第11話:静養地の計画

「さっそく明日、出発しよう!」


 ディアラドの性急な申し出に、オーブリーは慌てた。

「いえ、いくらなんでも明日は! 用意もありますから……」

「用意? 身の回りのものは最低限でいい。こちらですべて用意するし、もちろん馬車も俺の馬車を使えばいい」

「グレイデン王国までは森を抜け、険しい山を越える必要がありますよね? 娘の体調をかんがみると――」

「ああ、それは心配ない。半日もかからぬ。な、キース」


「ええ、サイラス公爵。王が使える特別な『道』があるのです。それを使えばそうですね、2時間もかからないかと」

「そ、そんな道があるなんて聞いておりません。険しい山々が大規模な交易を困難にしているのでは……?」


 オーブリーの疑問にキースが答える。


「それは普通の道ですね。私たちが使うのは『魔道まどう』と呼ばれる、魔術によって作られた道です。一度に馬車二台ほどしか通れませんから交易には向きませんが、王の移動に使用しております」


「はあ……。魔術の道……危険ではないのですか?」

「王と王が許可したものが通る分には大丈夫です」

「万一に備え、必ず魔術か精霊術にけたものを連れている。このキースがそうだ」

 ディアラドの説明を受けても、まだオーブリーは半信半疑だった。


「それにしても2時間で……? 本当に?」

「ええ。馬車の座席も毛皮を敷き詰めますし、体への負担はほぼないかと」

「そ、そうなんですね……」


「でも、遠い国で大切なご令嬢がどう過ごされているかご心配でしょう。毎日手紙のやり取りをしてはいかがでしょう?」

「て、手紙?」

 思ってもみなかったキースの提案にオーブリーが動揺する。


「ええ。使者に魔道を使わせて、毎日公爵家と手紙のやり取りをするのです。それならば、だいぶ安心できるのではないですか?」

「……娘がもし帰りたいと言った場合は……」

「もちろん、即公爵家に送り届ける。さっきも言ったように行き来に半日もかからぬ」


 ディアラドがオーブリーの前に立った。

「俺はセイリーンを大事に思っている。絶対に彼女を守るし、彼女の意に沿わないことはしない! 帰りたい、俺のそばが嫌だと言うのならば、すぐに帰す。とはいえ、俺の言葉だけでは心配だろう。これを置いておく」


 ディアラドが腰に下げていた剣をオーブリーの前に差し出した。

 ずしりと重いその剣は、美しい細工が施された鞘に入っており、柄頭には赤い宝石が飾られていた。


「これは――?」

「代々、王に受け継がれている王剣だ」

「……は?」

 信じられないというようにオーブリーがぽかんと口を開けた。

「お、王剣……?」

「様々な魔術が施されており、どんな魔物でも切り裂ける特別な剣だ」

「国で一番の宝ですね」

 キースがさらっと言い放つ。


「ちょっ、そんな大事なものを預かるわけには……!!」

 慌てて返そうとするオーブリーに、ディアラドが首を振った。

「いや、足りないくらいだろう。セイリーンと王剣では等しくない。セイリーンの方が大事だ」

 言い切ったディアラドに、ぐっとオーブリーが詰まった。


「しかし、この剣が万一誰かに奪われでもしたら……」

「ああ、盗まれても大丈夫だ。この剣は魔剣でもある。ゆえに主を選ぶ。狼藉者ろうぜきものがいくら使おうとしても、鞘から剣を抜くことはできぬ」


「凄まじい魔力を帯びていますから、魔術師や精霊術士ならば探知できます。

ご心配なく」

 キースがさらっと補足する。


「そんなわけで王剣をお預けする。必ずセイリーンを無事に帰すゆえ、ご心配召されるな」

 ディアラドの言葉にオーブリーは頷くしかなかった。

 ここまで王に誠意を見せられたなら信頼するしかない。


 ディアラドがセイリーンの前にひざまずく。


「セイリーン。そなたは必ず俺が守る。何も考えず、ゆっくり休めばいい。我が国は広い。きっとそなたの気に入る場所がある」

「……花畑はありますか?」

 青空のもと、花畑に寝そべる自分の姿が浮かぶ。

(あんな夢が叶うだろうか……)


 ディアラドの顔がぱっと輝いた。

「ああ! そなたの瞳の色のような青い花が一面に咲いている丘がある。見渡す限り、海原うなばらのような真っ青な花畑だ」

「……連れていってくださいますか」

 セイリーンはすっとディアラドに向かって手を伸ばしていた。

 無意識の仕草だった。

「ああ、喜んで。セイリーン」

 ディアラドがそっとその手を取った。


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