第21話 王都の日々

 正直なところトリエラとしては、これでもう王都に来た理由のほとんどは、果たしてしまったと言ってもいい。

 だが冷静に考えれば、まだまだ調べて確認しなければいけないことは多いのだ。

 出来ればラトリーとマリエラには会いたいと思っていた。

 特にラトリーは、間違いなく自分と同じように、前世由来の技術や知識が経験として蓄積されている。


 ただ貴族街やメインストリートは治安のいい王都であるが、外壁の一部に面したところはスラムになっている。

 スラムにもこの時期なら二人、転生者がいるはずなのだ。

 しかしさすがに六歳の公爵家令嬢を、スラムになど連れて行ってくれるはずもない。ルイもまた接触できなかったという。

「お父様、私と同じような判定の儀になったという人に会えませんか?」

「そうだなあ」

 父であるクローディスも、個人的にそこは関心があるらしい。

 だが調べて帰ってきたところ、ラトリーは現在王都を離れているとのことであった。


 ゲームでは王都生まれの王都育ちなどと言っていたが、アグナウバ家も公爵家であるので、領地は持っている。

 わずかな期間であれば、そちらに行っていてもおかしくないというわけだ。

(どうにか会っておきたかったけど)

 ラトリーは攻略キャラではあるが、同時に味方にもなるキャラであった。

 トリエラを別とすれば、味方の魔法職のキャラの中では、最強と言っても間違いのない存在であった。

 ゲームにおける主戦力は、ほとんどがこの時期には王都にいない。

 なので彼に会っておくことは、絶対に必要なことだったのに。


 もしもあちらがトリエラの動きを読んで、それで避けているのだとしたら、仕方がないことなのかもしれない。

 しかしこの先のストーリーの中で生き残るためには、ラトリーとは敵対したくない。

 逆にラトリーにとっては、トリエラはゲームの中では最大の難敵ではあった。

 使うスキルや魔法の相性が、あまりにも悪かったからである。

 トリエラさえいなければ、などとプレイヤーが怨嗟の声を上げたとも聞く。

 確かにそうなので、ラトリーはトリエラがそう考える以上に、トリエラのことを避けるはずである。


 会えないとなれば、それはそれで仕方がない。

 他に会えそうなキャラは、トリエラの知る限りではマリエラか。

 ただ伯爵家の令嬢である彼女も、現在は王都を離れている。

(トリエラの王都訪問に合わせて離脱したのかな?) 

 それならこの二人は、既につながっている可能性が高い。




 トリエラとしても王都で、好き放題に動けるわけではなかった。

 むしろほとんどは、国内の有力者との面会に時間をかけることになる。

 そしてその中には、王族もいた。

 現在の国王に関しても、謁見という形ではなく、非公式の場所で会うことになる。

(この馬鹿が……)

 現在のミルディア国王である、リガード三世。

 はっきり言ってしまえばこの王のせいで、後の問題のほとんどが起きたことになる。

 ただ解決したのも、この国王の存在があってこそだ。

 別に能力や人格には、何も優れたところはない。ただ物語の中では必要であった。


 そんなはずの王であるはずなのだが、リガードはトリエラが少し話した限り、むしろ余裕のある英邁な君主に思える。

 もっとも王族の中で、良い王というのがどういったものなのか、トリエラは知らない。

 そもそも祖父や父も、ゲームにおいて描写されたような、凶悪な冷酷さは感じない。

 それはもちろん、トリエラが身内であるから、というのも理由ではあるのだろうが。


 王族の中では、リガードの妃たちの他に、王子や王女とも会った。

 その中でも長子であるマーカスは、トリエラに会って緊張しているようである。

(けれど、転生者じゃないはずだ)

 あの男が見せた転生者のシートでは、マーカスは誰にも選択されていなかった。

 もちろん47人目が選択した可能性はあるが、それよりはむしろトリエラに対して赤面している。

(緊張しやすい人間なのかな?)

 ゲームではトリエラとは、婚約者の関係にあった。

 もっともトリエラに振り回され続け、無駄に王室の権威を失墜させた、愚かな王子であったが。


 このマーカスも含め、やはり全てがゲームの通りとはいかない。

 むしろ多くのことが、ゲームの通りではないのだろう。

 人間の性格などを、神が干渉して果たして、どれだけ変化させることが出来るものか。


 ここはゲームじゃない世界。

 たまに言い聞かせていないと、自分でもそれを忘れてしまいそうになる。

「現在、まだ陛下のお子の誰が神器を継承するのかは、明らかにされていない」

 王城から戻る馬車の中で、クローディスはそう言った。

「なのでそなたの婿は、王族の中から迎える可能性もある」

 なるほど、そういう経緯があったのか。




 トリエラが調べ、そして学んだことであるが、ローデック公爵家などの神器継承者と王室は、主君と家臣と言うよりは、同盟者の関係に近いと思う。

 なので当主がミルディアの大臣などにはなれないが、同時に辺境伯の爵位も持ち、外征が可能になっている。

 王都にそこそこ近い領地と、辺境の領地に二分しているのは、そのあたりの理由があるからか。

 実際に公爵家の中には、ずっと辺境近辺に当主が居座っている家もある。

 そこはミルディアにおいて、武の象徴たる家なのだ。


 ミルディア王室も、本来ならば武力を行使できる。

 神器の力とは、それほど圧倒的なものなのだ。

 ミルディアの近辺には他にも国があるが、ある程度対等に近い同盟を結べているのは、やはり神器持ちの国ばかり。

 あとはそもそも征服が難しい、地理的に攻めにくい地に住む蛮族ばかりだ。

 基本的にこの大陸には、ミルディアの覇権が確立している。

 一応内海を挟んだ向こうには、少し違った文明圏が広がってはいるのだが。


 人類の住む領域は、全て言語は統一化されている。

 ある意味ではこの時代は、もっとも人間の権利や可能性が平均化された世界なのかもしれない。

 だがそれだけに、一度内乱が起これば、ひどいことにはなる。

 特に神器継承者が、なんらかの事故で亡くなってしまった場合などだ。

 次の神器継承者が長ずるまで、長い内乱が続いたことがある。


 それだけ今の世界は、神器に支配されているとも言える。

 もっとも神器の支配から逃れるために、新たな神器を持つ使徒が、何人かは登場している。

 それらの力によって、どうにか社会は階級の流動化をわずかながら保持している。

 ゲームにおいては主人公が、その役割を果たすのだ。




 そういうことを考えていると、トリエラは少し考えることがあった。

 ロザミアと一度、腹を割って話してみたい、ということだ。

 彼女にとってみれば、とにかく自分の子供を公爵家の後継者にしたいのだろう。

 しかしここからそうするのは、トリエラを殺してまた、自分が新しく子供を産む必要がある。

 その間にクローディスが、他の愛妾などに子供を産ませたら、また一からやり直しだ。


 ならばクレインは諦めるにしても、その次に期待すればいい。

 トリエラが子供を産まなければ、おそらく継承されるのはクレインの子供だ。

 そしてトリエラは、子供を産むつもりなど全くなかった。


 彼女は男に興味がない。

 前世からそれは変わらず、おそらく今後も変わることはないだろう。

 果たして性癖や性向などは、肉体に刻まれるのか、魂に刻まれるのか。

 少なくともトリエラは、後者であるのではと思っている。


 トリエラは別に、クレインを殺したくないし、そもそもクレインを今、殺す意味がない。

 ただ今後の大陸を揺るがす動乱の中では、トリエラは精一杯生きてみたいとは思っている。

 その結果が転生者と殺しあうことになっても、それはそれで仕方のないことだ。

 己を貫いて生きてみたい。

 前世でもトリエラが生きにくかったのは、自分のこの性向のためである。


 それでも恋焦がれる者はいた。

 それを台無しにされたからこそ、トリエラは人を殺すことになったのだ。

 おそらく自分にもやがて、愛する者は現れるだろう。

 だが自分が愛されることは、トリエラはあまり期待していない。


 前世で感じることのなかった、母親の愛情はもらうことが出来た。

 あるいはこれを注がれれば、自分の性向が変わるかもしれないとも思ったものだ。

 だが今、自覚する限りでは、それはないように思える。


 次代の継承者は、クレインの子供でいい。

 トリエラの考えは確実に、原作のゲームの展開とは違っていただろう。

 だが彼女は忘れていた。

 ゲームの開始されるまで、シナリオには強制力があるということを。

 あまりにも情報が少なかったにしろ、彼女の決断は遅すぎたのである。




 トリエラは大神殿に赴き、改めて判定の儀を受けたりもした。

 その折にはステータスに関して、新しい事実を知ったりもしたのだ。

 実はステータスの鑑定に関しては、能力値の補正だけではなく、実際の能力値を測ることも出来るのだという。

 ただし筋力などの数値にしても、何が正しいというのか。

 たとえば右手と左手であると、利き腕の方が自然と、筋力は優れたものになるだろう。

 器用という数値にしても、当然ながら利き腕の方が器用になる。

 このあたりを全て「器用」の一つの能力でまとめてしまうのは、あまりにも乱暴なのだ。


 よって本来の値の補正値である鑑定板に現れる数字が、客観的には重要になるというわけだ。

 一律でどこの筋力も、強化する能力補正値。

 ただこれもまた、かなり乱暴な捉え方なのである。


 セリルの言っていた、本来表示される以外の、存在はするが重視されていない能力値。

 たとえば素早さに少しつながるが、反応速度などである。

 また身体の柔軟性なども、数値化はされていない。

 柔軟性などが数値化されれば、限界よりも体が柔らかくなるのか。

 それはまたおかしな話だ、とトリエラは考えていたりする。


 こういったステータスの能力値というのは、一応王立学院ではしっかりと研究されているらしい。

 だが基本的には、本来の身体能力を、補正値を使ってでも上回ることは難しい。

 訓練や実戦によって、鍛えられた見た目の肉体。

 基本的にはこれが、この世界でも重要になる。

 ただトリエラの知る限りでも、ランぐらいの手練となると、女の細腕でも補正値はかなり重要になる。


 トリエラが本格的に学院に通うようになれば、そこで色々と調べることも出来るだろう。

 それこそ転生者が集めれば、この世界の賢者すら知らない、他の世界の知識からの見方も出来る。

 こちらの世界はこちらの世界で、何千年もの知識や研究の蓄積はあるため、あとは観点が一つ加われば、一気に研究は加速するかもしれない。

 実のところ転生者の一人であるラトリーは、もうそれを開始しているような気もするのだ。


 そんなラトリーはいないが、トリエラは王立学院にも足を運んだ。

 王立学院は巨大な研究機関であり、様々な教育を行う場所でもある。

 その敷地は王城よりも広く、役所にも隣接している。

 いざとなった時や、天災などで市民の住居が壊れた時は、一時的に収納するスペースまである。




 この王立学院については、この世界で唯一無二の物が存在する。

 むしろこれがあるがために、王都はここに作られた、とも言えるだろう。

 実際に今は港ともつながっている王都だが、昔は港と王都の間は、街道になっていたりもしたのだ。

 それが王都の機能をそのままに、無理に港まで都市を拡大させたのだ。

 また王都とは、河川でもつながっている。


 トリエラは特に気にしていなかったが、王都のインフラは特に貴族街では、かなり整備されている。

 また貴族街ではないが、糞尿の処理なども、かなり全体で徹底されている。

 病気に対しては魔法で対策が出来るが、最初からかからない方がもちろんいい。

 上下水道を完備していて、夜中でも道には灯明がついて、公共浴場に公園まであったりする。

 だが特に貴族街と王立学院は、それらの設備が完備されている。


 この王都の中でも、学院に併設して存在するのが、迷宮である。

 ただこれは原義的に、迷宮と言っても本当にいいものだろうか。

 書物の知識に限ってトリエラが想起したのは、ワープゲートでる。

 魔境と似ているが、決定的な違いもある。

 それが王都の迷宮であり、トリエラとしてはダンジョンと認識していた。


 原作のゲームの中でも、これは学院にしかないというものであった。

 この現実においては、王都の冒険者ギルドの冒険者が、これを利用している。 

 上層部はまだ、普通のいわゆる迷宮となっている建築物だ。

 だが中層以降は、何か違う世界なのでは、という場所に転移する。

 そして下層と呼ばれるのは、ゲートをくぐったところにある、全く違う大地。

 迷宮の先にはまだ未開拓の土地が、多くの資源や魔物と共に、冒険者たちを待っているのだ。


 この世界においては、転移する魔法というのは存在しない。

 だがこの迷宮も含めて、転移をする古代の遺産は存在する。

 ゲームでは単純に、画面の華やかさを求めるために、こんなデザインにしていたのだろうな、とトリエラは認識していた。

 だが現実として転移をする機能自体は存在するのだ。


 しょせんは近代以前の遅れた世界だ、という認識は持たない方がいいだろう。

 転移の技術を実用化すれば、それだけで地球の現代兵器などと戦うことは出来る。

 そもそも戦争にさえ使えるような戦力が、属人的であるというのが、地球の常識からしては反則なのだ。

 ゲリラ戦やテロ攻撃を加えれば、少なくとも日本には勝てると思う。

 トリエラも入学すれば、この迷宮を使ってレベリングを行える。

 ただそれまでにももっと、レベルは上げておきたい。

 転生者が最初から、トリエラに敵対的である可能性はあるからだ。




 王立学院の見学は、一日で終わった。

 ちゃんと準備をしてから、改めて短期間の入学を行う。

 クローディスに聞いたところ、トリエラの入学は14歳を予定しているらしい。

 下級貴族は逆に、教育をこの王立学院に任せることがあり、ずっと15歳ほどまで入っていることもあるのだとか。


 上級貴族の場合は、単に教育だけを考えるなら、家庭教師の方が効率的だ。

 それを学院に通わせるのは、一つには自分で人脈を作る必要があるからだろう。

 もっとも貴族だけに限るなら、社交でそういったものは作れる。

 貴族が学院で作るのは、自らによる新たなる派閥。

 また研究機関としては、間違いなくここが大陸で一番優れている。


 トリエラとしてもこの世界のシステムを学ぶためには、蔵書量が世界一と言われる、王立図書館を利用したい。

 また研究者に関しても、多くがここに在籍しているのだ。

 他には騎士団の士官学校が併設していたり、魔道の研究機関もあるため、トリエラがここに来るメリットは大きい。

 トリエラは本好きでもないし、下克上を目指してもいない。

 だが純粋に知識の伝達物として、本はこの世界で一般的なものなのだ。

 前世ではあまり利用していなかったが、インターネットのような便利なものはない。

 それなら少し前までの日本では、調べ物をする時はまずどこを訪れたか。

 専門家の研究室でなければ、図書館が一般的であったのだ。


 そうやって今日も、トリエラは屋敷に戻ってくる。

 すると門の近くに馬車の用意がしてあり、屋敷の中もバタバタとしている。

 入り口のエントランスの中心には、クローディスが立って指示をしている。

 慌しいのは分かったが、いったい何があったというのか。


 トリエラに近づいてきたクローディスの表情には、今までに見たことのない感情が表れていた。

 それはおそらく、いや間違いなく、哀れみであった。

「トリエラ、よく聞きなさい」

 その先に聞くのが悪いことだとは、もうトリエラには分かっている。

「セリルが襲われて重傷だ。これからすぐに王都を発つ」

 ああ、これが絶望か。

 物語の流れとしては、ありうることだとは想定していたはずなのに。


 トリエラではなく、先にセリルを狙ったのか。

 順番が違うように思えるが、逆に警戒はこちらの方が厳しかったのか。

 無言で頷くトリエラであった。

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