三章 幼年学舎

第26話 幼年学舎

 明らかに介入された、シナリオが終わった。

 もしもこれが他のキャラにも起こっているのかと思うと、前世が日本人であったなら、かなり荒むだろうなとトリエラは他人事として考えていた。

 同時に考えたのは、転生者とは戦いたくない、ということだ。

 それは戦うのが怖いとかではなく、あの連中の悪意に従って、殺し合いをさせられるのが嫌であるからだ。

 殺人、そして殺し合い自体には、それほどの忌避感はない。


 考えてみれば、あまりにも傲慢なことである。

 自分たちが物語を見て楽しむために、死ぬべきでない人間には、特別な加護を与える。

 トリエラはかなり死ににくいスキルやギフトを色々と持っているが、他のネームドキャラにしても、それは同じことなのだろう。

 対してメイキングキャラは、またもこの間死亡が告げられた。

 もう二割の転生者が、まともにシナリオの始まる前に、脱落してしまっている。


 もちろん生存のために、計算高くキャラを作ったルイなどが、褒められるべきなのだろう。

 しかしおそらくあの男たちは、無様に幼くして死んでいく転生者たちを、嘲るように笑っていると思うのだ。

 そしてトリエラとして重要なことは、転生者以外の味方を多く作ること。

 この公爵家の後継者という立場も利用するべきで、転生者以外の貴族なども出来るだけ味方にするべきだろう。

 自分の派閥とも言うべきものを、ミルディア内の主流派にする。

 それによって転生者と対立した場合も、交戦にまでしないことを考える。

 個人的には戦争になるのは、早く戦争にな~れと言うぐらい、殺し合いは好んでいるのだが。


 ロザミアの葬儀が終わってから、クローディスはトリエラに自ら、ミルディア王国の体制について教えることが多くなった。

 それは学問とか教師といった形よりは、食事の間の雑談のようなものであった。

 ただ内容を聞いてみるに、必要なことだとは理解出来る。


 この食事は公爵家の食堂でなされているのだが、クレインとトリエラの妹にあたる幼子は、まだ一緒にテーブルを囲んではいない。

 貴族の食事というのは、ある程度物心がつくまで、子供は別に乳母などの手によってマナーを身につけるのだという。

 セリルはそんなことは考えず、普通にトリエラと一緒に話をしていたが。

 クローディスとしてもロザミアがいなくなった今、トリエラには教えることが多いと考えたのだろう。

 同席しているのは他に、父の第三夫人であるリアンナだけである。

 給仕をするのに多くの使用人はいるが、一緒に食事をするような関係ではない。




 これからトリエラは王都に再度向かい、王立学院の幼年学舎に通うことになる。

 とは言っても特別に何かを学ぶと言うよりは、面通しという側面が強い。

 この間は緊急であったため一部にしか会えなかったが、出来るだけ王都にいる貴族とは面会し、また神殿勢力とも特に接触をしなければいけない。

 トリエラが特別な存在であることは、判定の儀で明らかになっているからだ。


 王都にはいないにしても、他の地域で同じような事例がないのか。

 もしあったとしたら、それは転生者である可能性が高い。

 トリエラよりも数年年上であれば、年毎に回ってくる神官の判定で、それが分かっている者もいるだろう。

 そういった人間と出会いたいが、トリエラと同じことを、他の者も考えているはずだ。


 王都にはラトリーがいて、マリエラとはおそらく接触している。

 そのつながりから他の貴族へも、既に手は伸びていると考えていいのではないか。

 ゲームでは味方にならなかった、特定のルートのみでの敵キャラ。

 だが選べるキャラクターの中には、そういった者も数人いて既に選ばれていた。

 キャラクターの詳細についてトリエラは知らないが、ラトリーを選ぶような人間は、かなりゲームの攻略をやり込んだ人間であろう。

 最強キャラの一角、特に魔法職としては、味方の中では最強であったのだ。


 おそらくラトリーも最初から魔導師のクラスに就いていたのではなかろうか。

 ゲームではラトリールートは攻略していないが、他のルートで仲間になった時は、既に魔導師となっていた。

 魔術士の上級職である。

 魔法戦士ほどに万能性がある戦闘職ではないだろうが、そもそも魔法職というのは接近戦はあまりしないのだ。

 それに彼はルートにもよるが、早めにアグナウバ家の当主となって、その神器も継承することとなる。


 ゲームにおいてはおおよそ、大魔導師か大賢者のどちらかに、最終的にはクラスをチェンジしていた。

 ただ同じ魔法職という比べ方なら、トリエラほどの魔力はなく、相性の問題で負けている。

 味方と敵のボスとの都合というものもあるが、トリエラの方が装備は優れていた。

 これが現実となると、果たして各種の強化アイテムは手に入るのか。

 それによってトリエラとラトリー、どちらが最強の魔法職かが決まる。




 幼年学舎には、数ヶ月から一年ほど所属し、主に顔見せを行う。

 それが終わればまた領地に戻り、正式な入学に備えて色々と学ぶことになる。

 主人公ヒロインが14歳で学院に入っていて、その一年前に入学していたトリエラは、15歳であった。

 ならばトリエラも14歳で入学することになるのだろう。


 上級貴族は一年から三年ほどかけて、学問を終えることが多い。

 それからは男子であれば役職に就くか、領地経営を実務で学ぶ。

 一方の女子は婚姻が始まる。

 その正式な入学に合わせて、トリエラには側仕えの人間が選ばれるのだ。


 一般的な貴族と違い、王族と公爵家の人間は、その後継者が入学する場合、将来の側近も共に学院に入るのが通例だ。

 そこから学院の中では、学問も大切であるが、派閥を形成したり、人脈を新たに作る。

 家の人脈を受け継ぐことも重要だが、この学院の間に険悪な家とは、関係を修復することも考えられる。

 トリエラの場合は公爵家の中でも、現在は最大の権力を誇るローデック家の後継者だ。

 自らが動くよりもむしろ、周囲がどう動くかを確認する。

 そして側近となる者を育成するのが、重要なことになるのであろう。


 この設定であればどうして、味方のキャラの人間に、側近の多寡があったか分かる。

 ラトリーの場合は卒業せずに学院でとどまっていたため、側近の質が変わっていたのだろう。

 トリエラがやたらと取り巻きを引き連れていたのも、それならば納得は出来る。 

 あまり能力は高くなかったが、アイテムなどで強化した敵は、相当に厄介ではあった。

(側仕えはどうやって選ぶんだろう?)

 おそらくある程度は、自分の家の派閥から、優秀な人間を連れて行くのだろうが。

 ゲームにおいては少なくとも、戦闘での能力はそれほど高くなかったが。


 ともあれそれはまだ先の話である。

 今回は本当に、王都に慣れるための一時的な滞在となる。

 前回の滞在ではこなせなかった予定もあるが、王立学院の体験が一番のイベントになるだろう。

 それに今度こそ、ラトリーに会えるかもしれない。


 シナリオの補正力がどれだけのものなのか。

 少なくともロザミアは、合理的な考えは出来ていなかった。

 あるいは転生者にさえ、そういった処置が施されているのか。

 少なくともゲームキャラは、ゲームの開始までは死なないようになっているらしいが。

(信用できる人間を、どうにか増やさないと)

 死んでも構わないと思っていた第二の人生。

 だが命を捨てるような生き方をしてはいけない、理由が出来てしまっていた。




 再びの王都は、トリエラの側仕えのメイドに、ランやファナも同行してきた。

 以前よりも頼りになる人間は多いのに、自分を支えているものが一つ、失われてしまっている。

 セリルを母と感じなかったのは、セリルが母親らしくなかったのもあるが、自分が母親像を分かっていなかったからだ。

 今なら分かるが、セリルは間違いなく母親であった。


 手足として使える人間は増えたので、トリエラは自分が他に拘束されている時間は、二人に色々と調べてもらうことにする。

 ただこれだけは自分たちではどうにもならないことは、クローディスに頼むことになる。

 それは神殿が管轄することであるが、クローディスの公爵家当主という立場は、ミルディアの中でもかなり尊重されるものだ。

 また現在は祖父にあたるグレイルが、宰相までやっているのだから。


 ゲームでもこの二人は、トリエラの後ろ盾として存在した。

 つまりローデック家というのは、良くも悪くも権勢が極まっているのだ。

 あまりにも権力を独占していると、妬まれて破滅する。

 藤原氏の摂関政治だとか、平家一門の独占はそれだよな、と思うトリエラである。


 ただウーテルではともかく王都ミケーロにおいては、王権はもちろん強大であるし、神殿勢力も力を持っている。

 神殿勢力と敵対せず、ある程度の協調が出来なければ、権勢のある家も滅びるのだ。

 ゲームの中においては、トリエラは少なくとも馬鹿ではなく、カリスマ性もあり、また個人としては父や祖父より強大であった。

 それでも滅びるのは、トリエラが強すぎたのかなと今のトリエラは思っている。

 せめてクレインルートをクリアしていれば、もう少し詳しく分かったのかもしれないが。


 トリエラが今、心から信頼しているわけではないが、頼みに思っているのは同じ転生者のルイである。

 もっとも彼から聞かされた、転生者の事情については、今後の接触にも注意が必要だと思わせるものであったが。

(殺人経験があり、かつ殺された人間か) 

 どちらか一方だけなら、それほど危険でもないだろう。

 殺される側というのは基本的に、被害者であるからだ。

 ただそれ以前に、人を殺していないと転生の対象にならない。

 これは相当に珍しいのではなかろうか。


 現世においてはともかく前世では、トリエラは裏家業についてもそれなりに詳しかった。

 自分が何かをしていたわけではないが、養父の知り合いにはヤクザの用心棒のような人間もいたからだ。

 トリエラがいるところで、大声で話したわけではない。

 だが人を行方不明にするのに何が必要なのか、小耳には挟んでいるのだ。


 人を殺した上で、人に殺される。

 これは前世日本では、相当に珍しいケースだろう。

 ヤクザであっても人殺しまでは、そうそう至らないのだと思う。

 まして女性で人を殺す。

 これは案外、児童虐待から殺すとか、いじめによって自殺に追い込むとか、そういうものが当てはまるのではないか。

 人のことは言えないが、なかなかトリエラとしては仲良くしたくない人間と思う。


 だがルイを見るに、この人生においては、上手く生きようとしている者もいるだろう。

 殺し殺されという生涯を、このゲーム世界ではどうやって回避するか。

 前世の感覚のまま、殺し合いを行う人間もいるだろうか。

 トリエラは自分が、前世の人格をそのまま持っていると分かる。

 他の転生者もそうならば、殺人犯が転生したことになる。

 ただ交通事故などで、結果的に人を殺してしまったとかなら、まだしも一般的な人間なのではないか。


 色々と考えていたのだが、軽快すべき転生者は、男性ではなく女性ではと思う。

 極端な話男性は、人を殺すだけの腕力がある。

 対する女性は、もちろん刃物などを持てば別だが、生物的に見れば弱者だ。

 それでもなお人を殺しているのだから、その危険性はかなり高い。

(確か赤ん坊の場合は、女の子の方が男より、生命力は高いんだったかな?)

 前世のうろ覚えの知識から、トリエラはメイキングキャラで、生き残るのは女が多いのではと推測する。

 もっとも男女の筋力差があまりないなど、地球の常識は通用しないのだが。


 二度目の王都にて、トリエラは王立学院に入る。

 ここで何人か、転生者を見つけられるか。

 王都は人口の密集地であるし、後には多くのキャラが集まる。

 人探しと情報探し、両方をするのが難しい。

 その難しいことをしなければいけないのがトリエラであった。




 王立学院は知識の宝庫である。

 付属している図書館だけで、このミルディア大陸の最も充実した歴史を知ることが出来る。

 ただセリルも言っていたように、歴史は改ざんされるものだ。

 歴史に限らず情報というのは、全てそういうものなのだろうか。


 トリエラのように判定の儀で異常が出た子供は、ラトリーだけは確定している。

 またマリエラもキャラシートで選ばれていたので、間違いはない。

 ただトリエラはある程度、キャラシートで選ばれてキャラを記憶しているが、それがこの時期に王都にいたのかは分からない。

 ラトリーは基本王都暮らしとかゲームでは言っていたが、この間のように領地に戻っていることもある。

 あれはおそらくトリエラから逃げたのだろうが。


 高位の貴族は王立学院に入学しても、そのカリキュラムは画一的なものではない。

 側仕えの人間も、やがて側近になるのだから、それぞれ必要なことを学ぶのだ。

 もっとも幼年学舎は、本当に基礎的なことを教える。

 ただそれも、年齢が必ずしも一定なわけではない。


 トリエラは行ったことがないが、大学に似ているのだ。

 何を学ぶのかは、自分で決めなければいけない。

 それに比べて幼年学舎は、せいぜいが幼稚園から小学校の中学年。

 これ以上を学ぶなら、市井の塾を探すなり、家庭教師に就くのが正しいらしい。


 学力のレベルが基本的に、前世日本よりもはるかに低い。

 だが考えてみれば、世界的に見て日本ほどの教育を受けられる人間が、どの程度の数いただろうか。

(こちらはさほど難しくないから、情報収集の方が重要か)

 トリエラはそして、王立学院の図書館に向かったのであった。

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