第13話 レベルアップ

 六歳でレベルが2に上がるというのは、それなりに珍しいことである。

 だがこれまでトリエラが行ってきた驚愕の出来事に比べれば、まだ常識的なものではあった。

 レベルが上がる、この世界では位階が上がる、という。

 加護というステータスの表記は、また別のものであるのだ。

 確かに位階の方が、数字を当てはめていくのは適当だろう。

 これによって何が起こるかというと、主に能力値の上昇と、新たなるスキルの獲得。

 この世界では恩恵と呼ばれるスキルのことだが、実はこれは人によっては、レベルが上がっても新たなスキルは得られなかったりする。

 その場合はおおよそ、その人がそのクラスで得られるスキルは、もう他にないと判断されるそうな。


 なお例えば『戦士』であれば何十個ものスキルが確認されているが、普通の人間はその内の10個までしか獲得出来ない。

 それ以上はいくらレベルが上がっても、新たなスキルが加わることはないのだ。

 よってそこでまた神殿で、職階の変更を行う。

 ゲームではクラスチェンジと呼ばれるものだ。

 他に適当なクラスがあれば、それに変更して新たなスキルの獲得を目指してもいい。

 しかし一つのクラスを続けることには、他にも意味はある。


 鑑定板には、能力値という項目がある。

 特に言及していなかったのは、これまでは特に意味がなかったからだ。

 そもそもこの能力値というのが、そのまま素の能力を反映しているわけではない。学者の間でもいくつかの学説に分かれている。

 だがある程度は、推測されて計測されて、こうではないかという推論は出ている。


 たとえば筋力が1である場合。

 それは本来のその人物の筋肉に、1%の補正がかかっているのではないか。

 もちろん実際には、持てる物の重さが、1%確実に上昇しているわけではない。

 しかしそれほどの間違いでもないだろう、というのは分かっている。

 同じ人物で、その値が変動するたびに、計測すれば確かなことは言えそうではある。

 だが実際にはもう一度レベルアップするまでに、素の筋力も変化している。

 なので確実なことは言えないのだ。

 ちなみに正確には能力補正値なのだろうが、鑑定板で能力値としてしまって、古来からの書籍にも能力値と書いてあるので、便宜的にそのまま能力値と呼んでいる。


 そしてこの能力値の上昇は、レベルが上がるごとに一定というわけではない。

 まず第一に、クラスの補正を受けるらしい。これはほぼ確実だと統計のデータが出ている。

 戦士や兵士といった前衛の戦闘職は、基本的に筋力や頑健の能力値が上がりやすい。

 また戦士よりは剣士の方が、器用の能力値がやや上がりやすいといった補正も分かっている。


 後衛の魔法職などは、主に知力や魔力が上がる。

 知力が上がるというのも不思議なものなのかもしれないが、魔力がいくら膨大でも、それを制御するのは脳である。

 この脳の働きが、知力という能力で示されているのだろう。

 ちなみに精神という能力値もあり、これは魔法に対する抵抗、特に精神に作用する抵抗力を示している。

 同じ魔法職でも、神に祈る集中力の高い、神官系のクラスが上がりやすい。


 現在一般的な能力値は、鑑定板では次のように示されている。

 ・筋力(STR)…純粋な筋力に近く、どれだけ重い物を持てるかでおよそ計測できる。

 ・魔力(MAG)…魔法の威力を示すもので、高ければ高いほど魔法の威力や範囲が拡大する。

 ・器用(DEX)…主に近接戦での戦闘に作用し、上手く武器を扱えたりする。

 ・敏捷(AGI)…筋力の中でも特に瞬発力を意味し、体重と筋力のバランスで変化する。

 ・頑健(VIT)…肉体の素の守備力であり、どれだけの攻撃を無効化出来るかを示す。

 ・知力(INT)…頭脳の回転もあるが、より魔力を上手く操作出来る数値である。

 ・精神(MND)…精神力と言ってもよく、精神に作用する魔法や、毒物への対抗力を示す。また普通の攻撃魔法への耐性もある程度示す。

 ・感覚(SNS)…五感の総合的な鋭さを示し、器用度や敏捷、精神といった能力値をさらに補正する。

 ・抵抗(RES)…肉体の抵抗力、純粋な物理攻撃ではなく、熱や酸などの特殊攻撃、また毒などへの耐性を意味する。

 ()の中は、確かゲームではこのような表記ではなかったか、と思われるものだ。ただゲームでは確か『幸運』という能力値もあったと思うが、鑑定板では見られない。

 これが平均であり、普通はこの九項目が鑑定板には表示される。

 だがトリエラの習ったものは違う。


 判定の儀は神の御技のように見えるが、魔法である。

 この世の根源の理に、作用して発動するものだ。

 そして魔法であるならば、正しく理解していれば応用が利く。

 九項目以外の要素を判定し、鑑定板に映すことも出来るのだ。

 もっとも、ただでさえあくまで補正値であるので、あまり当てにしすぎない方がいい。

 トリエラの天恵、ギフトであるところの『技量転換』とは。実は鑑定板を操作すれば、技量という能力値が出てくるのだ。




 このトリエラの能力値に関して、隠すべきかどうか本人も迷ったものである。

 だが一度はセリルも目にしているし、何より『技量』は後からトリエラのみが判定したものだ。

 なので基本の九項目は、教師役のセリルとランに見せても、問題はないだろうと思った。

「……」

「……」

 絶句というわけではないが、深く考えているらしい。

「トリー、最初に計測した数字は憶えている?」

「はい」

 トリエラは念のために、その数字を記録しておいた。

 この世界の数ではなく、アラビア数字で。一応この能力値補正は、知られたら警戒されてもおかしくない。


 この世界は10進法であるが、さらに数字も0から9までの10個がある。

 トリエラは特に疑問に思わなかったが、これはかなり画期的な発明なのだ。

 ローマ数字や漢数字などは、表記する上でやや不便なのだ。

 おそらく地球の文明が滅びに向かって、社会システムが崩壊していっても、最後まで数字という道具は残るだろう。あるいは言語以上に。

 そしてトリエラは気づいていないが、神が本当にこの世界を作ったのなら、アラビア数字をそのまま導入してもおかしくない。

 そもそも共通語が英語に近いというのが、なんでも疑う人間にとっては、不思議なことであるのだが。


 植生でトリカブトがあったり、生物で馬がいる。

 これから考えれば、そしてトリエラでも充分知りえる知識があれば、この世界の謎を推測するのは、転生者ならば可能だ。

 だがそれを彼女が知るのは、もっとずっと後のことになる。


 トリエラが最初に見せた、つまりレベル1の時の能力値。

 それは以下のようなものであった。

筋力 5

魔力 7

器用 6

敏捷 5

頑健 2

知力 4

精神 6

感覚 7

抵抗 6

 そしてレベルが2となった今は、次のような値になっている。

筋力 11(+1)

魔力 16(+2)

器用 13(+1)

敏捷 11(+1)

頑健 5(+1)

知力 9(+1)

精神 13(+1)

感覚 15(+1)

抵抗 12

 レベル1から2に上がった上で、さらにある程度の補正がかかっている。()内がその補正の数字だ。

 おそらくはこれが、クラスによる上昇補正である。


 前衛の戦士系クラスは、肉体の能力値が上がりやすい。

 そして魔法職は、魔力や知力、精神の上昇に補正がかかる。

 あとは上昇幅の変化は、獲得しているスキルによっても変化する。

 たとえば『位階上昇時筋力上昇』などというスキルを持っていれば、本来は+1の追加上昇が、+2になったりするわけだ。

 他にも計算出来ない上昇幅はあったりするが、それは推測はあっても科学的な定説にはなっていない。

 全体的に見ると魔法戦士は、穴のない補正がかかっているように思える。




 レベルは一度に上がるのは1までで、そして反映は睡眠中にされる、らしい。

 一日に2以上のレベルを上げるのも、これまた難しいらしい。ある程度の時間が経過していなければいけないらしいが、それは検証するほどの数がない。

 トリエラが気になったのは、自分の頑健の能力値がこれだけ突出して低いことである。

 これは子供だから仕方がないのかと思うが、そもそもこれは補正値なのだ。

 つまり筋力との差がありすぎるのは、明らかにおかしい。

 レベルを上げれば上げるほど、一撃死が多くなるのではないか。

 

 ただランの言葉によると、頑健はあくまもでも、その肉体のみの力であるのだ。

「防具を身につければ、当然ながら守備力は上がりますからね。魔法や恩恵でも防御力を高めることはありますし」

 またいくら防御力が高いと言っても、それを貫く手段はある。

 それに首を切断してしまえば、頑健がどうのであろうと、鎧などの性能がどうだろうと、関係のないことである。


 この際なので、トリエラはいくつかの疑問を解消しておく気になった。

「位階を上げるためには魔素を吸収することが不可欠で、魔物を倒したり人間を倒したりということは本で読みました」

 そこでふと思ったことがあるのだ。

「それでは生け捕りにした魔物や、犯罪を犯した高位の位階を持つ者を殺せば、貴族などはそれだけで位階が上がるのですか?」

 ゲームの頃から思っていたものである。

 それなら貴族は大量に人を殺せば、レベルアップするのではないか。


 この思考は世界の法則を考えた時、多くの人間が疑問に思うものである。

 一応本によると、レベルの高い人間が、一般人を大量虐殺しても、いわゆる経験値は入らない。

 そして魔法を使うにも、高度な魔法でなければ一定以上の位階の人間は、経験値が入らないようなのだ。

 ただ犯罪者の中には、それなりにレベルの高い者もいるはずだ。

 それを殺すことで、レベルを上げていく。

 貴族にとっては自らの戦闘力など、権力や財力や軍事力に比べれば、必要度は少ないかもしれない。

 事実セリルにはランという護衛もいるわけだが、それでもトリエラが鍛えるのには反対しない。


 セリルの一族は、基本的に魔物退治なども含めた、治安維持を受け持つ一族であった。

 だからこそ長の娘であるセリルも、戦闘経験がそれなりにある。

 なのでこのトリエラの疑問には答えられる。

「確かに、このミルディアでも、そうやって貴族が処刑人になることはあります」

 そうセリルが答えたのは、支配者階級なので当たり前だろう。

「ただ労力がかかる割りに、効率は良くないと言われていますね」

 そこからは狩の経験が多いランと一緒になって話した。




 ゲームの中では経験値を得るための、魔物や人を殺すという行為。

 だがこの現実では、格下に属する相手を倒しても、経験値にはならない。

 それまでに鍛えられた魔素が肉体にあり、中途半端な魔素の吸収を、妨げてしまうのだ。

 危険な魔物を、殺すのではなく生け捕りにする。

 さらに貴族の元まで運ぶのは、どれだけの手間がかかることだろう。


 また罪人の処刑についても、制限というものがある。

 もちろん自分よりも、位階が低い人間を殺しても、基本的には経験値は得られないい。

 犯罪を犯した、レベルの高い山賊などは、確かに殺せば経験値が入ってくる。

 だがそれにしても生け捕りのリスクはあるし、そもそも本当にレベルアップが必要なのは、前線で戦う人間である。

 平均程度までならば、罪人の処刑でレベルは上がる。

 だが貴族などであると魔法を使えるほど、魔道に精通することは珍しくない。

 むしろ魔法を使うことで、レベルアップを考えた方が、現実では多いのだという。

 トリエラはセリルから教わったが、本当ならもう少しすれば、ちゃんと家庭教師も教えたはずなのだ。


 そしてミルディア王国には、王立学院というものがある。

 トリエラもまたおそらく、そこに入学することとなる。

 ここは貴族のみならず、富裕な平民層などに対しても、かなり安全にレベルを上げるための機関となっている。

 王都にあるこの学院は、巨大なもう一つの都市のようなものだ。

 そこには迷宮があり、貴族たちが迷宮の魔物を、安全マージンを取って倒し、レベルアップをしているのだという。


 確かに原作のゲームには、迷宮というものがあった。

 世界の神秘の一つであり、神々の力によって作られたと言われる存在。

 ミルディア王国が誕生するはるか以前、神々の時代から存在するという。

「やはり戦って魔物を倒すのが、一番能力値は上がりやすいですからね」

 ランもセリルも国外の出であるので、王立学院には行ったことがない。

 もっとも他国からの留学生を、多く集めているのも確かであるらしい。


 ランが説明するに、確かに生け捕りにした魔物などを倒しても、レベルは上がる。

 だが戦闘に直接参加して貢献した場合に比べると、能力値の上がり方が低くなるのだ。

 おそらく実際の戦闘で働いた部分に、特に補正がかかるようになるのか。

 またスキルなども、戦闘経験からのレベルアップで得られるものが多い。


 まとめてみるとレベルアップは、自分より格上の魔物や人間を倒すことによって果たせる。

 魔法を使ってもいいが、どうせなら戦闘中に使えばなおいい。

 特に戦闘だと、レベルアップによって得られる能力値の上昇も、他の手段より高い。

「もちろん格上と戦うわけですから、通常は数人で役割分担し、無謀な戦いにならないようにするべきです」

 ああ、なるほど、とトリエラは思った。

 確かに格上とばかり戦って勝つなど、あまりにも危険すぎる。

 人数を揃えれば、その危険度も減るというわけだ。


 他にも安全を考えるなら、位階の高いメンバーを一人か二人入れて、位階の低いメンバーをフォローする。

 こういったことは貴族や王族が、レベリングをする時に使う手段だそうな。

 最後のとどめをさすだけでいいのか、ともトリエラは思うが、そもそもある程度の位階がなければ、強い魔物のところまでたどり着くことすら出来ない。

 それに最後の一撃を加える時に、魔物も最後の抵抗をするかもしれない。

 ゲームならそんなことはなかったので、弱らせてレベルの低いキャラで止めを刺す、ということが出来た。

 だが現実は甘くないわけである。

「まあそういった位階の上げ方を、寄生する、などと言うこともありますが」

 実際にはやはり、前線で戦う者が強いのだ。




 ある程度は書物でも調べられたが、やはり疑問を直接聞くのは、分かりやすくていい。

 前世ではインターネットでの調べ物や、図書館を使うというのが一般的であったが、この世界はあまりにも情報に接することが少ない。

 改めて聞いてみたが、やはりあの別邸にあそこまで書籍が揃っていたのは、奇跡的なものだったのだ。

 知っている人間に聞くのが一番早く、そういう人間はたとえ自分が知らなくても、どこにそういう知識があるかは知っている。

 セリルはミルディアからすれば、北方辺境の出身であるが、そこは蛮地というわけではない。

 ミルディア流の文化は当然ながら薄いが、たとえば鑑定板に対する理解などは、むしろ神々を盲信しない北方の方が、正しく認識している。


 さて、トリエラと違いセリルとランは、能力値を他の観点から見ることが出来る。

 即ち自分の能力値との比較だ。

 セリルは基本的に魔法職であるため、魔力や知力、精神などが突出して補正を受けていた。

 ランは狩人の経験から伸ばしていっているので、身体能力の中でも敏捷系や、また感覚の能力に優れる。

 そして二人の出した結論は、トリエラの上昇値が自分たちよりもかなり高いということだ。


 レベル1の時点でそれなりに高い補正がかかっていたが、その能力値はレベル2に上がる段階で『魔法戦士』クラスの補正を受けたわけだ。

 戦闘による上昇率補正の追加という点でも、魔法ばかりを使っていて、魔物を倒していないのがトリエラである。

 それなのにこれだけ能力値が高くなるのは、才能とでも言えばいいのか。

 もちろん本来の身体能力があってこそ、この能力補正値は意味が出てくる。

 ただこれだけは鑑定板にも出てこない、本来の肉体の能力値は、実際にどれだけの動きか出来るかなどで、計測してみるしかない。

 もっとも筋力にしても、腕の筋力なのか足の筋力なのかで、色々と変わってくるのだろうが。


 これらの数値はあくまで、参考程度にするものだ。

 しかし二人が注目するのは、やはりこの各種能力補正値の高さ。

「魔力、器用、精神、感覚が高いということは、やはり後衛で魔法を使う戦い方が合っているのでしょうか」

「けれど感覚は回避の直感にもつながるし、敏捷が低いわけでもない。すると前に出て武器を振るいながらも、近距離の魔法の連射で戦うのがいいんじゃない?」

 トリエラは前世の記憶の中に、当然魔法の技術などは入っていない。

 なのでどちらかというと武器を持って戦い、魔法は補助的に使うほうがいいのでは、となるのだ。


 なお、これらの能力値の他に、もっと重要なものが存在する。

 それは生命力に魔力、そして体力。

 分かりやすく言えば、HP、MP、ST(スタミナ)の三つである。

 これらも鑑定版には出ているのだが、数字では表記されていない。

 格闘ゲームのようなゲージで表示されているのだ。


 簡単に言うとHPは出血量に関係する。あとは肉体の破損度だ。

 治癒などの魔法を使っても、HPは全快まではせず、ある程度の時間経過も必要になるという。

 MPは分かりやすい魔力であるが、これは同じ魔法を使えば使うほど、少ないMPで使えるようになる。

 そして逆にたくさん消費して、古代語の詠唱で条件を増やし、強力に拡大することなども出来る。

 STはそのままスタミナだが、これが消費されることで、HPが回復する場合があるらしい。

 あとは一部のスキルに関しては、これかMP、もしくは両方を使用して発動させる。

「本邸に移る前に一度、試しておきたいですね」

 ランの提案はトリエラも望むところであったが、セリルはわずかに気遣うような顔をしていた。

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