第27話 王立図書館

 王立学院が国家最大の教育機関で、研究機関でもある以上、当然ながら存在するのは、国家最大の図書館である。

 現代地球であってもだいたい、最大の図書館は国家が運営していて、日本などは自国の出版物は、全て収容していたなどということを聞いていたトリエラである。

 実際のところは同人誌などは集めてないので、そこは間違っているのだが、とにかく知識の宝庫であることは間違いない。

 ただ図書館の中でも、特に危険な知識に関しては、禁書庫の中に保管されている。

 単純に強力な魔法の本などだけではなく、裏に隠された歴史などもそうである。


 トリエラの場合はまだ子供なので、監督者がいて初めて、一般の書庫に入ることが出来る。

(なるほど、前世の図書館と同じように、ある程度は分類されてる)

 ふむふむと頷くトリエラであるが、この世界では印刷は、まだ希少なものである。

 専門的で特に希少な本ほどは、逆に写本でのみ流通していたりする。

 ただ神話や歴史書などに加え、娯楽までもが既に印刷の恩恵を受けている。

 そういった娯楽の本には、全く興味のないのがトリエラであるのだが。


 彼女が読みたかったのは、この世界の法則に関する考察の書かれたものだ。

 護衛も兼ねた監督者である騎士は、大人の自分でも読まないような本を、よくもまあトリエラは読むな、と思っていたりする。

(この世界、知的水準の差がありすぎる)

 辞書を片手にトリエラは、かなり専門的な本を読んだりする。

 そしてそれだけでは足りずに、また他の本を読んで、自分なりにまとめたりもする。

 なおミルディアでは紙は植物紙で、それなりに普及もしている。

 荷物を包む際に、白い紙を使ったりもしているが、基本的には植物の蔓などを編んだものが多い。


 知識については前世基準では、これで間違いないな、と思えるものが多い。

 だがそれが確定されておらず、異論が並存していたりする。

 おそらく科学的に、検証などが出来ていないのだろう。

(日本の義務教育、やっぱりすごかったんだなあ)

 地球の先進国の教育を、死んでからようやく実感するトリエラであるが、それも場所によるであろう。

 科学の最先端であるはずのアメリカでは、カルト的に聖書が絶対だと教えるところもあったのだ。


 トリエラが一番興味を持っているのは、やはり自分が強くなるための方法である。

 いわばこの世界の攻略本がほしい。

 前世のゲームでは、攻略サイトも見ずに、簡単な難易度でクリアしただけ。

 だがこの世界の常識は、明らかに前世よりは難易度が高くなっている。

 その一つが経験値の得がたさであり、それによるレベルアップの難しさだ。


 自分より格上の相手でないと、経験値が入らない。

 調べた限りでは、レベル差が人間同士の争いでは重要となる。

 魔物のレベルについては、戦闘中に計測できたものが少ないため、推論を決定付けるデータの母数が足りない。

 また魔物にしても、同じレベルであっても強さは、種族によって全く違うと言えよう。

 人間にしても装備品などで、強さは変わってくるのだ。

 それでもレベルが基準となるのは、この世界を作ったやつらが、もう面倒くさくなったからではなかろうか。

 神に対する信仰心のないトリエラは、そう結論付けてしまったりもする。




 幼年学舎にも、トリエラはそれなりに通っている。

 基本的に王立学院は、正式な入学は12歳から14歳ぐらいまでとなる。そこから何年通うかは人次第で、一応は卒業式もある。

 幼年学舎でずっと暮らすのは、優秀な家庭教師などを雇うのが難しい、下級貴族や騎士階級、そして富裕な商人や一部の市民となる。

 それでもたまに通うのは、ここで教えている教師が優秀なことや、あとは誰かとの接触が重要な場面となる。


 トリエラはなんとか、ここでラトリーに接触したい。

 ロザミアの件でも分かったことだが、この世界でのシナリオによる強制力は、かなり無理な展開を可能にしてしまっている。

 言葉通りであれば、ゲームシナリオが始まって以降は、かなり自由にもなるはずだ。

 だがそのための足場固めが、今は必要になる。


 試しに受けてみた授業であるが、とりあえずトリエラにとっては難しいものは全くない。

 そもそも教科書の厚みというものが、前世日本とは全く違うのだ。

 基礎的な教養知識などは、むしろ日本の方が多かったであろう。

 ただ現代日本ではもう必要なかった、貴族相手の礼儀作法などが、この世界ではまだ必須になっている。

 研究をする学者は、ずっと研究をする。

 だが立場によって必要な知識などが、随分と違うのがこの世界の常識だ。


 数学について少し見たりしたところ、この世界の物理学には、エネルギー保存の法則などが存在していない。

 魔素という前世ではなかった要素があるので、それも当たり前のことなのだ。

 前世知識を活用しようとしても、案外上手くいかないのかもしれない。

 農業というか農作に関しては、それなりに自信のあるトリエラであるのだが。


 幼年学舎には明らかにトリエラより身分の高い者というのは、ほとんどいない。

 そもそもそれぐらい身分が高ければ、家庭教師を雇うものなのだ。

 ただ顔見せのために、あるいは貴族自らが足を運んで、教えを乞うということもある。

 王族の中ではマーカスと、ここでも会うことになるだろう。


 そして学んだのは、この世界では歴史や地理といった授業に、重きが置かれているということ。

 前世日本ではどちらかというと、国語、英語、数学が重点的だと思ったのだが、考えてみればそれなりに当たり前だ。

 英語というのがまずなく、古代語の勉強は歴史の勉強に含まれる。

 国語も現在のマナーについてと、古代語につながっていくのだ。


 他に前世ではなかったものに、神学というものがある。

 実際は神学というのは普通に地球でもあったのだが、トリエラはそれを知らなかったし、確かに現代日本では倫理や歴史に埋もれていた。

 ただこの世界には本当に神がいて、祈祷術によって奇跡が使える。

 おそらく魔法の一部だとトリエラは思うのだが、祈祷の祝詞を使っても、トリエラは全く奇跡は発現しない。

 ただ超一流の魔法使いでもそれは珍しくないというか、超一流の魔法使いはたいがい、祈祷術や精霊術を使うことは出来ない。

 トリエラからしてみれば、古代語でシステムにアクセスして魔法にする魔道と、神に祈ることによる奇跡は、完全に別物だと思える。




 王立学院には付属の寮もあるのだが、トリエラは公爵家から毎日通っている。

 それは王都でのトリエラの仕事が、幼年学舎での勉強だけに限らないからだ。

 また寮の人数はだいたいいっぱいで、貴族であれば親戚で王都に屋敷を持っているところへ、下宿していたりもする。

 ただ外国からの王族などに対しては、優先的に部屋を割り振ったりもするらしいが。


 この間はさほどの面識もなかったが、この公爵邸にも親族である貴族の子弟が、数人は在留している。

 離れを作っているので、そこが実質的に寮のような役目となっている。

 トリエラが本格的に王立学院に通うようになれば、その側近候補もここで生活するのが大半になるだろう。

 側近候補とは、ゲームではいた取り巻きたちのことだ。


 このあたりも確認したが、側近候補は基本的に、クローディスが選ぶことになる。

 政治的なバランスが重要になるため、単に優秀だから側近になれるというわけでもない。

 ただ将来的には、公爵家の中枢を担うことになる可能性が高い。

 なので家柄だけでも、選ばれるとは限らないのだ。


 その候補者との面談は、またぽつぽつと行うことになるのだろう。

 社交のシーズンに、王都にやってきて、正式な社交とはまた別に、お茶会などをするそうな。

(けれどやっぱり不思議なのは、歴史の勉強……)

 神話や伝説と、歴史との分離がはっきり行われていない。

 文明の断絶が何度かあり、一番最近のそれが、1600年前の大戦なのだ。


 根本的にゲームにおいて、ヒロインたちが戦わなければいけない相手。

 ルートによっては全く違う相手ともなるのだが、それでも裏で動いているような存在がいた。

 その目的などを知るためには、やはり歴史から知っていかなければいけないのか。

(想定通りに生きたりはしない)

 トリエラのその決意の重さは、まだ誰も知らないことである。




 歴史と地理を知るということは、現在の社会情勢を知ることにつながる。

 このミルディア王国を中心とした、ミルディア大陸の情勢を知ることになるのだ。

 1600年前の大戦争によって、この文明圏は一度、ほぼ壊滅的な打撃を受けた。

 その前の時代にも、ある程度の文明はあったのだが、かつての地球ほどの文明の痕跡はない。


 前世地球の文明は、科学文明であった。

 その遺跡となりそうなものは、金属やコンクリート、アスファルトといったところだろうか。

 だが金属もコンクリートもアスファルトも、基本的には腐食、あるいは劣化しやすい。

 トリエラの生きていた時代のもので残りやすいのは、石やガラスである。

 プラスチックなども残りやすい物であったが、日光である程度は劣化するものが多かったし、環境への問題から分解するプラスチックなどが研究されていたはずだ。


 考古学というのは現在、歴史の一分野とされている。

 1600年前以前の、神話などに残った情報を、発掘して調査するというものだ。

 地理はかなりの精度で、海岸線を描いた地図が存在する。

 それをパッと見ても、トリエラが前世で思いつく、地形などはなかった。


 化石の発掘にしても、竜や高位の魔物など、魔石を持っているため骨が風化しにくい生き物は、それなりに残っている。

 地質から考えて、およそ37000年前までは、文明の痕跡がたどれるのだ。

 ただそれはあくまで、このミルディア大陸に限った話。

 ミルディア大陸にしても、実は大陸の端を確認した者はいない。

 人類の生存圏という意味では、むしろ南方の大海を経た方向に、同じ系列の文明圏がある。

 だが北はある程度行けば凍土となり、西と南は海、東は内海をはさんで幾つかの国が存在するが、その国の先は魔物の居住圏だという。


 人類の文明圏は、確かに確認されている限りでは、オーストラリア大陸程度ではなかろうか。

 内海をはさんだ向こう側は、同じ言語や文字を持つが、文化的にはやや異質な国がある。

 そちらに伝わる神話や歴史は、ミルディア文明圏とはやや違う。

 だがミルディア文明圏と言っても、それなりに色々な差はあるのだが。

 また辺境には辺境の、ミルディアの法が及ばない地域が広がっている。

 ザクセンもまたその一つではあるのだ。




 未来の地球ではないのか、というトリエラの予想は、今のところ外れているようである。

 ただそれでも星座や月の大きさから、地球に近い惑星ではないのか、とも思う。

 神話によると人類は、神がこの世界に連れてきたものであり、その時に同時に動物や植物も解き放ったのだという。

 地球から人間や諸々の生物を連れてきて、この大地に解き放ったのか。

 そう考えると辻褄は合うことであるし、地球と同じ生物に、違う生物が存在することの理由になる。

 

 37000年も文明があったのに、その割りには発展していないと思うのは、何度かの文明の断絶のせいであろうか。

 少なくとも1600年前の大戦において、人間の数が一気に減ったのは確かである。

 今も人類は辺境を開拓し、生存圏を広げようとはしている。

 同時に辺境からは、既に開拓された土地を、奪おうという蛮族がやってきたりもする。

 そういったものはかつて、追放された者の子孫であったりするらしい。


 調べれば調べるほど、世界の歴史は神話と混じりあって奥が深い。

 またこの歴史に登場する人物の子孫が、普通にミルディアや周辺国の王族となっている。

 トリエラのご先祖様もそうであり、歴史というのは貴族にとって必須の教養だ。


 またトリエラが調べてみたところ、この王都ミケーロからは、一日ほどの短時間を馬車で移動すれば、海が存在するらしい。

 俗に内海と呼ばれる海であり、イタリア半島のような陸があるので、地中海かとわずかに思ったりもした。

 だが飛び出し方向が全く違うし、ヨーロッパの地理に関してはトリエラは詳しくなかった。

 そして海の存在は、この世界では交流を断絶させることが多い。


 地球でもそうであったが、この世界も水棲の生物は巨大であることが多いのだ。

 魔物であったりすると、全長が200mにもなる魔物がいるらしい。

 それでもまだ内海は、そういった魔物の生息数が少ない。

 外海の中でも南に広がる海は、温暖で巨大な水棲生物の世界である。

 一応はその先にも人間は住んでいるが、定期的な交流などはない。 

 ただ向こうの島だか大陸だかには、上手く魔物を避ける航海術があるのだとか。




 王立図書館は確かに、知識の宝庫である。

 とりあえずトリエラが知りたいことは、おおかた知れていると言ってもいいだろう。

 ただゲーム世界の物語は、ルートによるが邪神の眷属がラスボスになってくるものが多い。

 この邪神については、あまり知られているものがないのだ。


 このミルディアの大地が、一度は完全に崩壊したのは、間違いのない事実であろう。

 1600年以上前の痕跡が少ないのは、その破壊の規模を示している。

 一度滅びかけた人類が、1600年をかけて文明を再建したのか。

 それならばゲームにおいては、またも滅亡の危機と言えるのだろうか。


 確かに王国を揺るがす大事件で、邪神の眷属は復活していた。

 だが王国全土を荒廃させるほどの、そんな規模のものではなかったと思う。

 邪神の存在について、調べていったほうがいいだろう。

 しかし1600年前よりさらに以前となると、書物が極端に少なくなる。

 あるいはこれはあえて、歴史を封印しているのか。


 ひょっとしたら辺境の口伝などの方に、そういったものは残っているのかもしれない。

 セリルであれば知っていたかもしれないし、一度はザクセンにも行ってみたい。

 母方の祖父母はまだ生きていて、ザクセンの地を治めているらしいのだ。

 ただそのザクセンに関連する書物は、ほとんど見かけられない。


 邪神の勢力がやってきたのは、北方の凍土であったはずだ。

 そしてその北方に、ザクセンという地域がある。

 人口はそれほどではないが、人類の生存圏としては広大。

 またそこからさらに先には、魔境も広がっている。


 ゲームの中でレベルを上げるのは、前半は特に王立学院での課題によるものが多かった。

 それはこの王都にしかない、迷宮を利用したものだ。

 ただ後半になると戦争になり、辺境に行くルートもあった。

 辺境と言うよりは正確には、国外に出るというものであったのだが。


 魔道の本を探すつもりが、世界の仕組みについて調べるようになってしまっていた。

 ただこういった知識が、市井でもどれだけ知ることが出来るのか。

(やっぱり高位の貴族に生まれていないと、生き残るのは難しい)

 戦争ともなれば、リセットのない殺し合いが始まる。

 いくらレベルを上げていても、死ぬ時は死ぬというのがゲームのバランスであった。

 特に初見殺しというのは恐ろしいものだ。


 この幼年学舎の体験期間、第一の目標は転生者に会うこと。

 だが生き残るためには、学ぶことが第一であると考えるようになったトリエラであった。

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