第38話:ダリアリアの要望
「ダリアリア! 登城するなら言ってくれれば迎えにいったのに!」
ルシフォスは思わずダリアリアを抱き寄せたが、ぐいっと手で胸を押し返された。
「どうした、ダリアリア」
「ここは人目があります。別室へ。私はまだ公式に貴方様の恋人とみなされておりませんので」
ダリアリアがきっぱり言うと歩き出す。
「う、うむ。そうだな。おまえたちは廊下で待っていろ」
ルシフォスは侍従たちに命令すると、すたすたと歩くダリアリアの背を追った。
華奢で細身なセイリーンと違い、ダリアリアは豊満な肉体を持つ女性だった。
大きな胸にきゅっとしまったウェスト、滑らかなラインを描く腰周り。
こうして後ろ姿を眺めているだけでも美女だとわかる。
それに、なんと言っても触り心地がいい。
鮮烈な赤い髪の毛も、ミルク色の肌も。
「こちらへ、殿下」
案内した部屋にルシフォスが入ると、甘い空気を
「ルシフォス様にお願いがあります。今建設中の港町ですが――」
「ああ」
久しぶりの
「港町がどうしたというのだ」
ミドルシア王国の南部に建設中の港町は、ダリアリアの実家であるモルゲン侯爵家主導で行われている国家事業だ。
土地の買収、街道の保全などを含め、多額の費用がかかる大事業だったが、モルゲン侯爵の丹念な企画に国からも援助が出たうえ、王族貴族からも投資があった。
港町ができれば更なる交易の発展が見込まれると知りつつも、国自体が安定していたため、誰もこの困難な事業に着手しなかった。
そして、表向きはモルゲン侯爵が取り仕切っているが、実はダリアリアが発案し実行している。
(本当にすごい女だ……)
彼女の大胆さと今後の発展に対する見通しに、ルシフォスはいたく感心し賛同した。
「港町への街道に魔物が出るようになって、いったん開発を止めています」
「なんだと!?」
魔物の出現は開拓にあたって懸案事項の一つとして挙げられていたが、実際に起こるとは思っていなかった。
魔物の姿など、ミドルシア王国ではもう百年以上も目撃されていない。
「だから、未開地の開発はリスクがあると言っただろう? 私も投資しているんだぞ!?」
「ええ、だからこそ投げ出すわけにはいきません。
「簡単に言ってくれるな!」
ルシフォスは苛立ちを隠せなかった。
ただでさえ気分の悪い報告を聞いたばかりなのだ。
「魔物との戦いなど歴史書で読んだくらいだ。現存する魔物の知識や対策は我が国にはない!」
「重々承知しております」
激高するルシフォスに対して、ダリアリアは予想していた反応なのか冷静なままだった。
これがもしセイリーンだったら、憤るルシフォスに慌てふためき、必死で許しを請うただろう。
いつも控え目で機嫌取りに終始し、気づきや驚きを与えてくれないセイリーンが物足りず、革新的な発想と卓越した行動力があるダリアリアに惹かれていった。
だが――こうも落ち着いた様子で対応されると、まるで自分が愚かで幼稚な子どものように感じて不快だった。
「ですが、今更港町の建設を放棄する選択肢はありません。なので、グレイデン王国の力をお借りしようと考えています」
「グレイデン王国の?」
今一番聞きたくない言葉に、ルシフォスは顔を歪めた。
「はい。幸い、ディアラド様は前王のブレイク陛下同様、ミドルシア王国に対して友好的なお方です。魔獣を狩ることもできる実力者ですし、これまでのグレイデン王国の歴史を
「……」
ダリアリアの言うとおりだった。
魔物との長い縄張り争いに勝ち、なんとか国を制定して外交を始めたばかりのグレイデン王国。
対魔物の知識や戦闘力においては、ミドルシア王国や近隣諸国とは比べものにならないだろう。
「ディアラド様の兵をお借りし合同の討伐隊を結成して、現場の指揮をとってもらうのが現実的だと思われます」
「は? 頭を下げろというのか? あんな辺境の王に!?」
「……対等な取引、という形を取ることになるでしょう。相手が何を望むかによりますが、ディアラド王は分をわきまえた賢王とお見受けしました。快くお受けくださると思います」
「おまえ、ディアラドと話したことがあるのか……!」
聡明なダリアリアに『賢王』と呼ばれるディアラドに対して、嫉妬の入り交じった怒りが込み上げる。
「はい。父と一緒に少しお話をさせていただいたことがあります」
ダリアリアが当然のように答えた。
モルゲン侯爵は有能な貿易商でもある。
まだ開拓の余地のある辺境国に一早く目をつけるのは自然と思いつつも、裏切られたような苦い思いが込み上げる。
「私に隠れて他の男と……っ」
「……お恐れながら、私の仕事相手はほとんどが男性です」
ダリアリアがきっぱりと答えた。
いつもの甘えてくるダリアリアとは全然違う。
仕事関連の話になると、ダリアリアはさっとスイッチを切り替える。
その落差もまた魅力だったし、ダリアリアが効率を考えてディアラドを頼れと言うのも理解できる。
だが、ルシフォスは心をかき乱されてしまっていた。
「ならば、おまえから頼めばいいだろう!」
「相手は若いとはいえ大国の王です。侯爵家の人間が依頼するのは失礼に当たります。国家事業ですし、ここは王族同士の取引、という形にするのが適切でしょう」
「……っ」
ダリアリアは正しい。
それがわかっていてもなお、ルシフォスの苛立ちは収まらなかった。
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