第50話 破壊と破滅
トリエラという少女に、本当に娘を預けても大丈夫なのか、ひどく真剣に迷うジョルド。
だが下手をすれば既に、自分よりも強いのではないか。
ジョルドは傭兵としての嗅覚から、それを感じていた。
そして模擬戦の終了後、トリエラはとても貴族的に、ジョルドを自分の宿へと招いたのである。
貴族の中でも高位の、公爵家の人間を宿泊させるような宿。
ちゃんとそういったものがあるルートで、トリエラたちは移動している。
ソファに座ったトリエラは、跪いたジョルドを立たせ、椅子に座らせた。
これが本当の貴族の公式の場であれば、座らせるにしても椅子などに差をつけなければいけない。
だが今のトリエラには、そんな必要はない。
エマとランが側にいるが、彼女たちの育った文化圏では、権力者と一般人の垣根は、さらに低いものであった。
トリエラとしても前世地球の貴族階級などと比べると、ずっとその権威の差は小さいのではないか、などと思う。
貴族にばかり有利な法律というのはあるが、基本的に理不尽なほど厚遇されているわけではない。
過去には随分と圧政を敷いたこともあったらしいが、なにしろ戦乱の世になると、一般人の中でも神器を与えられるものが出てくる。
それに根本的に、ミルディアなどは本格的な飢饉になりにくい。
とりあえず生きていけるなら、あまり反乱まで起こさないのが、一般的な人間であるのだ。
そもそも人間の個体が、前世に比べるとスペックからして強い。
レベルやスキルといったもので、生きていくのが楽になっているのだ。
幼少期の死亡を除くと、おおよそ死ににくいのは確かだ。
このあたりの調整は、ゲーム世界を再現した者たちの調整によるのだろう。
トリエラがジョルドを呼んだのは、正式にレイニーを召抱えるためだ。
「まず支度金として50万ミルを渡します。最初の身支度などは、そこから出してください」
ミルディア王国やその周辺は、基本的にミルという金銭の単位を使っている。
1ミルが日本円に換算すればどのくらいか、というのはとても難しい質問である。
ただ2ミルあれば簡単な昼食ぐらいは取れるといったものである。
基本的に貨幣に使われているのは鉄の合金で、その上の貨幣は銅の合金。
銀や金の貨幣もあるが、基本的に金貨での取引となると、証文などを使った場合の方が多くなる。
この場合も半分は証文を書いて、残りは金貨と銀貨で与える。
街の規模からして、どうにか金貨も通じるのだ。
トリエラも街に出ることはそこそこあって、自分でも買い物をしてみたりもした。
そして分かったのだが、金貨というのは目に見える富の象徴であって、あまり流通しているものではないというものだ。
商業ギルドなどであればともかく、屋台に銀貨などを出しても、お釣りがなかったりする。
なお金貨は5万ミル金貨と10万ミル金貨が存在する。
銀貨は1万ミル銀貨と5000ミル銀貨と1000ミル銀貨が存在する。
重量はそこまで代わらないが、刻印ではっきりと区別されている。
また貨幣の偽造は、その額に限らず極刑である。
トリエラはレイニーの身の回りにかかる、衣食住を自分が出す。
そして一月に5000ミルの給与を与える。
やや安めではあるが、衣食住の中にトリエラは、レイニーの馬や武器防具にかかる金額も入れている。
ならば充分な給料であろう、とジョルドは判断した。
「しかし、本当にいいんですかい?」
「私、剣や槍の相手をしてくれる、同年代の女の子がほしかったのです」
男であると負けたとしても、女だから手加減したのだ、言ってしまうのだ。
それが単なる強がりではあると、トリエラとしても分かってはいる。
「姫様の実力の一端は、そなたも見たはずだ。娘の将来のためにも、これは悪い話ではなかろう」
契約期間はザクセンからトリエラが帰るまで。
およそ一年と三ヶ月ほどになるだろうか。
その時にレイニーがどのような選択をするのか、それは彼女に任せる。
トリエラはある意味、レイニーを徹底的に甘やかすつもりである。
しっかりと厳しく鍛え、それが身に付くように食事を与え、学ぶことがなぜ学ぶべきなのか、そういったものを教えるつもりでいる。
平民出身の女の側近というのは、確かにほしかった。
だが既に使用人の中には、平民出身で年頃も近い者もいる。
レイニーを選んだのは、彼女がトリエラと同じように、戦えることを欲していたからだ。
前世よりは少ないと言っても、男女の身体能力差はある。
また戦争ともなれば、女が慰み者になるのは、この世界でも同じ。
そんな世界を、傭兵団の娘なら少しは知っているだろうに、まだ戦場に出ようなどという精神。
トリエラほど壊れてはいないであろうが、かなり近くはある。
そして容姿に、何度槍を落とされても、限界まで抗った精神。
前世とは違いこの世界では、トリエラの嗜虐心を満たすことは、しごく簡単である。
だが簡単だからこそ、逆にそれを行うことはない。
人間に敵対する、魔物という明らかな脅威。
それを駆除することで、トリエラの欲求はある程度解消されるのだ。
彼女を側に置いておこう。
これから何人も、同じように女の子を置いておこう。
やがて男を選ぶ者もいるかもしれないが、それはそれで仕方のないことだ。
それでも全力でもって、トリエラは己の欲求を果たす。
手に入りにくいものほど、手に入れたいと思ってしまう。
その欲求をどうにか、まだトリエラは制御することが出来ている。
だが自分の力が増すごとに、それは難しくなってきている。
今はまだ、個人としての力のみ。
しかし公爵家を継げば、その力は一人のものではなくなる。
あの男がトリエラを、どうしてトリエラに転生させることを許可したのか。
破壊願望か破滅願望か、そのあたりが大きくなっている。
嗜虐心などはそれに比べれば、とても小さなものだ。
そして不思議なことに、魔物などを狩るときは、とても静かに殺すことが出来る。
おそらくこれが人間の盗賊などが相手でも、そうであろうと思うほどに。
殺すだけなら充分の世界では、殺すだけでは満足できない。
なるほど確かに、トリエラには悪役令嬢としての素質がある。
そしてさらに殺戮への力をつけるため、ザクセンへの出立。
ようやく足止めされていた集団が、進むことになったのであった。
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