第21話:シャイアの恋心

 お茶のあと、セイリーンたちは館の裏庭へと案内された。


「ここが入り口です」

「素敵……門もバラなんですね!」

 セイリーンは感嘆の声を上げた。

 つるバラを絡ませたアーチ状の門をくぐると、様々なバラが咲き乱れる光景にセイリーンは圧倒された。

 まるで色彩の洪水のようだ。


「うわあ、こんなに種類があるんですね……!」

 シャイアが笑顔で頷く。

「今、グレイデンではバラが流行しているんですよ。手入れが大変だけど、需要があるので頑張って育てています」

「わあ……すごい! 花びらの色が三色あるバラなんて初めて!」

「今、品種改良をしているんです。美しくて、丈夫なバラを作ろうと思って」

 シャイアの説明を聞きながらバラ園を進んでいく。


 バラ園には若い男女が数人働いており、セイリーンたちに笑顔で挨拶をしてくれた。

「あれはお弟子さんですか?」

「そうなんです。広いからいくら人手あっても足りなくて……。早く指導者をたくさん作るのが目下もっかの目標です」

「お忙しいですね。花を育てるだけではなく、人材育成もなんて……」

「ほんと、寝る間も惜しいくらいです。……そうだわ。ディアラド様」

「ん? なんだシャイア」

 バラを見ていたディアラドが振り返る。

「南部に新たに作るハーブ園のお話ですけど……バラ園も作ってみたいんです」

「構わないが……人手は足りるのか?」

「そうなんですよね。週に一回って考えていたんですけど、私が週の半分を南部に行くことにするとか……」


 シャイアの提案にディアラドが顔を曇らせた。

「そなたには王都の近くにいてもらいたい。指導者をもっと増やすようにできないか?」

「一族からも何人か希望者はいるのですが、今度王都でも募集をかけたいです。王都では花を愛でる人たちがたくさんいるので、仕事に興味を示してくれる人もいるかと」

「わかった。具体的な募集要項や日程などまとめてくれ。あと、バラ園にかかる費用や人手なども併せて」

「はい。ディアラド様のお仕事を増やしてしまって申し訳ないですが……」

「何を言う。門外漢の俺にはわからぬことだらけだ。そなたがいてくれて助かる」

「ありがたいお言葉です」

 シャイアの顔にうっすら赤みが差した。


(あ……)

 セイリーンは気づいてしまった。

 シャイアのディアラドを見る目には、ほんのりと熱がこもっている。

(もしかして、シャイアさんはディアラド様のこと――)


「そなたが美しい花園を作ってくれたおかげで、セイリーンにも喜んでもらえた!」

 無邪気なディアラドの言葉に、シャイアの顔から表情が一瞬消えた。

 が、シャイアはすぐに笑顔を浮かべた。

「今後も精進致します。では、ごゆっくり。私は手入れに戻ります」

 華麗に一礼をすると、シャイアがピンク色の髪を揺らせて弟子たちの元へと歩み寄る。


「どうだ、セイリーン。バラ園は気に入ったか?」

 ディアラドの問いに、セイリーンは頷いた。

「素晴らしいです。ミドルシアでもなかなかこの規模のバラ園はお目にかかれません」

「そうか! シャイアは本当に有能でな。たった6年でバラ園は倍の規模になったし、草原を花畑に変えてしまった」

 ディアラドが惜しみない賞賛を送る。

「すごいですね……シャイアさんは」

 若くして王から認められ、重要な仕事を任されるほどの才能と実力がある。

 そしてハッとするような美しさをもつ、まるでダリアリアのような人だ。


 セイリーンは楽しい気持ちがみるみるしぼんでいくのを感じた。

(きっと男性なら――誰でも夢中になる)

 ダリアリアはその見目麗しさもさることながら、才気によって男性たちからも一目置かれており、憧れの眼差しを向けられていた。


(それに比べて私は、ただ公爵令嬢というだけ……)

 自分がちっぽけでつまらない存在だと、改めて突きつけられた気分だ。


「ディアラド様ー!」

 弟子たちがディアラドを呼ぶ。

「こっち来て見てくださいよ。新種のバラ、うまく咲いたんですよ」

「ちょっと行ってくる」

 ディアラドが駆けていく。

 その大きい背中を、セイリーンはぼんやり見つめた。

(民に慕われている若き王――)

(本当になぜディアラド様は私なんかを……)


 つまらなさそうに花園のベンチに座っているキースに、セイリーンは思わず声をかけた。

「キースさん、ディアラド様ってモテるんですよね?」

「は? 急に何ですか?」

 キースがぎょっとしたような顔で見上げてくる。

「あ、すいません、その……ちょっと気になって」

 キースはすぐにピンときたようだ。

「ああ。シャイアのことか。モエナさんもそうだけど、あいつ天然のタラシだよなあ」

「ええっ、モエナさんも……!?」

「あっ……俺、もしかして余計なこと言った!?」

 驚くセイリーンに、キースが慌てて口を押さえた。


「あー……てっきり気づいていると思ってた」

「すいません、私は恋愛事にうとくて……」

 確かに店に入るとモエナは満面の笑みで迎えてくれた。

 今朝もわざわざ朝食を作りに城に来てくれていた。

 だが、王都の人たちは皆ディアラドを歓迎していたので、特別な気持ちがあるのだと気づかなかった。

 いや、モエナが気づかせないようにしていたのかもしれない。


「ディアラド様、素敵ですものね……」

「あいつ、あんまり自分の魅力わかってないんだよな。強さには自信があるけど、他はピンときていないというか……」


 ミドルシア王国のパーティーでは女性たちはディアラドを遠巻きに眺めていたように思う。

 だが、非公式の場で個人的にディアラドに声をかけていた女性もいるかもしれない。


「どこに行っても女が寄ってくるのに全然恋人を作らないし、縁談は全部断るし。想い人がいる、とは言っていたけど、まさかミドルシアの公爵令嬢とはなー」

 キースがふっと笑む。


「……なんで私なんでしょう」

 ぽろっと本音がこぼれ落ちた。

「私みたいな冴えない、何の才能もない地味で退屈な……」

 キースがはあっとため息をついた。

「……あんたもなあ。自分のことわかってないやつ多過ぎ」

「え?」

「いや、何でもない。本人に聞いてみれば?」

「えっ……?」

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