第20話:王立花園

「うわあ……」


 馬車に揺られること半日。

 セイリーンたちが降り立った場所は、一面の花畑がどこまでも続く丘のふもとだった。


「こんな場所があるなんて……」

 薄青の花が咲き乱れる丘にセイリーンは目を見張る。

「ラピスフラワーの花畑だ。この光景をそなたに見せたかったのだ」

「まるで花の海ですね! 本当に……すごい! 丘が全部花で覆われている……!」


 花で真っ青に染まった丘は、まるで海原にいるような圧倒される光景だった。


「その丘の向こうにはまた別の花が咲いている。ここからは歩いて行くか」

「はい!」

 セイリーンは丘に作られた小径をゆっくり歩いていった。

 そよ風と鳥のさえずりが心地いい。


 丘の上に立つと、その向こうにあるピンク色の丘が見える。

 目の前に現れたまた違う花畑にセイリーンは思わず声を上げた。


「すごい……! これ……ディアラド様が……?」

「いや、父が連れてきた園芸師に任せている。シャイアという女性で、もともとは花園の管理人として呼んだんだが、好きにやらせているうちにこんなすごいことになった」

「まあまあ、だよな。俺の薬草園の方が貴重な草花が多いけど」

 キースがフンと鼻を鳴らす。

「キースさんは薬草園をもたれているんですか?」

 ディアラドが頷く。

「王都の近くにある。薬草園……というか、趣味で気味の悪い植物を集めている」

「気味が悪いとはなんだ! あの稀少な草花を育てるのに俺がどんなに苦心しているかっ……!!」

「わかった。わかったからそんなに顔を近づけて叫ぶな。唾がかかる」

「俺の薬草園を馬鹿にするからだよ!」

 キースがずかずかと花の丘の小径を歩いていく。


「……何か悪いことを言ってしまったでしょうか」

「気にしなくていい。キースはどうもシャイアをライバル視していてな。あいつは興味がある人間にしか噛みつかないから、シャイアが有能と認めているんだ」

「……面倒くさい人ですね」

 ケイトがぼそっとつぶやく。

「はは! その通りだ!」

 耳聡いディアラドが楽しげに笑い、ケイトが慌てて口をつぐんだ。


「やだ……毒舌なのがバレた……」

「ディアラド様はすごく敏感なんだよね。ちょっとした音とか仕草とか……きちんと捉えるの」

「……豪胆に見えて繊細なんですね……あ、これって悪口じゃないですからね!?」

「大丈夫だよ、ケイト。ほんと、細やかなんだよね。思いやりとか気遣いとか……」

 野卑で無骨というグレイデンのイメージがどんどんくつがえっていく。


「ようこそ、ディアラド様!!」

 丘を越えた先にある館から、一人の女性がピンク色の髪をなびかせて走り出てきた。

 シンプルなワンピース姿の快活そうな女性だ。


「久しいな、シャイア。今日は世話になる」

「ご訪問いただき光栄です!!」

 優雅な仕草で礼をしたシャイアが、セイリーンたちに微笑みかけた。


(わあ……)

 思わずうっとりと見とれてしまうような艶のある笑みだった。

 すっきりした切れ長の目はラベンダーのような薄紫色、なめらかな曲線を描く体をつたう長い髪はピンク色と、彼女自身がまるで一輪の花のようだ。

 花園の管理人と聞いて想像していたより、ずっと若い。

 セイリーンより、せいぜい四、五歳上くらいだろう。


「こちらがミドルシア王国から来てくれたセイリーンとケイト。王立花園の管理を任せているシャイアだ」

「初めまして、セイリーン様。 シャイア・ルブランと申します。このたびは王立花園にお越しいただいて感激です」

「お世話になります。すごく綺麗な髪ですね。初めて見ました、ピンク色の髪……!」


 セイリーンの言葉に、シャイアが嬉しそうに微笑む。

「ありがとうございます。私からするとセイリーン様のような輝く金色の髪がとても珍しいです」

 シャイアの笑顔にセイリーンはホッとした。

 グレイデン王国の人たちは異国の人間にも鷹揚に接してくれる。

 これも前王とディアラドのおかげだろう。


「私はもともと狩りをする一族に生まれたのですが、私は狩りにあまり興味がなくて。それよりも草花を育てることに夢中で変わり者扱いされていて」

「シャイアは素晴らしい園芸の才能があるのだが、一族の中では草花など何の腹の足しにもならないと不遇でな」

「肩身が狭かったんですけど、6年前……16歳のときに部族を訪ねてきたブレイク王にスカウトされて。この花園を任されることになったんです」


「22歳でこれだけの花園と花畑を作るなんて……すごいですね!」

 花を綺麗に咲かせるのは難しいと聞く。

 公爵家も専任の庭師を雇っているが、年配の者がほとんどだ。

(際立った才能があるんだなあ……)


「お疲れでしょう。お茶の用意をしておきました。どうぞ、館へ」

 シャイアに誘われ、四人は館に入った。

 明るい庭がよく見える客間に通される。


 出されたお茶をキースがくん、と香りをかいだ。

「ふーん、この香りベルガモットとラベンダー?」

「お疲れでしょうからカモミールも加えてるわ。お気に召さなければキースが好きに配合してもいいのよ」

「別に……」

 キースが大人しくカップに口をつける。どうやら納得のいく味だったようだ。


「セイリーン様はいつグレイデン王国へ?」

「昨日だ。城で一泊してここに来た。落ち着いた場所で静養してもらいたくてな」

「嬉しいです。この花園を選んでくださって。ゆっくりお過ごしくださいね。そうそう、今が見頃のバラ園があるんです。お茶を飲んだら、ご一緒にいかがですか?」

「ええ、ぜひ!」

 異国のバラ園に花好きのセイリーンの胸は高鳴った。

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