第22話:ディアラドと女性
キースが灰色の右目でじっと見つめてくる。
「そんなの直接本人から聞くしかないだろ。行ってきたら?」
「で、でも――」
「あんた静養に来たんだろ? もやもやを抱えずに手放してこいよ。本人がすぐそばにいるんだし」
キースが園芸師たちと歓談しているディアラドを顎で差す。
「……」
(見たくないものを見ない振りをして――婚約破棄になってしまった)
(気になることがあるのならば、ちゃんと相手に向き合わないと)
(怖いけど、変わるのだと決意したのだから)
「私、行ってくるね、ケイト」
「はい。ここでお待ちしております」
ケイトが一人で行かせても大丈夫だと判断してくれたことにホッとする。
この場にセイリーンに危害を加えるものはいないと、ケイトも同じように感じてくれているようだ。
セイリーンはドキドキしながら花園を進んだ。
「ディアラド様……」
おずおず呼びかけると、シャイアたちと談笑していたディアラドがハッとしたようにこちらを見た。
「どうした、セイリーン! 何かあったのか?」
「いえ、お話し中すいません。あの、後で少しお時間をいただけませんか? 二人でお話ししたいことが――」
ディアラドの反応は早かった。
「わかった。すぐ行く。ではシャイア、また後でな」
「はい。失礼致します」
ぺこりと一礼し、シャイアたちが遠ざかっていく。
「あっちに
ディアラドが何よりも自分を優先してくれていることが、申し訳なくもとても嬉しくてセイリーンは涙ぐみそうになった。
東屋に着くと、セイリーンは木のベンチにディアラドと並んで座った。
「どうしたのだ……?」
「えっと、あのですね……」
なんと切り出していいのかわからない。
もじもじしているとディアラドがぐっと顔を寄せてきた。
「もしかして帰りたいのか?」
「い、いえ、違います!」
ディアラドの金色の目が不安げに揺れている。
(ずっと彼は怖がっている。私がいなくなるのを――)
「ディアラド様はご縁談がたくさんあったと聞いています。それに、思いを寄せる女性も多いとか」
「……? キースが何か余計なことを言ったのか?」
ディアラドが険しい表情になったのでセイリーンは慌てた。
「いいえ! その、なぜこれまで魅力的な女性に囲まれているのに、恋人を作らなかったのか気になって……」
「……」
「わ、私の歌を気に入ってくださったのは聞いています。でも、それから5年間、ろくに話しもしていないのに――」
誇りを持ち、やりがいのある仕事をしている美しい女性たちが、ディアラドを憧れの眼差しで見つめていた。
付き合いも長そうだし、普通ならば心をほだされるのではないだろうか。
ディアラドが首を傾げる。
「……もともと俺は女性は弱くて苦手なんだ」
セイリーンはびくっとした。
弱い女――まさしく自分のことではないか。
一方的に婚約破棄されて、部屋にこもることしかできなくなった自分――。
セイリーンの固い表情に、ディアラドがハッとする。
「ああ! 違う! 誤解しないでくれ! そういう意味じゃない! ああ、もう俺はどうしてこう言葉足らずなのか……!」
「でも、実際そうです。私は弱くて……ダメで」
「そなたは弱くはない!」
ディアラドがきっぱり言い切った。
「突然の婚約破棄などと一番つらい場面でも、凜としていた。自分のことより、両親や周囲の人間を気遣っていた! なんと芯の強い女性かと惚れ惚れして見ていた」
「は……? そんな……誉めすぎです」
「いや、あの場にいた者は皆、同じ感情をそなたに抱いただろう。不意打ちを食らえば、屈強な男ですら立ち上がることはできない。あれは――ルシフォスのしたことはそれと同等の容赦のない無慈悲な行為だ」
「……っ!」
まったく何も知らされず、社交界の面々が集まっていた場での婚約破棄――。
あのとき受けた衝撃は確かに――心を粉々にする一撃だった。
「だが、そなたは倒れず踏み留まった。セイリーン、あの場で泣き崩れていたとしても、俺はそなたを弱いとは思わなかっただろう。あんな目に遭わされれば当然のことだ。なのに、そなたは涙をこらえ、背筋を伸ばし、堂々と落ち着いて対処した。その場の混乱を見事に収めたのだ」
そっと大きな手が伸ばされ、少し
「俺の目には――そなたは誇り高い戦士のように見えた」
「戦士……」
「あっ、女性に戦士というのは褒め言葉じゃないのか!? ダメだったか!?」
おろおろするディアラドに、セイリーンは思わず微笑んだ。
きっと彼にとってそれは最上級の賞賛なのだろう。
(戦士……そんなことを言われたのは初めてだ)
セイリーンの強張りがとけたのに気づいたディアラドが、ホッとしたように表情を緩めた。
ディアラドがひざまずいて、そっと手を取ってくる。
「俺がさっき言った『女性が弱い』というのは『体が男より弱い』という意味だ」
「え?」
セイリーンはきょとんとした。
「……女性は男より、簡単に死んでしまう。母は俺が13歳の時に亡くなった。
「そんなにお早く亡くされていたのですね……」
確かにミドルシア王国に来るのは父王とディアラドのみ、そしてグレイデン王国に来ても母君の話は一切出なかった。
「母は馬に乗って狩りをし、魔物とも戦う強い女性だった」
「……魔物とも!」
グレイデン王国では女性も剣や弓を使うとは聞いていた。
長年辺境の地を切り開き、獣だけでなく魔物とも戦ってきた歴史があるためだが、実際に聞くとやはり驚いてしまう。
ミドルシア王国ではたまに乗馬が趣味で、男性に交じって狐狩りをする令嬢もいるが、安全な場所での趣味の域を越えない。
生活のためや身を守るために武器を手に取ることはない。
「母の狩りの腕は男たちと
ディアラドが思い出を懐かしむように自分の手を見つめた。
「優しく強い母だった。13歳だった俺は狩りの楽しさに夢中になり、いっぱしの大人になった気分だった。母に甘えることなどなくなっていた」
ディアラドの目が遠くを見つめる。
「なのに――母がいなくなったら、自分の中が空っぽになったかのような空しさがあった。いつも当たり前のように笑いかけ、話しかけ、頭を撫でてくれた人がいない。俺は食欲が落ち、狩りも何もかも楽しめなくなっていた」
セイリーンはどきりとした。
大好きだった歌も歌えなくなった自分と重なる。
どれほどの喪失感をディアラドが抱えていたか、少しわかる気がした。
「虚ろな俺を父は心配してあちこちに連れていってくれた。いろんな人たちと出会い、少しずつ俺は元気を取り戻した。シャイアと出会ったのもその頃だ」
「そうなんですね……」
「だいぶ元気になってきたんだがな……。グレイデン王国では15歳に成年の祝いをする。本来ならば母が織ってくれた布飾りを巻くんだ。だが、俺は母を亡くしていたから他の女性たちが織ってくれた。ありがたいことだが、母がもういないということを改めて突きつけられて……」
ディアラドがうつむいた。
「落ち込む俺を父が心配し、異国に連れて行ってくれた。初めての外国旅行で気分転換になると思ったんだろう。それがミドルシア王国で、そなたに初めて会ったパーティーだ」
「ああ、あのときの……!」
ろくに目を合わせず、終始不機嫌だった15歳のディアラド。
(あのときはまだ、お母様を亡くされた傷が癒えていなかったのか……)
「他国に来ても別に気分は変わらなかった。上っ面だけの腹芸が横行するパーティーにうんざりして抜け出した。そのとき、そなたの歌声に出会ったのだ」
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