第37話:ルシフォスの苛立ち

 ルシフォスが鋭く睨むと、仕方なさそうに侍従の一人が口を開いた。


「いえ、その……。どうやらサイラス公爵の元に、ディアラド王からみつぎ物が届いているらしいのです」

「ディアラド? あのグレイデン王国の――」


 意志の強そうな、輝く金色の瞳がまず思い浮かぶ。

 黒い魔獣の毛皮で作ったというマントをこれみよがしに羽織り、周囲を威圧する雰囲気をかもし出していた。


 野卑な田舎者――と歯牙にもかけていなかった。

 だから、セイリーンにいきなり求婚したときも、驚きつつも無作法な辺境の出らしい行動だと嘲笑あざわらった。


 不快ではあったが、ディアラドに注目が集まり婚約破棄発表に対する衝撃がそらされたのは幸いだった。

 特に問題なく婚約破棄が成立したこともあり、グレイデン王国へ抗議をすることもなく見逃した。


 気位の高いサイラス公爵が、辺境王の求婚など認めるわけがない。

 そして、大人しく控え目なセイリーンは魔獣王などと言われる男を忌避きひするだろうという確信もあった。

(セイリーンに求婚を断られ、すごすごと帰ったと思っていたのだが――)


「――そういえば、セイリーンはどうしているのだ?」

 パーティー以来、王城で姿を見かけなかった。


「……なんだ?」

 またもや侍従たちが顔を見合わせて口をつぐんでいる。

 自分だけが蚊帳かやの外に置かれているようで苛立ちが込み上げた。


「早く言え!!」

 ぴしりとむち打つように叫ぶと、侍従たちがびくりとした。

「う、噂ではセイリーン様は今、グレイデン王国で静養なされているようで……」

「それで、ディアラド王から毎日のように公爵家に贈り物が届いていると……」

「毎日? そんなわけあるか。グレイデン王国まで、どんなに急がせても馬で七日はかかると聞くぞ」


「それが……王族が使える近道のようなものがあるらしく……。手紙や贈り物を毎日届け合っているそうで……」

「なんだ、それは! 俺は聞いていないぞ!!」

 思わず叫んだルシフォスの声が廊下に響き渡り、周囲の注目が集まった。

 人々の驚きの視線に、ルシフォスは舌打ちをした。

 王太子という存在である以上、一挙手一投足を見られるのは仕方ないが今はわずらわしくて仕方ない。


「フン……」

(王宮でセイリーンの姿を見かけなくなっていたのは、そういうことだったのか)

 てっきり気まずくて館に引っ込んでいると思っていた。


「なぜ、私に報告がない」

「……セイリーン様の個人的な旅行で外交とは無関係ですので、特に国に報告はなされていません」

「それに我々も公爵と親しい方たちや、侍女たちの噂話から聞いただけですので……」

「最初は話半分で聞いておりましたが、毎日のようにグレイデン王国での話や贈り物を見聞きするので……」


 それが本当なら、公爵が付けてた珍しい細工のブローチもディアラドからの貢ぎ物だったのかもしれない。

無粋ぶすいな田舎者、と侮っていたがなかなかの策士だったかもしれんな……)

(静養と称してセイリーンを連れ去り、連日貢ぎ物をすることでサイラス公爵の機嫌をとる。セイリーンを手に入れるための外堀を埋めているというわけか……)


「しかし、セイリーンは引っ込み思案で気が弱い。家で大人しく本を読んだり、歌ったりするのが好きな女だ。グレイデン王国のような危険で不便な辺境国でさぞや怯え、困惑しているのだろうな……」

 想像すると哀れな気がしてきた。

 王妃になる夢が破れたうえ、辺境の野蛮な王の元へと連れ去られた公爵令嬢。


(一応、元婚約者なのだ……。グレイデン王国に使者をやり、セイリーンを連れ返させてやってもいい)


 侍従たちがまた顔を見合わせる。

「それがそのう……」

「グレイデン王国の王都は、ミドルシア王国に負けず劣らずの立派な城下町らしくて……」

「楽しく町歩きをしたり、花園で静養したり――次は湖畔の別荘へ行くそうです」

「はあ? グレイデン王国など魔物が出るような辺境ではないか! そんなところでは落ち着けまい」


「グレイデン王国の王都は魔物除けの対策がされているそうです」

「旅先に精霊術を使う者も同行させているとか。何よりディアラド陛下ご自身が、魔物どころか魔獣をも狩られる方ですから」

(魔物の中でも恐ろしく強いものは、魔獣と呼ばれるのだったな……)


「そうそう、ディアラド様の馬に乗って狩りにも行かれたとか」

「狩り!? セイリーンが? まさか!」

 ルシフォスは思わず声を上げた。

 気が進まないからと、何度も誘った安全な狐狩りにもかたくなに来なかった女だ。

(あり得ない……)

 ぶるぶると震えだしたルシフォスに、口々に情報を伝えていた侍従たちがハッとした。


「おおかた、ディアラド陛下に強要されたのでしょう」

「そうです。セイリーン様は大人しい方なので断り切れなかったのでしょう」

「獣の皮をかぶっている蛮族の王なんて、おぞましいだけです!」

 侍従たちが必死にお追従ついしょうを述べるなか、侍女がうっかり口を滑らせた。

「でも、ディアラド様って野性味があって素敵ですよねえ。ミドルシア王国の男性にはいないタイプで」


「もうディアラドの話は結構だ。そもそもセイリーンなど元婚約者というだけだ」

 吐き捨てるように言い放ったルシフォスは廊下を進んだ。


(そうだ、俺が捨てたのだ。あの何の取り柄も面白みもない女を!)

(なのに……なぜこんなみじめな気分になる!)


 廊下に飾られた燭台しょくだいを殴りつけそうになったとき、麗しい声が耳に届いた。


「ルシフォス様!」

「ダリアリア!」

 華やかで美しい恋人の登場に、ルシフォスの顔がパッと輝いた。

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