第17話:城での夕食

 荷物の整理や着替えなどをしていると、あっという間に夕食の時間になった。

 城侍女に案内され、南部の服に着替えたセイリーンは二階にある食堂へと案内された。


「セイリーン! 着替えてくれたのか! とてもよく似合っている!」

 待ち構えていたディアラドが、わざわざ席を立って誉めにきてくれる。

「ありがとうございます。とても着心地がいいです」

「そうか! 南部の服はくつろぐのにぴったりだからな!」


 よく見ると、ディアラドも同じ南部の服に着替えていた。

 薄い布地の服なので、彼の引き締まった体のラインが見てとれた。

 セイリーンは見とれかけ、あわてて視線をそらせた。

(人の体をじろじろ見つめるなんて不躾ぶしつけだわ……)


「ケイトも似合っているな!」

「私にまでご用意いただきありがとうございます」

 ケイトの部屋にも同じようにたくさん服が置かれており、セイリーンはディアラドの気遣いに感激していた。


「では二人とも、席についてくれ」

「え、いえ、あの、私は侍女ですので別の部屋でいただきます!」

 ディアラドのいざないにケイトが慌てて遠慮する。

「一緒に食べるのは嫌か? 昼間は茶館で同じ卓を囲んだだろう?」

「あ、あれはお店だったので」

「嫌でなければ一緒に食べてくれ。その方がセイリーンも安心だろう」

 セイリーンを引き合いに出され、ケイトは意を決したようにテーブルについた。


 向かいに座っているキースが、固い表情のケイトを見つめる。

「王と同じテーブルにつくってミドルシアの人間だったら緊張するよな。でも、すぐに慣れるさ」

「はい……」


「よし、では料理を運ばせよう」

 ディアラドがそう口にすると、大皿に載った料理が次々と運ばれてきた。

「口に合うといいが……」

「大丈夫、ウチの料理長は腕がいいから」

 なぜかキースがドヤ顔で言う。


「こいつは味にうるさくてな。結局、王城の料理長を自分で探してきたんだ」

「美味いもの食わないと元気が出ないし、やる気も出ないだろ。食事は大事だ」

 キースが大真面目な顔で言うと、さっそく肉を野菜で巻いたものを食べ始めた。

「今日は精霊術をたくさん使ったからな! 食わないと!」

「明日もこき使うからな。しっかり食っておけよ」

「人使いの荒い王様だな!」

 二人が楽しげに話しながら次々と食べていく。

 くだけた様子につられ、セイリーンとケイトも食事を始めた。


 どれも初めて食べる料理ばかりだったが、驚くほど美味しかった。

 次々と料理に手が伸びていく。


「どうだ、セイリーン。口に合うか?」

「見りゃわかるだろ。めっちゃ食べてるじゃん、セイリーン嬢もケイトさんも」

 キースの言葉に、もりもり食べていた二人は顔を赤らめた。


「よし、どんどんもってきてくれ」

 更に追加された多彩な皿に、さすがにセイリーンは悲鳴を上げた。

「こ、こんなに食べられません!」

「無理に平らげず、好きなだけ食えばいい。残りは俺たちが食べるから」

「ど、どれにしよう……」

「一つずつ、全部いきましょう」

 ケイトも腹をくくったようで、初めて見る料理を堪能している。


「その熟成卵、おすすめ。黄身がトロットロで美味いんだよなあ……」

「こっちの熊肉の揚げ物もつまんでみろ。柔らかくて食べやすいから」

 キースとディアラドがいろいろ勧めてくれる。


 作法や地位など頓着しない、まるで友人同士のような気楽な食事だった。

 初めての場所での異国の食事なのに、家で食べるよりもずっとくつろいでいることにセイリーンは気づいた。


 家でも貴族の令嬢らしい振る舞いを求められた。いつ何時どこに招かれても恥ずかしくないように、と厳しく教育された。

 きっと、ミドルシアではこの食事風景を見て眉をひそめる貴族や王族が多いだろう。

 だが、セイリーンはグレイデン式の食事をおおいに楽しんだ。


        *


「ああ、お腹いっぱいですねえ。おしかったなあ……。私、肉を薄い生地で包んだピリ辛のやつが気に入りました」

「私は熊の肉が美味しくてびっくりしたわ」

「ですよねえ! ミドルシアでは熊肉なんて食べないですから」


 ケイトも夕食会が楽しかったようで、興奮気味だ。


「明日は静養地の別荘ですね。楽しみですねえ」

「ええ」

 セイリーンは鏡台に置かれた数々の化粧品やくしなどを手に取った。

 どれもいい香りがする。

 櫛はするりと髪をとおり、何回かすくと髪がツヤツヤになった。

「すごい! これ何でできている櫛なのかしら!?」


 振り向くと、ケイトがソファに横たわっていた。

「ケイト……?」

 すうすうと安らかな寝息を立てているケイトにホッとする。

 気を張っていた上に満腹になり、部屋に戻って緊張の糸が切れたのだろう。


「ありがとう、ケイト。こんなに遠くまで付いてきてくれて……」

 セイリーンはベッドに置かれていた毛皮をケイトにそっとかけた。

 ソファはケイトやセイリーンには大きすぎるサイズだ。

 充分ベッドの代わりになる。

(しばらく寝かせてあげたい……)


 そのとき、控え目なノックの音がした。

「セイリーン、今いいか?」

 囁くような小さな声はディアラドのものだった。

 ケイトを起こさないよう気をつけながら、セイリーンはドアに駆け寄った。


「どうしたんですか?」

 ドアを開けると、ディアラドがホッと顔を緩めた。

「夜に女性の部屋を訪ねるのは失礼だとキースに言われていたんだが……。どうしても見せたいものがあって。……ケイトは?」

「寝ています」

 窓際のソファで眠っているケイトを見て、ディアラドが躊躇したように尋ねてきた。


「一人で来るは怖いか?」

「いえ……大丈夫です」

 セイリーンは即答した自分に驚いていた。

「そうか!」

 ディアラドの顔がパッと輝く。

「心配するな。王城の警備は厳重だ。それに俺がいるから!」

「はい……」


 これがディアラド以外の男性だとしたら、決してついていかなかっただろう。

 婚約者や夫以外の男性と夜に二人きりになるなど、あり得ない。

 だが、すっかりディアラドを信頼してしまっている自分がいた。


「こっちだ、セイリーン」

 ディアラドが手を引いて階段の方へと誘ってきた。



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