四章 辺境と魔境
第35話 関係改善への道
改めて、トリエラは領都ウーテルへと帰ってきた。
幼年学舎での生活は数ヶ月で、しかしこれまでになく多くの人間に会ったと思う。
将来の側近候補という者にも会ったが、その中にはおそらくトリエラの婚約者候補などもいるのだろう。
結婚するつもりなどないトリエラであるが、それが通るかどうかは、自身の力によるところも多い。
魔境に行ってレベル上げをしたいトリエラである。
ロザミアも死に、第三夫人が実質的に屋敷を仕切るようになってからも、トリエラは特に不快を感じてはいない。
そもそも実家がずっとロザミアなどよりは低い地位なので、ある程度の遠慮というものがあるのだろう。
もっともトリエラが死んだとすれば、彼女がこれから産む子供が、継承者になる可能性は極めて高い。
ゲームではおそらく、クレインルートをクリアした場合は、彼とヒロインの間に生まれた子供が、継承者となる。
ただヒロイン自身も新たな神器継承者となったので、そのあたりはどうなるのだろうか。
知らないということは、不利であるということだ。
そしてトリエラは、クレインを懐柔することにした。
別に罠に嵌めるとか、ひどい扱いをするとか、そういうものではない。
普通に彼と、姉と弟として、仲良くしようと思っただけだ。
他のルートのクレインは、別ルートの攻略キャラとは思えないほど、平凡な能力であった。
だがそれでもこの世界では、そもそもゲームよりも魔法使いの価値が高い。
転生者でないので、アドバンテージはない。
しかしそれでも、確実にシナリオ開始までは生き残る、魔法使いであるのだ。
ヒロインと同じ年で、その時点では初級職の魔術士であった。
ただトリエラは思うのだ。クレインならば死んでも、クローディスはさほど気にしないであろうと。
いや、もちろんマーシル伯爵家との関係を考えれば、クレインの存在はそれなりには重要だ。
だが代えが利かない、というほどではない。
第三夫人のリアンナは、既に女の子を産んでいる。トリエラやクレインからすれば、異母妹ということになる。
そして現在も妊娠中で、もう一人生まれてくるのだ。
男子だったらいいし、もし女の子であっても、婿を取ってローデック家を継がせればいい。
トリエラとクレインの、両方が死んでしまったら、という話である。
もちろん意識的に、クレインを殺そうとは思わない。
だが戦力的にもシナリオ的にも、クレインは味方にしておいた方がいいのだ。
そのためにはまず、交流していく必要がある。
ただロザミアが実家から連れて来た使用人たちが、クレインの周囲を固めている。
これを排除してクレインと接触するのが、まずは難しいことなのだ。
クレインの周りの使用人は、ロザミアのしでかしたことを知っている。
なのでトリエラが、報復をしようとするとも考えたりする。
実際のところはロザミアを殺したことで、トリエラの安全は確保された。
そのためクレインを殺す必要など、トリエラにはないのだ。
しかし母を殺された恨みというのは、ロザミアだけで収まるものなのか。
トリエラとしてはクレインは、将来的には公爵家の駒になってもらわなければ困る。
だがそういtった長期的な視点は、使用人たちは持っていないだろう。
そんな使用人たちの状況を、クローディスも分かっている。
分かった上で、自分や他の者の目が届く範囲で、二人は会わせた方がいいだろう、と思っていた。
トリエラは基本的には、理性的な少女に見えている。
それにクレインは遠目に見たぐらいで、今までは全く接触がない。
姉と弟として接していれば、ある程度はトリエラも情が湧き、クレインへの感情も良化するのではないか。
それがクローディスの説明である。
トリエラが直接、ロザミアを殺したことは、ごく少数の人間しか知らないことだ。
まだ子供である今の内に、クレインとの関係を深めておく。
そうすれば将来的にも、クレインを切り捨てるようなことはしにくいだろう。
考えてみれば当たり前のことだが、やはりセリルが殺されロザミアが殺されと、二人も続いて殺されているので、さらなる殺人が起こるかもと思われていたのだ。
トリエラはクレインを殺すことが出来ない。
単純にクレインがシナリオに関わるキャラなので、殺せないということもある。
ただ他の転生者と接触した時、トリエラ自身ではなく、先にクレインを接触させることが、ワンクッションを置くことになるのではないか。
またクレインを殺していたりすると、トリエラに対する無駄な警戒感を煽ることにもなりかねない。
もっともこちらの理由は、公爵家の人間には話せるわけもないが。
さて、それでは一緒に何かをすると言っても、何をすべきか。
トリエラとしてはそれは、勉強ではないか、などと思っていたりする。
普通はお茶会などではないか、などと思うのかもしれないが、飲食には毒を入れることが出来る。
それならば部屋の中に座って、おとなしく勉強をしていれば、まだしも安全に思えるだろう。
トリエラも、そしてクレインも。
クローディスもその考えには、賛成の意を示してくれた。
そしてどうせなら家庭教師などではなく、自分が二人に公爵家の話をしてやろう、とも言った。
なんだかんだ言ってクローディスは、トリエラの異常性には気づいているのだ。
もちろんその異常性は、本来ならば好ましいものだ。
判定の儀で明らかになった、トリエラの持つ能力。
身体能力の補正についても、かなりのものが既にある。
そして既に魔法戦士というクラスに就いていたこと。
トリエラは何か、特別な人間だとは思うのだ。
そしてトリエラと同じような人間が、他にも数人見つかっている。
クローディスは公爵家の当主だけに、歴史というものを学んでいる。
ミルディア大陸が戦火に晒される時、多くの英雄が誕生するのだ。
それは12人の使徒の子孫である神器継承者だけではなく、新たな神器を与えられる人間もいる。
おおよそそういった人間は、ミルディア王国は取り入れるか、それでなくとも友好的な関係を築いたのが大半であるが。
中には王国に反乱を起こし、当時の王国を割った人間もいた。
ただそういった中に、今回のトリエラたちのような、幼少期からの異常な早熟性があったとは、書物には書かれていない。
また代々伝わる口伝などに、残されていたりもしない。
当主にだけ伝えられるという情報はあるが、それは意外と特別なものでもない。
だからこれをもって、戦乱の兆しがあるとか言うのは、まだ考えすぎというものだ。
それに平和なのは、王都やローデック領だけであり、またローデック領でも辺境や魔境に近づけば、その治安は悪化する。
国内でも貴族同士が扮装やお家騒動をすることはあるのだ。まさに今回のローデック家のように。もっとも犠牲は最低限で済んだと言えるが。
(あるいは辺境や魔境に、何か異常な兆候でもあるのか?)
トリエラの持っている力は、明らかに戦闘力を高めているものだ。
少しばかり自分の手を広げて、情報を集めた方がいいのかもしれない。
父が王国宰相を務めるクローディスは、王国の未来にある程度の責任を持っているのだ。
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