題があるだろう。

 防具や魔法である程度は高めるのだろうが、日常において襲われたのなら、魔法による防御が一般的か。


 暗殺の危険、というのをセリルは警戒している。

 トリエラもおおよそ、セリルの心配を感じている。

 日常の中に、命の危険が含まれるという貴族の生活。 

 いやさすがに、全ての貴族がこんなわけでもないのだろうが。


 ただトリエラとしては、この環境であるならば、ゲームのトリエラが悪役令嬢になったのも無理はないかな、と理解しないでもない。

 悪役令嬢と言うよりは、貴族的な令嬢であり、さらには次の公爵だ。

 自分の身の安全のために、周囲には取り巻きを侍らせるのも当然だろう。

 そして敵対した相手に対しては、非情な手段を使ってもおかしくはない。

 これまでにトリエラは、ロザミアの悪意に満ちた視線は感じていた。

 だが直接の害を加えられたことは一度もない。

 それでも母たちの注意を大袈裟と思わないのは、ゲームのシナリオに近い形に、世界が修正されるだろうと考えているからだ。


 1600年前の戦争などという知識は、ゲームには出てこなかった。

 あるいは全ルートを攻略すれば、それも明らかになったのかもしれないが。

 血統などというものも、ここまで重視されていたかは疑問である。

 だが確かに攻略対象は、血統持ちの男キャラだけであったが。


 確かなのはどのルートでも、トリエラは悪役令嬢であったということ。

 そしてゲームならばともかく現実の人間であるなら、そうさせるだけの理由がなくてはおかしい。

 もっとも最初にやったメインルートでは、トリエラはトリエラ個人と言うよりは、邪神の類をその身に降ろしていたようにも見えたが。

 人間キャラでは使えないスキルを大量に持っていたので、そこは憶えている。

(ただ、この記憶は本当に、前世のゲームのものなのか?)

 原作では月はあんな、地球の月に似ているものではなかったと思う。

 また書物で調べた中では、この世界では月と太陽の見かけの大きさが、ほぼ同じであると書かれていた。

 あまりそちらの知識は前世ではなかったが、地球の衛星である月は、他の太陽系の惑星の衛星と比べると、あまりに大きいものであると言われていたような気がする。


 異世界と言うよりは、パラレルワールド。

 あるいは……神々の手によって作り直された、はるか未来の地球。

 ただこれが未来の地球であったとしても、魔法のある異質な世界で、異世界とするのに何か問題でもあるのか。

(この記憶自体が、既に操作されているのかもしれない……)

 考えても仕方のないことを考える間に、トリエラの月日は過ぎていった。




 現在のローデック公爵家の当主は、トリエラの父のクローディスである。

 さらに先代のローデック公爵として、トリエラからは祖父にあたるグレイルもいるが、彼は普段は宰相として、王都に詰めている。

 なので公爵家の舵取りをするのは、当然ながらクローディスである。

 そのクローディスから見て、トリエラはすこぶる優秀であった。

 だが、あまり可愛げはない。


 きわめて美しい娘であるというのは、親の欲目ではなく間違いないだろう。

 ただ聞き分けが良すぎる。

 もちろん親として、手間がかからないのはいい。

 しかし自ら学問に励むところなど、セリルはどうやって教育をしたのか。

「家庭教師に文字を習って、あとは全て本を読んだだけですよ」

 セリルはそう言ったが、途中から魔法を教えたのは彼女である。


 天才と言ってもいいのだろう。

 また同時に、大人びてもいる。

 まだ子供なのに、誰かに頼るということをあまりしない。

 いや、出来ないことは出来ないと、はっきりと判断はしているのだ。

 そして人を普通に使って、それでいて甘えるということはしない。

 セリルと少し話をしても、確かに変わった子供だとは言われる。


 トリエラの弟であり、長男であるクレインに関しては、特に才能めいたものは感じない。

 家庭教師による初等教育では、それなりに物覚えはいいと評されていた。

 だがトリエラのような、生まれた時から完成している、というような感じは受けないのだ。

 これまたセリルに言わせれば、乳児の頃のトリエラは、それなりに赤ん坊らしかった、と言われるのだが。

 三度ほどしか、クローディスはトリエラに会っていなかった。

 自分が妻として優先すべきは、ロザミアなのだと理解していたので。


 どちらも政略結婚であり、どちらも特に愛情などはない。

 だがロザミアは正室として、公の場では彼女を伴うことがほとんどだ。

 一応第四夫人まではいるが、四人目はやや実家の立場が弱い。

 それにトリエラに関しては、クローディスの種ではないのでは、という疑惑もあった。

 嫁いだ初日に抱いて、わずかその一度で妊娠。

 やや早めに生まれたのは、既に妊娠していたのでは、という噂まであったのだ。

 セリルは特に否定もせず、さっさと別邸に引きこもってしまったが。


 


 クローディスとしては別に、子供が自分の種でなくとも構わなかった。

 薄情なようであるが、それならば当時妊娠していた、ロザミアの子が普通に継承者になるはずであったからだ。

 他の家ならば長子相続がどうのとなるが、ローデック公爵家は神器の継承権で当主が決まる。

 もちろんたまたま当主が死んだ場合、つなぎの当主が就任する場合はあるが。


 今のクローディスが考えているのは、ロザミアの悪意である。

 彼女はずっと前からクレインが神器を継承すると、全く疑っていなかったようなのだ。

 セリナがせめて、もう少し社交などの場に出れば、とは思ったことはある。

 正室として尊重はしているが、ロザミアに対してはさほど愛情は感じていない。

 ただクレインはその面立ちや髪の色からも、間違いなく自分の息子だと感じた。

 しかしローデック公爵家の当主としては、トリエラを重視するのが当たり前のことだ。

 もっともロザミアに、その当たり前の道理が通用しないかもしれないとは、クローディスも分かっている。


 王都に向かったクローディスは、色々と手はずを整えてきた。

 トリエラをいずれ幼年学舎に入れるため、その受け入れ態勢を作ったのだ。

 またそれと同時に、アグナウバ家のラトリーについても調べた。

 こちらは同時に、神殿で同じような事例が、他にもあったとは知らされている。


 神殿の権力や権威は、ある部分では王室よりも強い。

 だがそもそもローデック家の神器は、まさに神より授けられた物である。

 なのでその継承者に関しては、発言力が違うのだ。

 ただ神殿もその情報を、誰かが一元化して管理しているのか、その根幹の部分で分からなかった。

 おそらく他に三人以上は、そういった子供がいることは分かったのだが。


 生まれつき神の加護を受けていたらしい人間が、複数誕生している。

 それにトリエラの持っていた、よく意味の分からないギフト。

 神器継承者として生きてきたクローディスには、現在の状況の異常さが分かる。

 別に神器を継承する人間であっても、最初からクラスの適性が大量にあったり、クラスに最初から就いているわけではないのだ。

 それがこの時代、ある程度の人数が連続して、神々に祝福されて生まれてきている。


 何か世界的な危機でも起こるのか。

 確かに歴史を顧みれば、災厄は前兆が分かりにくい形で起こっている。

 また別に災厄などでなくても、普通の天災が起こっただけで、ある程度の騒乱は起こったりする。

 国境では紛争があるし、蛮族の侵入もある。

 そのため神器継承の公爵家の中には、同時に辺境伯の爵位も持ち、その守備に当たっている家もある。


 自分の娘の代で、何か決定的なことが起こるのか。

 もし起こるとしたら、息子もまた巻き込まれるであろう。

 子供たちの未来を心配するクローディスは、貴族であるという以前に、一人の父親であった。




 本邸に移ったトリエラは、ファナが傍にいることが多くなった。

 おそらく彼女の毒の知識が、トリエラの助けになると考えているのだろう。

 こんなあからさまな場所で、トリエラを狙ってくることがあるのだろうか。

 そんなことを思いながら、貴族の子女の行儀学習を終えて、トリエラは魔法の学習に入る。


 武器での戦闘や体術は、相変わらずランに教わっている。

 ただトリエラは戦争や、魔物相手の戦闘であれば、今の戦闘技術はあまり役に立たないのかな、と思わないでもない。

 前世にあった武術と言うと、日本の場合は武器の携行が制限されているため、格闘技が実戦的とされていた。

 もちろん実際には武器を持った武術の方が、その力は上である。

 剣道三倍段と言われるように、武器の存在というのは圧倒的なのだ。

 養父の物騒な友人が教えてくれた、護身術の数々。

 それらはおおよそ、武器を使った方がいいぞという見も蓋もないものであった。そもそも養父が剣術をやっていたというのもある。


 この世界にはステータスやスキルの補正があって、魔法もある。

 まだ六歳のトリエラであるが、実戦で使える重さの武器も、もう少しすれば使えるようになるかもしれない。

 そのためにはまず、レベルを上げることが重要であるが。

 ただ現時点では、必要なのはいかに魔法を素早く使うかだ。

 無詠唱で魔法を使うように出来る、待機というスキル。

 詠唱が完了した状態で、発動する前のまま、そのままにしておけるスキルである。


 レベルを上げることによって、おおよそ一つのスキルを得ることが出来る。

 だがそれとは別に、様々な技能に熟練することで、新たなスキルを得ることもあるらしい。

 トリエラが次に取得した魔法待機というスキルは、一つの魔法を待機状態にしておけるというもの。

 わずかずつMPは減っていくが、それでも咄嗟に使えるのは大きい。

 不意打ちに成功すれば、それなりに実力差があっても、人間同士なら勝つことが出来る。

 効率のいい強さの身に付け方は、トリエラにとっては楽しいものである。

 ただ本質的にはトリエラは、肉弾戦の方を好む。


 養父の周りには、武道家が多かった。

 いや、あれは武術家と言うべきなのだろうか。

 精神修養のために武道を研鑽すると言うよりは、どうやったら人体を壊せるかなど、物騒なことを言っていたものだ。

 そしてそれを聞いていたトリエラに、何もフォローをしなかったあたり、養父も似た者なのだったのだと、転生してから今さら気づいた。

 セリルから魔法を習ってはいても、ランの剣術は短剣を扱うもので、しかも対人用のものであった。

 そんなトリエラに剣士やその上級職である剣豪のクラス適性があったのは、絶対に養父たちの影響である。


 今となっては確かに、役に立つものとなっている。

 だがあんな技術を身につけなければ、むしろトリエラは前世で死ななかったであろう。

 あるいはこの転生を考慮に入れて、トリエラが前世で経験を積むように、あの男が計算したのか。

 さすがにそれは逆で、トリエラが強かったからこそ、転生者として選ばれたと思うべきだろう。

 するとラトリーなども、ただの転生者ではなく、前世でなんらかに長じたものであったのか。

(他に肉弾戦をする女キャラだと……)

 外国からの留学生ということで、ユフィというキャラクターも接近戦を得意とする。

 もしもまだ彼女が選ばれていなかったら、トリエラは彼女を選んでいたであろう。


 魔法戦士という、成長に補正の入ったクラス。

 だが筋力の補正があまりない今では、出来れば前衛の物理戦闘職にクラスチェンジをしたいものだ。

 幸いにも戦鬼や剣豪といった適性もあるのだし。

 しかし素の肉体能力が低い今は、魔法系の力を伸ばすべきか。

 本邸に移ってからのトリエラは、ここにもあった書籍などを読みながら、魔法を使っては経験値を溜めていくのであった。

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