第51話 若者たち
橋の流された川であったが、水量がようやく落ち着き、仮設の橋が作られる。
こういう時に近代以前の作業ではあるが、この世界では明らかに効率がよくて速度も早い。
それは全てステータスシステムの恩恵ではあるだろう。
前世では不可能であった、巨石をも武器で砕くという人間の肉体の限界。
そういったことは魔法の補助があれば、かなりの人間が出来るものなのだ。
こうやって長く旅をしていると、トリエラは気づくことがある。
この世界の文明は確かに、全体的に見れば魔法を除き、前世地球より遅れていると。
空間を歪める武器庫などを除けば、前世の方が便利ではある。
だが科学文明を、魔法と融合させることは出来ないのか。
この世界には、クリーンエネルギーがある。
魔物の持つ魔石がそれであり、そこから魔道具を使うことが出来る。
だがもっと単純に、魔石から直接、MPを吸い出すことも出来る。
それは『吸収』という魔法であり、少し特別な分類の魔法だ。
ただ現在の魔石の利用法は、これでいいのだろうか。
前世の科学に詳しい人間がいれば、科学と魔法を融合させることが出来るのではないか。
トリエラはそうも思うのだが、自分にはとても出来ない。
ナイフ一本で自然の中で生活しろ、と言われる方が簡単である。
将来的には転生者でなくても、技術に長けた人間に金を出し、文明の発展でも目指してみようか。
だがそれは遠い先のことになるであろう。
レイニーは傭兵団から、トリエラ一行に移ってきている。
そしてそれを契機に、トリエラは側近候補を、貴族も平民も混ぜ始めた。
もちろん平民出身者にはまず、最低限の礼儀作法なども学んでもらう。
この世界は貴族が貴族であるゆえん、神器の血統というものが存在するが、むしろ隔たりというのはあまりない。
それは貴族の中にも、血統を発現していない者が、普通に存在するからだ。
むしろトリエラのように、継承者であるのみではなく、他の血統も発現している方が珍しいのだ。
神器の血統が発現していると、何が違うのか。
それは主に、レベルアップ時の補正値の上昇が大きくなるらしい。
どういう理屈かは知らないが、この世界の統計である程度調べたところ、それは確実ではないかと言われている。
もっともそれよりは、レベルアップの過程において、どのような動きをしたかの方が、影響は大きいらしい。
魔法職は基本的に、筋力や頑健といった値はあまり成長しない。
ただ魔法戦士でありながら、トリエラの頑健が成長しないのは、かなり不思議なことではある。
しかし装備品まで含めれば、やはりそれぐらいが自然なのか、という気もする。
貴族は武装に金をかけることで、平民よりは強くなれるということだ。
またゲームにもあったが、成長促進のアイテムというのも存在する。
ただそれは希少なもので、しかもほとんど作れない。
材料が少ないために、貴族であってもまず手に入れられないし、手間や金に見合った効果はないのだ。
トリエラの場合は、そういったものを全てひっくり返す、圧倒的なレベル差がある。
これに関して知っているのは、エマとランぐらいだ。
そもそも30近いレベルのランと、ほぼまともに打ち合えるのだ。
10ほどのレベル差であっても、しかもまだ成長中であっても、トリエラが勝てる理由。
それこそ大量のスキルに加え、魔法戦士というクラスの成長補正によるものだろう。
大きな街などであると、その代官や領主の館に、トリエラは宿泊することとなる。
側仕えと数人の護衛以外は、宿に分散して宿泊する。
そのあたりの手配は、先行している者が行っており、さほど混乱することもない。
まだ日が高くても、余裕を持って街に宿泊する。
そんな場合は同行している子供たちは、それぞれ訓練や勉強を行ったりする。
トリエラが、その訓練に加わることとなった。
貴族側の側近候補としては、子爵家の三男であるカルパスという少年が、リーダー格となっている。
身分としては伯爵家の出身の者もいるのだが、このあたりがあまり関係していないのが、トリエラとしては不思議である。
ただカルパスは、神器の血統を持っている。
それゆえにただの貴族よりも、この世界の価値観では尊重されるということだ。
カルパスの就いているクラスは『剣士』である。
将来的にはトリエラの近衛として、騎士となることを目指している。
基本的にクラスとしての騎士は『従士』のクラスで経験を積んでから、ようやく就けるクラスなのだ。
明らかにゲームよりも、その難易度は高い。
トリエラにしても最初から、騎士という選択肢はなかった。
剣聖を選ぶ時にも、やはりまだ選択肢にはなかったのだ。
トリエラの本当の実力を知っているのは、実はこれまではそれほど多くなかったのだ。
判定の儀でレアなクラスに、既に就けたというぐらいは知られている。
また魔境にも季節ごとに向かい、そこでレベルを上げていることも。
それでもせいぜい一桁であろうと思われていた。
実際にトリエラの狩に同行する者を厳選し、またきつく口止めをしていたからであるが。
ここにおいてもまだ、全員に知らせるわけではない。
だが前衛として鍛えられる人間は、それを目の当たりにする。
傭兵団の方でも、レイニーを散々に叩きのめしたので、ある程度は知られていくだろう。
しかしあれでも、トリエラは全力を出していなかった。
そもそもトリエラはいまだに、魔法戦士だと思われているのだ。
魔法戦士は近接戦において、武器に加えて魔法を使って戦うクラス。
だが後衛から魔法の攻撃を行えないわけではない。
もっともトリエラが現在、即座に発動できる魔法は、おおよそ接近戦用だ。
そもそも後衛であれば、魔法の行使にわずかな時間がかかるのは普通のことである。
トリエラは当初、ある程度貴族と平民に分かれていた集団を、見物していた。
レイニーはここで平民の方に混じり、槍を使っている。
彼女は魔境である程度、実戦を重ねている。
もっとも一番得意なのは、弓であるのだが。
トリエラはおおよその武器を使えるが、それは近接戦闘においてのみ。
戦士というクラスはそういうものなのだ。
ただでさえ前世では、弓の扱いなどは教えてもらっていない。
銃があればそれを使えばいいし、携帯していけるのはせいぜいが投擲武器。
なので棒状の手裏剣に近いものを、投擲用に数本入れてある。
武器庫は魔力や知力が成長するにつれ、その収納容量が上がっているのだ。
レイニーは今の時点なら、この子供たちの中では一番強いかもしれない。
他に強いのは、貴族出身のカルパスに、平民からはアイン、カイル、バトーといったところだ。
もっとも模擬戦と実戦では、前提となる条件が全く違う。
それに対人戦闘も大事だが、魔物を相手にした戦闘を考えなければ、辺境では生きていけない。
ここでトリエラは、槍を持ち出した。
剣聖というクラスに就いてはいるが、このクラスは基本的に、接近戦の全てにかかるスキルを獲得しやすい。
また槍を使うというのは、騎乗した状態であれば、剣よりも間合いが広い。
指揮官として戦う場合は、どうしても騎乗しなければいけないこともあるだろう。
そんな時のために、トリエラは槍などの訓練もしている。
剣術にはあまり、精妙さを必要としないのが、この世界の常識である。
およその魔物はとにかく、力技でねじ伏せるしかないからだ。
もっとも対人戦などは、決闘などではそれなりに重要になる。
戦争にはごくまれに、その前段階して、一騎打ちをして勢いをつける、などということもあるらしい。
なので対人戦闘が本当に無意味、というわけでもないのだ。
槍を持ったトリエラは、基本的に強い。
そもそも古流剣術というのは、刀を棒としても槍としても使うものであるからだ。
切れ味の鋭い日本刀であるが、結局のところ実戦では、使えない技がそれなりに多い。
江戸時代の道場剣術であると、帯刀はしていながらも、装備は平服というのを基準にしていたりする。
実戦では鎧の間を狙って、刀ではなく槍や、鎧通しといった武器を使っていたのだと教えられた。
ともあれレイニーが入ったことで、トリエラには都合のいい練習相手が、ランの他にも出来たことになる。
ランは確かに強いが、あくまでもその戦闘は、暗殺者のもの。
戦場で使う技術とは、少し違ったからである。
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