第13話:国境を越えて

「えっ、もう着いたのですか?」

 そう言った瞬間、窓の外から明るい日差しが差し込み、セイリーンは目を細めた。


 ディアラドの話を夢中で聞いていたので、あっという間に感じた。

 心細さや不安など感じる隙はなかった。

 ケイトの顔にも安堵が浮かんでいる。

(もしかして、不安を感じさせないように色々話してくれたのだろうか……)


 窓の外には見たことのない風景が広がっている。


「あの、もしかしてもう国境の山々を越えたのですか……?」

「ああ。それどころか、間もなく王都が見えてくるだろう。キースがいい場所を見つけてくれたな」


 ディアラドが当たり前にように言ったが、セイリーンたちはそれどころではなかった。


「えっ、あの険しい山をあっという間に――」

「まだ、出立して2時間もたっていませんよね? もう本当に王都に着くんですか!?」

「ああ。窓から後ろを見てみろ。山が見える」


 そう言われ、セイリーンたちは窓の外を振り返った。

 遠くの方に森が見え、更にその遙か後ろに雄大な山がそびえ立っている。


「国境の山脈があんなに遠く――」

「お嬢様! 街が見えてきましたよ!」


 ケイトの言葉に前方を見やると、堅牢な壁に囲まれた街が見えてきた。

 その奥にそびえ立つ城はとてつもなく大きく高い。


「王都……すごくないですか?」

 ケイトが呆然としている。

 遠方から見ていても、ミドルシア王国に勝るとも劣らない規模の街だ。


「もっと……素朴そぼくな感じの王都だと思っていました、私」

 ケイトが思わず本音をもらしてしまう。


「心配するな。静養する場所はもっと静かで人がいない場所だから」

 ディアラドがなぜ二人がそんなに興奮しているのかわからない、というように戸惑った顔になっている。


(大国とは聞いていたけど、想像以上にすごい……)


 ぐるりと街を囲んだ外壁に近づくと、鉄の門がゆっくりと開いた。

 馬車が門を抜けると、石畳の大通りがまっすぐ眼前に広がる。


「わあっ! すごい! お店がいっぱいありますよ、お嬢様!」

 ケイトが窓から外を見て歓声を上げる。


 道の左右には様々な店が建ち並び、買い物をしている人々で賑わっていた。

 大通りは馬車が二台ゆったりと行き違える広さがあり、その脇を人々が歩いている。


「人がこんなにたくさん……」

「なぜそんなに驚くのだ。ミドルシアの王都とあまり変わらぬ人出だと思うが……」

「そりゃ、そうだろ。辺境の国だから人が少ない、って思うだろ、普通」

 御者台からキースの声がする。


 ケイトとセイリーンは賑やかな大通りから目を離せない。

「お嬢様、見てください! すごく綺麗な布? 絨毯? あれは雑貨店なんでしょうか……。すごく素敵じゃないですか!?」

「う、うん……あ、お花屋さんもある……」


 大通りに立ち並ぶ店は色とりどりの看板や外装で華やかに彩られていた。

 ミドルシア王国の目抜き通りに負けずとも劣らない賑わいに、セイリーンたちはただただ驚くばかりだ。


「こ、こんなにお店があるんですか……」

 辺境の国、というイメージが強すぎて実感がわかない。

 しかも猛々しい戦闘民族の国という思い込みのせいで、武器などの実用品を扱う店や酒場ばかりだと思っていた。


 だが、実際には通りには女性の姿が多く、店も明るく可愛らしい装飾のものが目につく。

「なんだか女性が多い気がするのですが……」

「そうか? 我が国は特段女性が多い、というわけではないが……」

「女性って買い物が好きでしょ! だから女性向けの店が多いんですよ、目抜き通りは!」

 要領を得ないディアラドに変わってキースが御者台から答えてくれる。


「そんなの……ミドルシアと同じじゃないですか……」

 ケイトが呆然とつぶやく。


 辺境の片田舎の街、という先入観が一気にくつがえされた。

(他国に来たのは初めてだ……。どんなものが売っているのだろう?)


 セイリーンは興味を抑えきれなかった。

「あのっ……よければ街を歩いてみたいんですけど……」

 目を輝かせて振り向いたセイリーンにディアラドが少し驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。


「もちろん構わない。馬車を止めろ」

 ディアラドが御者に声をかける。

 すぐさま馬車が止まると、ディアラドがドアを開けてさっと先に下りた。


「手を貸すから、ゆっくり下りろ」

「はい! あの、でもいいんですか、王様が街にいきなり……」

 護衛はキースの他に四人しかいない。

「? 俺は王だぞ。俺はこの国のどこにいてもいい」

 首を傾げるディアラドの手にセイリーンはそっと手を載せた。


 ミドルシア王国では、王族は滅多に街に姿を現さない。

 特別な祭りや行事のときのみ謁見の場を設け、それも厳重な警備のもとで民はおいそれと近づくことはできない。


「お嬢様! 本当に行かれるのですか?」

 心配そうなケイトにセイリーンは微笑んでみせた。

「ケイト、不安なら馬車に残っていて」

「い、いえ私はおそばに……! それに私もお店が気になります!」

 腰を上げたケイトに微笑みかけ、セイリーンはドアから外に出た。

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