第33話:現れた魔物
セイリーンが三曲目の『祝福の歌』を歌い終わると、ディアラドが拍手をしながら近づいてきた。
「素晴らしいな、セイリーン。この町に素晴らしい祝福をありがとう」
「いえ、私こそ聴いていただいて光栄です」
「皆、セイリーンに改めて拍手を! 申し訳ないが彼女はもう連れていく」
「ええっ」
「あはは、ディアラド様、彼女を独り占めしたいんだな!」
「その通りだ!」
からかいの言葉をかけられても、ディアラドは笑顔で返す。
民との信頼関係がしっかり築けているのがわかる。
「セイリーン様、ありがとう!」
「また来てくださいね!」
皆に惜しまれつつ、セイリーンたちは港町を後にした。
「やはり近くに魔物がいるようだ。もう一度街道に戻って探す。慌ただしい旅ですまんな」
「いえ、大丈夫です」
馬車には軽食が用意されていた。
「大騒ぎだったな。あんなに人に囲まれて、疲れたのではないのか?」
ディアラドが心配げに尋ねてくる。
「いえ、歓迎されてびっくりしましたけど……でも、楽しかったです。やっぱり私、歌うのが好きだったみたいです」
「いや、間近で聴くと本当にすごい歌声だな。びっくりしたよ。情景が目に浮かぶっていうかさ」
キースがそう言いながら、港町名物の焼き魚を挟んだサンドイッチをあっという間に平らげる。
「キースは涙ぐんでたぞ」
「バラすなよ、ディアラド! 俺、『悠久の旅人』が好きでさ。でも、あんなに心を揺さぶられたのは初めてだよ。すごいな、セイリーン嬢」
キースにまで誉められ、セイリーンは照れくさくて顔を赤らめた。
街道をゆっくり進んでいるとき、セイリーンは草原に白いウサギのようなものを見つけた。
「あ、可愛い!」
白くてふわふわした雪玉のような獣が、草の陰から赤い目でこちらをじっと見つめている。
長い尻尾がくるくると動くのも愛らしい。
「ディアラド様、あれは何という動物ですか?」
「シュネー・ヘルデだ!」
ディアラドたちが声を上げる。
「えっ!」
「しかも一匹いるということは――」
よく見ると、あちこちに白い塊が見える。
「十匹はいそうだな」
気づかないうちに、セイリーンたちは魔物に取り囲まれていた。
赤い目がこちらを見ている。
鼻がぴくぴく動き、長い尻尾が左右に揺れる。
「尻尾の先端が黒い――ということは
「斥候?」
「自分たちの住処を探すために、まずは若い獣が数匹調べに来る。そして、次に本隊――真っ白な成獣たちが大量に来る。そして、最後には女王が現れる」
「女王……?」
「ああ。熊のように大きいシュネー・ヘルデだ。子どもを産むことができる唯一の個体で、他は全て兵隊だ」
まるで軍隊のような群れの性質に、セイリーンはぞっとした。
「だから、斥候が来た段階できちっと追い払っておく。ここはおまえたちの安住の地ではない、と」
「一気に全滅させたいな。俺もいく」
キースが座席から立ち上がった。
「一匹一匹の戦闘能力自体は高くない。だが、魔物だから普通の武器だと弾かれる。
対魔物用の武器か精霊術や魔術を使うのが効率がいいんだ。こういうときにキースは役に立つ」
「俺はいつも役に立つだろ? ディアラド、剣は公爵家に置いてあるんだよな?
俺がやるよ」
「いや――魔物用の弓矢を使う。おまえはここで二人を守っていてくれ」
馬車を降りたディアラドに、がっしりとした弓と矢が近衛兵から渡される。
「あっそ、ふーん」
キースがニヤニヤ笑ってセイリーンを見た。
「この数だったら俺の精霊術で一気に倒すのが早いんだけど、ディアラドはあんたにいい所を見せたいんだな」
ディアラドが馬を走らせる。
逃げると思いきや、シュネー・ヘルデたちが次々とディアラドに襲いかかってきた。
「ディアラド様!!」
セイリーンは思わず悲鳴を上げた。
だが、一瞬にしてシュネー・ヘルデの体を矢が貫通する。
「うわ……早い!」
目にも止まらぬ早業で矢を射たディアラドの姿に、ケイトが感嘆する。
ディアラドは弓を連射し、二十匹ほどいたシュネー・ヘルデをあっさりと倒した。
兵たちに後始末を任せ、ディアラドが戻ってくる。
「お見事! さすが我らが王!」
「からかうなキース」
わざとらしく拍手するキースにディアラドが苦笑する。
あまりの早業に呆然としているセイリーンからディアラドが目をそらせた。
「そなたの目には残酷な所業に映ったかもしれないが、魔物は見かけたら徹底的に撃滅するしかないんだ。そうでなくば、街や村が襲われる。小さくても愛らしくても――それは魔物だ」
「はい……!」
「……俺が恐ろしいか?」
「私、怖くなどありません。いつも守ってくださってありがとうございます」
「そうか、よかった……」
ディアラドが大きく息を吐く。
「俺たちは生きるために俺たちは狩りをする。生活のため、身を守るため。だが、他国の人間にはそれが残酷に見えるのだろうな、と思うときがある」
草原に横たわる白い遺骸。飛び散った血――。
確かにそれは鮮烈で残酷な光景だった。
「そなたに嫌われたくはないが……避けては通れないから……隠さず見せるしかない」
うつむいてしまったディアラドを頬をセイリーンはそっと両手で包んだ。
(この人は――無類の強さを誇り、辺境の部族を束ねているのに)
(私のたった一言で打ちのめされるというの……)
「大丈夫ですよ。私はディアラド様を嫌いになったりしません」
「セイリーン……」
ディアラドはそっと目を閉じると、頬を包むセイリーンの手を自分の手で覆った。
「ありがとう……」
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