第15話:茶館訪問

「確かに素敵……。立て看板がありますね! 美味しそう!」

 ケイトが駆け寄った立て看板には、果実が盛られた菓子などが描かれている。


「ほんと、可愛い……」

 店の看板を見ると『南空茶館』と書かれており、どうやら軽食も出す茶店らしい。

 異国の菓子やお茶に興味津々で店を見つめていると、ディアラドが声をかけてきた。


「入ってみるか?」

「ええっ、いいんですか!?」

 セイリーンは驚いてディアラドを見上げた。

「ああ、なぜだ?」

「で、でもいきなり王様がお店に入るなんて……」

「よくわからんが、別に混んでいないようだし、たまにキースと来る店だから問題ないだろう」

「えっ、キースさんと!?」


 驚いてキースを振り返ると、当たり前のように店に入っていく。


「ここ、焼き菓子がうまいんだよね。すいませーん、四人だけど奥の席空いてる? 空いてるって」

「奥の窓際の席が落ち着くんだ」

 カジュアルに店に入っていくディアラドたちの姿に、ケイトの口は開きっぱなしだ。

「お、王様なんですよね? すごく普通にお客として入っていきますけど……」

「え、ええ……」

 戸惑いながら、セイリーンたちも後に続く。


「うわあ……」

 店内は可愛らしい絵柄のタイルが貼られ、席と席の間は薄い布で仕切られている。

 異国情緒あふれる店内に、セイリーンとケイトは釘付けになった。

「す、すっごい……凝った内装ですね」


 床もタイル貼りで綺麗な模様が描かれている。

 奥の席はゆったりしたソファ席で、美しい刺繍のされたタッセル付きのクッションが置かれていた。

「こんな華やかなクッション初めて……」

「店主が南部出身で、故郷で使われているものを持ってきたそうだ」


「いらっしゃい、ディアラド様、キース様。可愛らしいお嬢さんたちもようこそ」

 長い黒髪を後ろで束ねた若い女性が注文を取りに来てくれる。


 すらりとした長身で、体にぴたりと沿う淡い色の服を着ていた。

 見たことのない美しい民族衣装にセイリーンは思わず目を奪われた。


「初めまして、店主のモエナと言います」

 美女に笑いかけられ、セイリーンは顔を赤らめた。

「ミドルシア王国から来たセイリーン・サイラスと申します」

「遠いところからようこそ! 楽しんでいってくださいね。ディアラド様はいつもの?」

 相手が王だというのに、モエナは特に気を張ることもなく声をかける。


「そうだな。俺とキースはいつもの――」

「勝手に俺の注文をするなよ! 日替わりメニューがあるかもしれないだろ!」

 キースがディアラドを怒鳴りつけ、くすくす笑うモエナからメニュー表をもらう。


「セイリーンは甘いものが好きか?」

 ディアラドに問われ、セイリーンは慌てて頷いた。

「え、ええ……」

「セイリーン様はケーキがお好きなんですよ! 果物とクリームたっぷりの!」

 ケイトが言うと、ディアラドが大きく頷いた。


「では果実のケーキとタルト、それからクリームプティングも追加で!」

「だから、ディアラド! 勝手に注文するなって言ってんだろ!」

「そうですよ、こういうのはメニューを選ぶのも楽しみなんですから! さ、お嬢様、ご覧になってください」

 ケイトがさっとメニュー表をセイリーンの前に置く。


 ケイトも街の開放的な雰囲気に緊張がほぐれたのか、いつもの調子が戻ってきている。

 もともと、おどおどしている性質ではないのだ。


 セイリーンはディアラドの様子をそっとうかがったが、特にケイトの態度に引っかかった様子もなく、楽しげにこちらを眺めている。


(不思議……まるで学友たちとお茶会をしているみたいだ……)

 そう思うと、自然と言葉が出た。

「あの、ディアラド様のいつもの注文というのは何ですか?」

「俺はリンゴのパイだ。甘く煮たリンゴをしっとりしたパイ生地で挟んだやつ。それと珈琲コーヒーを」

「珈琲?」

「豆を焙煎した、少し苦みのある香ばしい濃い南部の飲み物だ」

「美味しそうですね。私もそれにします」

「よし。では、とりあえず菓子類を全種類と――」

「そんなに食べられないです!」

「ディアラド……貴族の女性は小食なんだよ」

「そ、そうなのか。では、注文は任せる」


 キースとケイトが相談して四種類の焼き菓子とお茶を頼む。

 四人分の注文がテーブルに並べられると、その華やかさにセイリーンたちは声を上げた。

 南部風なのか、白地に鮮やかな青色の模様が描かれた食器は菓子の美しさを引き立てている。


 さっそく四人は食べ始めた。

「美味しい!」

 セイリーンとケイトが同時に声を上げると、ディアラドが目を輝かせた。

「気に入ったか、よかった! ではお代わりを――」

「だから、そんなに食べられないっつーの! また来ればいいだろ。セイリーン嬢はしばらく静養するんだし。別に明日帰るわけじゃないでしょ?」


 キースに尋ねられ、セイリーンは自然と頷いていた。

「え、ええ……」

「王都には美味しい茶館がいろいろありますよ。それに女性が好きそうな服やアクセサリーのお店もある。静養地もいいですよ。花園や湖上のテラスでお茶できますよ」

「な、何それ……そんな場所が……あるんですか」

 キースの言葉に茶館好きのケイトがごくりと唾を飲み込む。


「私……見てみたいです!」

 目を輝かせるセイリーンを見たディアラドが顔をほころばせた。

「お手柄だな、キース」

「どうも。たった一日で帰られたんじゃ、預けられた王剣が可哀想すぎるだろ」

「え?」

「ディアラドはずっと心配しているんですよ。あなたが『もう帰りたい』って言い出さないか、って」

「キース!」

「いてっ、でも本当のことだろ」


「そうなんですか……? ディアラド様……」

 キースを肘でつついたディアラドが、気まずそうな顔になった。

「そなたがこんな遠方の国に来るのが、どんなに心細いのか俺にも少しはわかる。でも、どうしたら安心して楽しんでくれるのか、何を喜んでくれるのかわからないんだ」

「私はそんな……」

 ディアラドは馬車でも街でも、ずっと気遣ってくれていた。


「帰りたいのなら、もちろん率直に言ってくれて構わない。ただ、少しでも……そばにいてくれると嬉しい」

 目をそらせると、ディアラドがつぶやくように言う。


「おまえって好きな女の前だと、そういう気弱な感じなんだなー。ははっ、面白いな! 初めて見る顔だ」

 ニヤニヤ笑うキーズを、ディアラドは肘打ちで黙らせた。


「では、そろそろ王城に行くか。城で一夜を過ごして明日の朝、南にある静養地に向かおう。きっと気に入る……と思う」

 少し自信なさげに言うディアラドに、セイリーンは思わず微笑んだ。

「楽しみです」

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