第14話:王都散策

「セイリーン。足元に気をつけろ。高さがあるから」

 馬車のステップに足をかけた瞬間、ディアラドがそっと腰に手を当ててきた。


「あっ……」

 ふわりと体が浮き、セイリーンはあっという間に道に下ろされていた。


「ケイトも」

 ディアラドが馬車の中に手を伸ばす。

「えっ、あっ、はい!」

 もたもたしている方が迷惑になると判断したのか、ケイトが素直にディアラドの手を取り、同じように軽々と馬車から降ろしてもらっていた。


「うわあ……」

 見上げる青空はミドルシアよりも高く広く感じる。


 石を敷き詰めた灰色の道も目新しい。

 ミドルシア王国では赤煉瓦の道が多い。


 周囲の人たちの外見も様々だ。

 ミドルシアの人間に多い金色や茶色の髪だけでなく、青みがかっていたり、キースのような草色をしていたり、と見たことのない髪色が目につく。

 着ている服の形状も様々で、いろんな民族を包括する大国ということを実感する。


 そっと肩に大きな手が置かれた。

「大丈夫か、セイリーン」

 見上げたセイリーンは眩しさに目を細めた。

 ディアラドの銀髪が太陽の光を浴びてまばゆいばかりだ。


「心配するな。俺のそばにいれば大丈夫だ。それに王都は安全だ」

 ディアラドの言葉に迷いはなく、それだけで一瞬揺らいだ心が落ち着いた。

「はい」

 セイリーンはゆっくり足を踏み出した。


「お嬢様! 怖くないんですか?」

「ええ、不思議と……」

(なぜだろう。 異国にいて知らない人たちに囲まれているのに――)


 傍らを見上げると、視線に気づいたディアラドの金色の目が優しくこちらを見返してくる。


(ディアラド様がそばにいるからだ……)

(決して私から目を離すことなく、私を守ってくれている)


「あれっ、やっぱりディアラド様じゃない!?」

「王だ!」

「お帰りなさい、ディアラド様!」

 ディアラドに気づいた途端、わっと人が寄ってきてセイリーンたちは大勢の人たちに囲まれた。


 セイリーンとケイトはぎょっとして足を止めた。

 驚くセイリーンたちをかばうようにディアラドとキース、そして四人の近衛兵が壁を作り群衆から距離を取ってくれる。


 集まった民たちが物珍しげにセイリーンに目をやった。

「すっごい金髪……その人って外国人!?」

「綺麗ね……もしかして、貴族のご令嬢!?」


「あっ、あの、ミドルシア王国のセイリーン・サイラスと申します」

 セイリーンが思わず挨拶すると、しん、と周囲が静まり返った。


(もしかして、ミドルシア王国の人間は快く思われていない――?)

 セイリーンが心配になった瞬間、わっと歓声が響いた。


「ディアラド様が女性を!」

「すごいーーーー!!」

「あのディアラド様が女性を連れてきた!!」

「わざわざ外国からってことは――花嫁ですか!?」

「ええっ、花嫁!?」


 いきなりの大騒ぎにセイリーンがうろたえていると、ディアラドが大きく手を払った。

「うるっさい、ほら、道を空けろ! セイリーンが歩けないだろ!」

 ディアラドの言葉に、どっと笑いが起きた。


「確かに! デートの邪魔をしてすいません!」

「皆、花嫁様が通るから道をけて!」


「いえっ、あのっ、私、花嫁じゃ――」

 ディアラドの大きい背中越しにセイリーンは声を出したが、人々の歓声にかき消される。


「気にしなくていですよ、セイリーン様」

 傍らに寄ってきたキースが声をこそっと囁いてくれる。

「あなたが花嫁でなくとも、皆嬉しいんですよ。ディアラドが女性を連れていることが」

「えっ?」


 道を空けてくれた人たちが笑顔で手を振ってくる。

 そっと手を振り返すと、皆が喜びの声を上げた。


 なぜこんな歓待を受けるのかわからずおろおろしていると、ディアラドが心配そうに振り返ってきた。

「大丈夫か、セイリーン。怖くないぞ。皆、おまえを歓迎している」

「え、ええ、それはわかります……」

 街ゆく人たちがセイリーンを見る目は優しく、通行の妨げにならないようにと適切な距離を取ってくれている。


「あ、あの、私おうかがいしたいことが」

「なんだ、セイリーン」

「あの、キース様に」

 セイリーンの言葉に、ディアラドが露骨に落胆の表情になった。

「えっ。なんでキースに。俺ではダメなのか?」

「そんな嫉妬丸出しの顔すんなよ、ガキか……。それから、セイリーン様。俺に『様』はいらないですよ。俺は貴族でも王族でもないですし」

「じゃあ、私もいらないです」

「では、セイリーン」

 呼び捨てにしたキースを、ディアラドとケイトがギッと睨む。


「……って呼んだら殺されそうだから、セイリーン嬢で。なんでしょう?」

「先程の……私が花嫁ではなくても歓迎って……。どういうことなんですか?」

「ああ。いや、こいつ、ずっと縁談を断ってたって話したじゃないですか。皆密かに心配していたんですよ。だから、女性と連れ立っている王を見て嬉しいんです。

いや、モテないわけではないですよ? こう見えても結構女性に好かれるんですけどね」

「……ですよね」


 王という地位もさることながら、すらりとした長身に端整な顔立ちをしたディアラドは人目を引く。

 思わず見とれたセイリーンの視線に気づかず、ディアラドがキースを恨めしげに見つめる。


「なんで、俺のことなのにおまえに聞くんだ……。それくらい俺が答えられるのに!」

「ディアラド様、すいません……」

「いや、セイリーンを責めているわけではなくて!」

 申し訳なさそうなセイリーンにディアラドが慌てるのを見て、キースがぷっとふきだした。


「あーあ、ほんと女性の扱い、なってないよなあ。おまえって」

「人のことが言えるのか、キース!」

「別に俺は好きな女性とかいないし? 向こうから誘ってくるのに応えているだけだし?」

「で、一回目のデートで振られまくっているんだろうが」

「勝手に怒って帰っていくんだよなあ、女性って」

 キースが肩をすくめる。


「要するに、女性の扱いにうとい似た者同士ってことですね」

 ケイトの辛辣な一言に、ディアラドとキースが思わず硬直する。

「でも、今は異国の令嬢をエスコートしているのを忘れないでくださいね? 男同士でイチャイチャせずに、ちゃんとウチのお嬢様を見てください」

「イ、イチャイチャなどしていない、誤解だケイト!」

 慌てるディアラドをキースが肘でつつく。

「ややこしくなるから、おまえは黙ってろ! ほんと申し訳ない、ケイトさん。ウチの王様は女性慣れしていなくて。で、何か気になるお店とかありますか?」


「そうですね……。セイリーン様、どうですか?」

「ええっと……」

 辺りを見回したセイリーンは、ひときわ鮮やかな空色のお店を指差した。

「あのお店は……なんですか?」

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