五章 ザクセン

第54話 草原

 ザクセンの民についてトリエラは、遊牧と牧畜が主な産業と聞いていた。

 ミルディアにとっては国境の北にある民であり、たとえば中華の歴史にたとえるなら、北方の遊牧民のようなものかと思っていたのだ。

 魔境が多く、普通の森というものが少ないため、木材の価値が高いという。

 農耕に適した土地は少なく、定住している数は少ない。


 まさにそんなところへ、いよいよトリエラはやってきたのだ。

 目的としては、まず第一にはレベル上げ。

 王立学院に入って、シナリオがスタートするまでに、出来るだけレベルを上げておきたい。

 そしてレベル上げと共にやっておきたいのは、ザクセンに伝わる知識の吸収。

 他には自分の側近候補を、この土地からも選びたいなどとも思っていた。


 草原の国にも道はある。

 様々な部族が草原には住んでいるが、何がどう違うのかは、トリエラとしてもはっきりしない。

 ただここはザクセンの地であり、ザクセンというのはセリルの母の部族でもあるが、ザクセンの地に住んでいるのはザクセン族だけではない。

 そのあたりが全て一緒にされて、ザクセンという土地と、ザクセン人というものが成立していると言ってもいい。


 そんな雄大な草原の大地で、数千の騎兵が地平線の向こうからやってきた。

 ザクセンは人口が少ないと言うが、騎兵がこれほども多いのか。

 まさに地球であれば、中国の騎馬民族のようなものであったのか。

 ただ略奪の民族として考えられていないのは、やはり大河によってその移動が阻まれているからだろうか。


 トリエラの迎えだとは分かっていても、これだけの兵が一斉に動くのは、おそらく誰も見たことがない。

「姫様、お爺様が直々にお迎えのようです」

 先触れは来ているが、言わばこの地の王のようなものである。

 それが気安く腰を上げるというのは、なかなかに貴族の常識は通用しない。


 ミルディア貴族として接するか、あるいは孫として接するか。

 父方の祖父に関しては、トリエラは判定の儀以来、ひどく可愛がられている。

 だがあれはトリエラが、神器継承者だからということもあるのではないか。

 それにセリルの死と、その後のロザミアの死が、さすがにトリエラにとっては酷な状況であった。




 草原の彼方からやってきた騎兵軍団。

 だが実際に見てみると、兵士と言うよりは一般の遊牧民に思える。

 とは言ってもザクセンの男は、いや女を含めても、馬に乗るのと弓矢を使うのは、子供の頃から習うらしい。

 よってトリエラとしても、騎乗用の服装に着替えて、天幕の中で訪れるのを待っていたのだ。


 オロルドを伴って入ってきたのは、銀色の髪に傷だらけの顔の偉丈夫。

 もう年齢は50歳ほどにもなるはずだが、その巨体から感じられるのは、圧倒的な強者の気配。

 トリエラの知る限りでは、オロルドこそが最強の戦士である。

 しかしこの雰囲気は、おそらくそれを上回るのではないか。

「初めまして、お爺様」

「ここでは少し暗いな」

 そう言ったトリエラの祖父であるバロは、トリエラを両脇からひょいと抱えると、天幕の外に連れ出した。


 改めて日の下で、トリエラを見つめる。

 厳つい顔立ちではあるが、その瞳の奥には、優しさのようなものを感じた。

 トリエラが既に失ってしまったもの。

 前世での養父のような、絶対的な自信を持っている人間の目だ。

「セリルの娘時代に、よく似ておる」

 それはエマなどからも、散々にトリエラが言われていることだ。


 トリエラの母は、双子であったという。

 だが話を聞くに、一卵性の双子ではなく、二卵性の双子であったそうだが。

 そしてトリエラとしてはその双子の妹の話は、ゲームでの事実と合わせて、かなりの衝撃をもって知ったものだ。

 おそらくゲームをしっかり全ルートクリアしていれば、分かっていたのかもしれないが。


 武人とも言えるが、同時に獣を狩るための戦士でもある。

 ザクセンの土地は人間の力の範囲から逸脱する魔境の数が多く、戦士への尊敬はミルディアなどよりも大きい。

 そして女もまた、戦士としての働きをする。

 弓矢は苦手なトリエラであるが、それは魔法を使えるからである。

 セリルなども弓矢は苦手で、魔法でもってそれを補っていたというのだ。


 ともあれこれで、トリエラはザクセンの地に到着したことになる。

「バロ殿、それでは姫様のことを」

「うむ、オロルド、今日は歓迎の宴を催すぞ」

 大量の騎兵が連れてきた馬には、様々な道具も運ばれていた。

 そして羊なども。

 どうやらこれは、羊の肉を食べることになるらしい。




 トリエラを守ってきた騎士たちは、半分以上がここで帰国する。

 あとはトリエラと共に、留学のような形で付けられた、貴族や平民の子供たちが20人。

 これにレイニーが加わって、21人である。

 身の回りの世話をする者が、およそ30人ほど。

 そして護衛が50人ほど残る。


 100人ばかりのミルディア人は、、普通に受け入れることが出来る。

 ここから三日ほど北に移動すれば、湖畔の都市に到着するのだ。

 基本的にザクセンの大地は、人間が生きていくのには厳しい。

 なので略奪などがあるのだが、これは地球の歴史に比べると、地理的な要因があるめミルディアを襲うことは多くない。

 今では同盟関係に近く、かといって王室が直接に関わっているわけではない。

 関係としては、ローデック家と同格、というのが対外的な関係であるらしい。


 宴から一夜明け、トリエラたちはさらに北上。

 その中でトリエラは、祖父のバロと馬を並べることがある。

 騎兵だけならば一日で、目的地までは到着できる。

 だが馬車の使える道を選ぶと、その三倍がかかるわけだ。


 商人たちも恐れる、北方の遊牧民族。

 もしも物語が進んでいくなら、トリエラが仲間とすべき相手。

 新しい生活が、トリエラたちを待ち受けているのだろう。

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