第5話 魔獣狩り 呪詛と祝福

 ようやく辿り着いた村は、入り口の門を既に閉めていた。跳ね橋も上げてある。

 魔境に隣接するこの拠点としては、当たり前の処置ではある。

「おうい!」

 不寝番の門衛は、櫓の上からこちらを見ているのが分かった。

「白銀のトリエラだ! 烈光の剣が壊滅! 生存者を運んできたから門を開けてくれ!」

 これが自分一人なら、ひょいと飛び越えてしまってもいいのだが。


 トリエラの話の内容の物騒さは、門衛も理解したようである。

 跳ね橋が下りてきて、脇の小さな扉が開いた。拠点としての特殊性から、夜間でも開くことはあるのだ。

 ただそこから飛び出てきたのは、夜目にも淡い輝きが見える髪色の少女。

「トリー! 遅いから心配したぞ!」

「レイニー……」

 トリエラの過剰なスキンシップを許容してくれる、得がたい友人が待っていてくれていた。


 ただ、トリエラは現在、右手でふわふわと浮いているジャンを引っ張っている。

 なのでレイニーがつかんでくるのは、空いている左手なわけで。

「ぎゃー!」

 わざと治癒させていない負傷箇所を、思いっきり握られる。

 これはひょっとして肛門をつつかれた仕返しなのか、と復讐の可能性にはちゃんと気づいているトリエラである。


 ようやく拠点に戻ってきて、メリルが崩れ落ちる。

 治癒しきれていない足で歩いたのもあるが、心理的に安心したということもあるのだろう。

 レイニーが彼女を背負って、村の神殿に運ぶ。

 門衛は他の衛兵を呼んできて、事情を聞きながら神殿に向かう。

「白焔狼だと!?」

 よく生き残れたな、とその目が言っている。

「烈光の剣と戦って消耗してたから、運がよかったんだ」

 そうは言ってもレイニーは、納得していない視線を向けてきたが。


 怪我人二人を神殿に運ぶ。

 魔境に接するこの村においては、冒険者の負傷は日常的なことだ。

 ただ傑出したパーティーが壊滅したということは、そうそうないことでもある。

「なんてこった……」

「ギルドへの報告は頼んでいいかな?」

「そうだな、また明日もう一度話を聞くと思うが」

「明日は遺品を捜しに、彼女と一緒に魔境を探す予定なんだけど」

「それは……そう……だな、早い方がいい」


 肉がこびりついたものは、全て食われてしまうだろう。

 それでもわずかな遺品が残れば、救いがあるかもしれない。

 魔物は金貨などは食わないのだし。もっとも光り物を収集する魔物はいるが。


 宿に帰る途中で、レイニーはトリエラの左手を見る。

「白焔狼ってまた伝説の魔物だろ? よく無事だったな」

「消耗してたのと、あとは運が良かった」

 運も計算に入れて、戦ったのも事実であるが。

 そろそろ血が止まったか、と思って包帯を取ってみる。

 上腕部から下腕部にかけて、牙によって穴が空いていた。

 それでも手甲のおかげで、食いちぎられるのは防げたのだろうか。


 あとはこれだ。

「なんだそれ?」

 トリエラが取り出したオーブを見て、レイニーが不思議そうな顔をする。

「大声を出さないでよ。白焔狼を倒したらこれが出てきたんだ」

「な――」

 思わず叫びかけた自分の口を、レイニーは自分で塞いだ。

 もしも叫んでいたら、トリエラはキスで塞いでやるつもりであったのだが。


「……倒せたのか?」

 声をひそませたレイニーに、トリエラは頷く。

「まったく、お前ってやつは……」

 レイニーは呆れていてるが、反則技を上手く使えば、多くの相手には一瞬の隙が出来る。

 いつまでも使えるものではないので、今のうちに格上を倒すために、しっかり使っていく必要があるだろう。




 そして宿に戻ると、食事だけは確保した上で、レイニーとフランの二人部屋に移動する。

 二段ベッドに小さな机と椅子。ほとんど泊まるだけの部屋だ。

 トリエラは一人部屋だが、別に他の女子と同じでもいいのだ。嫌がったのはレイニーとフランであり、自業自得である。


 傷を見せれば、切り裂かれた部分はかなり既に治癒している。

 しかしトリエラが自分の治癒魔法で治さなかったのは、治癒という魔法が不完全なものであるからだ。

 基本的には自然治癒を、早める形で行われる修復。 

 つまり骨などがバラバラになっていたりすれば、それを整えなければ変な形で治療されてしまう。

 フランの祈祷術であれば、神の奇跡で上手く調整されるのだが。


「治りかけ、ですね?」

 獲得したばかりのスキルが、働いているらしい。

 フランは『薬師』のクラス経験もあるため、ある程度医術も分かっている。

 トリエラの左手は修復しつつ治ってきている。

 だがその骨なども復元しながらであるので、痛みが続いているわけだ。

 フランの使う祈祷術でも、傷の治りが加速しない。

「呪い、のようなものでしょうか」

 特定の魔物には、呪詛をかけてくるものもいる。

 傷の治りが遅くなったり、そもそも治らない傷を与えてくるものもいるのだ。


 そういう場合は悲惨である。

 傷口自体を抉り取るか、手足であれば切断しなければいけなかったりもする。

「待ってください。これは……むしろ祝福なのでは?」

 今は『魔術師』のクラスであるが、元はフランは『神官』であった。

 そのため判断は、知識に頼ったトリエラとは別のところから、神託を得ることがある。


 それにしても、祝福か。

 確かに竜と戦って負った傷は、魔法を弾く力を得る、などと聞いたこともある。

 また竜の力を得ていた人間の骨は、聖遺物となって利用されたりもしている。

「聖痕のようなものでしょうか」

 フランが口にしたのは、トリエラにとってすごく身近なものであった。

 だがフランは気づかず、言葉を続ける。

「一番代表的なのは、かつて神代の大戦において邪神と戦った聖戦士の話ですが、彼らはその子孫に、神々の力を継承している者がいます。これは貴族のトリエラさんの方が詳しいかもしれませんが」

「……確かに貴族には、聖痕を持って生まれる者がいるし、うちの家系もそうだけど」

「自分の鑑定板で確認すれば、祝福が定着した場合、表示されるかもしれませんね」

 かすかにレイニーの視線を感じる。

 トリエラの事情をそれなりに知っていれば、この話題は避けた方がいいと分かる。

 だがトリエラは表情も変えず、フランの話を聞いていた。


(祝福か)

 まだ続く痛みをそのままに、トリエラはベッドに入った。

 フランは熱が出るかもしれないと言って、看病をしようかとも言ったが、断って一人で眠る。

 確認したいことは色々とあるのだ。


 鑑定板ではなく、脳裏に映る自分のステータス。

 その中には確かに、また新しいスキルが生まれている。

 白焔狼の祝福という、確かに祝福に分類されるスキルだ。

 内容を確認したが、悪いものではなかった。


 安心したトリエラは、今日の出来事を反省する。

 結果的には良かったが、白焔狼との対決は、本来ならば回避すべきであった。

 今はあの裏技があるが、それに慣れてしまえば、期限が切れた時にあっさりと死にかねない。

(死ぬのを恐れている? 私が?)

 この人生に何も、期待などしていなかったはずなのに。


 傷に魔力を循環させることで、再生の能力が上がっているのを感じる。

 熱にうかされた中で、トリエラが見るのは昔の夢。

 母の面影を脳裏に映して、トリエラの意識は夢の中へと導かれる。

 それはこの世界での過去の話。

 前世においては存在しなかった、家族との記憶。

 冷たいように見えながらも、トリエラを守ってくれていた、この世界における最初で最後の唯一の庇護者。

「母様……」

 その小さな呟きを聞き取る者は、ここには一人としていなかった。

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