第32話:港町の女子会
セイリーンはあっという間に茶館のテラス席に案内され、目を輝かせた女の子たちに囲まれた。
ケイトが慌ててついてきたが、ディアラドとキースは兵たちと話を始めた。
おそらくは魔物の件だろう。
久しぶりに同年代の女の子たちに囲まれたセイリーンは、彼女たちの弾むような生気に圧倒された。
皆、目を輝かせて自分を見ている。
「近くで見ると、本当に綺麗な金色の髪だね!」
「ねえ。水色の目も素敵……」
「絵本のお姫様みたいだね。すっごいモテるでしょ?」
「求婚者が列をなす感じ?」
国際交流と言いつつ、話している内容は普通に恋バナだ。
「全然モテないです! 婚約者がいたんですけど、婚約破棄されて……」
あれほどつらかった出来事が、なぜかさらっと口から出た。
「ええーーーっ!?」
「そんなもったいないことする奴がいるんだ!」
「馬鹿な奴もいたもんね。あなたみたいな素敵な子を手放すなんて!」
「だねー! 私が男だったら絶対離さないわ」
初めて会う女の子たちの
「もしかして、傷心旅行とか?」
「そうなんです。私のことを誰も知らない所に行きたくて……」
「わかるー!!」
女の子たちが強く頷く。
「私も故郷でうまくいかなくて、新しい土地でやり直したくて!」
「私も失恋して、二度とそいつの顔を見たくなかったから村を出たの」
「港町だったら出会い多そうだしね!」
女の子たちがわっと笑う。
セイリーンは彼女たちの屈託ない明るさに救われた気がした。
王太子との婚約破棄という重大な悲劇も、いつか笑い飛ばせる失恋話にもなるかもしれない。
女の子たちが急に声を潜めた。
「ね、ウチの王様とかどう?」
「おすすめだよ! 強いし、若いけどしっかりしてるし!」
「全然浮いた話もないしね!」
「ウチに嫁に来なよ!」
女の子たちが期待いっぱいの目で見つめてくる。
「で、でも私は何もできなくて……王妃なんて器じゃなくて……」
こんな大国の王の妻は、ダリアリアのような女性でなくては務まらないだろう。
だが、セイリーンの言葉は、一笑に付された。
「何言ってるの! ディアラド様が女性を連れてくるなんて初めてなんだよ!?」
「あのディアラド様の嬉しそうな顔……!」
「デレデレじゃん!」
「ミドルシアではどうかは知らないけど、ウチでは王妃に条件とかないから!」
「王のそばにいてくれるだけでいいから!」
「で、でも……」
「ウチの王って大変だからねー。ややこしい部族を束ねないといけないしさ、心労がすごいと思うんだよね」
「だから、王が愛した人が王妃になるのが一番!」
「ウチはよその国と全然違うから。世襲制じゃないから世継ぎもいてもいなくてもいいし、外国人でも誰でもいいのよ、王の妻は。もちろん同性でも構わない」
「そうそう。好きな人がそばにいてくれるだけで支えになるし……王様には元気で頑張ってもらわないとね!」
セイリーンはぎゅっと手を握った。
「ディアラド様にも同じことを言われました……。ただ、そばにいてほしいだけだと」
セイリーンの言葉に女の子たちがわっと湧いた。
「やっぱり、求婚されてるんじゃん!」
「ディアラド様との馴れ初めは?」
「あの堅物をどうやって落としたの?」
「あ、初めて会ったのは5年前のパーティーで……でも、ご挨拶しかていなくて。そのあと、パーティーを抜け出したディアラド様が、奥庭で歌っていた私を見て、気に入ってくださったようです」
「へえ、歌かあ……」
「ディアラド様が気に入ったんならすごいんだろうね」
「歌ってよ!」
「ええ!?」
女の子たちの期待いっぱいの目に、セイリーンはたじろいだ。
「あ、あの、歌って私本当に、ただ普通に歌うだけで……」
「いいからいいから、聞きたい!」
カフェにいる女の子たちだけでなく、大通りには人がたくさんいて、興味深げにセイリーンを見つめている。
ディアラドと二人きりならともかく、こんな大勢の前で歌うのは躊躇われた。
「そんな、大したものじゃないので――」
「あ、じゃあ皆で一緒に歌いませんか?」
見かねたのか、ケイトが助け船を出してくれた。
「いいね!」
「何歌おうか?」
「あの歌は? 『悠久の旅人』」
女の子が提案したのは、昔世界中を回ったという吟遊詩人の有名な歌だった。
「それなら私も知っています」
セイリーンはホッとした。
「何、みんなで歌うの? じゃあ、俺リュート弾くわ」
居合わせた茶館の店員が店の奥から楽器を持ってきた。
弦楽器の甘い音色が大通りに響き渡る。
いつの間にか大勢の人がカフェの前に集まっていた。
セイリーンはドキドキしながら歌い始めた。
どこまでも広がる青い空
飛ぶのは真白き翼
ケイトも女の子たちも気持ち良さそうに歌っている。
皆の歌声が重なり、大きなうねりとなって響く。
(ああ、なんて心地がいいんだろう――)
滑らかに声が喉の奥から流れ出ていく。
高く、遠く、響いていく。
羽ばたきとともに
歌声は届くよ
天と地のはざまで生きてゆく
どんな運命が待ち受けようとも
セイリーンは夢中で歌い続けた。
気づくと、セイリーンは一人で歌っていた。
女の子たちも、観衆も高揚した表情で自分を見ている。
自然と手拍子が起こっていた。
(このまま歌って大丈夫、だよね?)
セイリーンはすうっと深く息を吸うと、高らかに歌い続けた。
永遠に続く果てしなき道を
歩く人はそう
皆悠久の旅人
さすらうは人の
歌いきった瞬間に、聴いていた民たちが一斉に拍手喝采した。
「すごい! すごい!」
女の子たちが興奮した顔で抱きついてくる。
「ねえ、もっと歌って!」
子どもたちがわっと寄ってきた。
「ねえ、聴きたい! ディアラド様が気に入った歌を歌って!」
「ええ」
セイリーンは目覚めの歌を歌い始めた。
気づくと、ディアラドとキースも観衆の中に混ざっていた。
セイリーンが歌い終わると、再び万雷のような拍手に包まれた。
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