第19話:グレイデンの朝

「お嬢様、朝ですよ……あ、起きてらっしゃったんですね!」

「え、ええ」


 大きな窓からは、爽やかな朝日が惜しげもなく差し込んでいる。

 セイリーンは自分でも驚くほどよく眠れ、清々しく目覚めた。


(他国にいるのに……)

 思っていたより自分は図太い人間なのかもしれない。


「昨晩は申し訳ございません、ソファでうたた寝をしてしまうなんて……」

「いいのよ、ケイト。疲れたでしょう。他国にたった一人ついてきてくれたんですもの」


 ケイトはセイリーンの世話だけでなく、護衛まで兼ねることになってしまった。

 異国で自分と主人の身を守るため、ずっと気を張っていたに違いない。

 ディアラドに送られて部屋に戻ってから起こすと、ケイトは気の毒になるほど狼狽ろうばいしていた。

「お恥ずかしいです……。こんなことお屋敷の奉公を始めたばかりの十二歳の時以来です」

「わかるわ……。私もこんなにぐっすり眠ったのっていつ以来かな……」

 旅疲れもあったのだろうが、何より安心して眠れた気がする。


 朝の支度を終えると、セイリーンは廊下に出た。

「あっ、ほら、来ただろ!」

 廊下でキースとディアラドが待ち構えていた。

「女性ってのは朝の身支度に時間がかかるもんなんだよ。貴族のご令嬢だぞ? 俺たちみたいにパパッとはいかないんだよ」

「あの、お待たせしてしまって……」

「いや、何事もなければそれでいいんだ。心配になっただけで……」

 顔を赤らめたディアラドが横を向く。

「その服もよく似合っている……」

「あ、はい。ありがとうございます! すごく着心地もいいし、綺麗です……」

 今朝セイリーンが選んだのは、淡いブルーに花の透かし模様の入ったワンピースだ。

 ミドルシアの服と違い腰紐を結ぶだけのシンプルなデザインで締め付けがなく、布地が柔らかいので動きやすい。

「そうか、よかった」

「おまえ、なんで顔をそむけてるんだよ。照れてるのか? 痛っ!」

 バシッと頭を叩かれたキースが顔をしかめながらセイリーンたちに目を向けた。

「二人ともグレイデン王国の服がすごく似合ってる。今日も馬車の旅だから、ミドルシアの服より楽でいいよ」


「私の分まで……ありがとうございます」

 ケイトが頭を下げると、ディアラドが手を振った。

「当然のことだ。そなたが付いてきてくれなければ、セイリーンも来るのを躊躇ためらっただろう。ケイト、そなたの決断と勇気に感謝している」

 ディアラドが胸に手を当て、静かに頭を下げた。

「そんな! ディアラド様、やめてください! 私のようなものに頭を下げるなど!」

 ケイトが悲鳴のような声を上げると、ディアラドが不思議そうな表情になった。

「なぜだ。感謝の意を伝えるのは誰であろうと当たり前だ」

「で、でも身分が違います!」

「ここはグレイデンだ、ケイト。気にするな」

「は、はい……」

 ケイトはまだ動悸が収まらないのか、胸に手を当てて大きく息を吐いた。

 ミドルシアではそもそも侍女が、直接国王と話す機会などない。


「おいおい、ディアラド。すっかり怯えさせてどうすんだ、この空気」

「飯だ! 元気がない時は美味い飯を食うのが一番だ! 朝食を庭に用意させたんだ。いい天気だから、外で食おう!」

 高らかに宣言するディアラドに、キースがため息をつく。

「ったく、ケイトさんはおまえの男友達じゃねえっての。まあ、でも確かに美味い飯を食うのは賛成だ。行こう!」

 キースが意気揚々と廊下を歩き出す。


「昨日行った茶館を覚えているか?」

 セイリーンはディアラドの問いに頷いた。

「ええ。とても美味しかったです」

「あの店の主人、モエナに朝食を作ってもらったんだ。特別に招いて! きっと口に合う!」

「えっ、わざわざ彼女を呼んだんですか!?」

「朝食用のメニューがあるらしくてな。南部で流行っているらしい。パンケーキというお菓子のようなパンのようなよくわからん料理だ」

 キースがどかっとディアラドの足を蹴る。

「おまえの説明ダメすぎ!! 女性に人気のある華やかな朝食なんだ」


 キースの言うとおり、中庭に用意されたテーブルには美しくいろどられた皿が並べられていた。

 緑に囲まれた中庭は、朝の光が燦々さんさんと降り注ぎ、まばゆいばかりだった。


 きちんと黒髪を結い上げたモエナが笑顔で迎えてくれる。

「おはようございます、皆様」

「わあ……すごい! 綺麗ですね!」

「ありがとうございます。ディアラド様にお二人に喜んでもらえる朝食を、と言われたので張り切りましたよ!」


 鮮やかな彩りの皿にケイトも心を奪われたようだ。

「花が! 花が飾られています! お嬢様!」

 ケイトの感激の声に、モエナが微笑んだ。

「ふふ……これ、食べられる花なんですよ」

「えっ……」

「香りもいいですから、楽しんでくださいな。お茶は何にします?」

「俺はいつもの」

「俺もだ」

「お二人には聞いていませんよ。セイリーン様とケイトさんにお尋ねしているんです!」

 モエナがくすくす笑いながら、即答した二人をたしなめる。


「ディアラド! おまえのせいでモエナさんに叱られたじゃねーか」

「おまえの方が先に言ったと思うが」

 笑い声が響く中庭で食べる朝食は美味しくて、セイリーンは自分でも驚くほど食が進んだ。


 食後のお茶を飲みながら、ディアラドが今日の計画を語り始めた。

「まず一番近い静養地に行こうと思う。湖畔の別荘でゆったり過ごしてもらうつもりだが、馬車で一日以上かかるから、途中で王立花園に寄って一泊する」

「王立花園?」

「花の栽培を任せている場所があるんだ。今ちょうど花も見頃だし、休憩するにはぴったりだろう」

「素敵です、花園なんて」

「花畑もある。セイリーンに見せたい」

 ディアラドのわくわくした様子に、とっておきの場所なのが伝わってくる。


出立しゅったつ前に公爵家に送る手紙を預かろう。魔道を使ってすぐさま公爵家に届けさせる。返事をもらったら、すぐ静養地に持ってこさせる。早ければ今晩、返事を持ち帰られるはずだ」

「ありがとうございます」


 手紙にしろ、花畑にしろ、ディアラドはセイリーンとの約束をきっちりと守ってくれる。

 セイリーンは感謝と信頼を込めて、てきぱきと指示するディアラドを見つめた。



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