第35話:セイリーンの噂
セイリーンたちがグレイデン王国での旅路を満喫している一方、ミドルシア王国の王城では貴族の令嬢たちが噂話に興じていた。
「見た? サイラス公爵のお顔!」
「すごくにこやかで――ご機嫌ね」
「あんなことがあったのに――」
意気揚々と王城を
セイリーンの婚約破棄後、気の毒なほど落ち込んでいたというのに、たった数日で驚くほど活気に満ちあふれていたのだ。
「セイリーン様、どうなさってるのかしら……」
「ね、婚約破棄されて……もう何日も登城されていないし」
「やっぱりショックよね」
「私ならもう顔を出せないわ」
すると、令嬢の一人がとっておきの情報を披露した。
「それがね、今セイリーン嬢はミドルシア王国にいないのよ」
「えっ?」
全員が驚愕の表情を浮かべるのを、令嬢が満足げに見渡す。
「静養に行っておられるの。なんとグレイデン王国に!!」
「グレイデン王国って……じゃあ、あの魔獣王と!?」
「ぜひに、と請われたらしいわよ」
「あの突然の求婚、すごかったですわよね!」
「ええ。あの恐ろしげな魔獣王がひざまずいて……」
令嬢たちは顔を見合わせた。
「あのお二人、密かに会っていたのかしら?」
「それはないでしょう。セイリーン嬢は本当に驚いていらしたし、そもそも真面目な方だから」
「じゃあ、ディアラド様はセイリーン様に一目惚れだったのかしら?」
「ああ、知りたい!」
さえずる貴族の令嬢たちが、廊下を歩いてくる二人の令嬢――マリッサとカティアをとらえた。
「あ、マリッサ嬢とカティア嬢!」
「お二人ならセイリーン様と親しかったから何か知っているかも!」
マリッサとカティアは一瞬にして貴族の令嬢たちに取り囲まれた。
「皆様、どうかなさったの?」
二人は令嬢たちの質問責めに合う羽目になった。
「セイリーン様のことをお聞きしたくて!」
「セイリーン様がグレイデン王国に行かれたというのは本当!?」
「あの恐ろしい魔獣王の求婚を受けるのですか?」
マリッサとカティアは顔を見合わせた。
「どうかしら。セイリーンは静養に行っただけだから……」
「でも、ディアラド様はセイリーンに夢中みたいで」
マリッサとカティアが顔を見合わせてクスクス笑う。
「えっ、どういうことですの?」
「私たちもサイラス公爵から聞いただけだから……」
マリッサが言うと、カティアが続けた。
「セイリーンから毎日手紙が来るのですって。手紙にはグレイデン王国でもてなされた話が
「たくさん贈り物もいただいたみたいで、私たちにもお土産が……」
「ね!」
マリッサとカティアがお揃いの花飾りを見せる。
「素敵……! これは
「生花をそのまま固めてブローチにしたみたい。すごい技術よね」
「王都の近くに王の作った花園があるんですって。見渡す限り花畑の丘や美しいバラ園があって……」
「香りのいい花のお酒もいただいたとか!」
マリッサとカティアがうっとりと話すと、令嬢たちは一様に驚いた。
「ええっ、だって辺境の……魔物が出たりする場所なんでしょう?」
「それが、王都周辺の王領は安全で、すごく賑わっているらしいわ。ミドルシアの目抜き通りに
「ディアラド様はセイリーンに夢中で、毎日のように公爵家へ王からの贈り物が届いているみたい。珍しい宝飾品やお菓子や服とか……」
「ああ、それでサイラス公爵がご機嫌なのね!」
ようやく謎が解けた令嬢たちが、深くうなずき合う。
「でも、よかったわ。セイリーン様が心配だったから……」
「ねえ? ルシフォス殿下があんなに冷酷な方だったなんて」
「正直、がっかりしましたわ」
令嬢の一人がこそっと声を潜める。
「それより、ディアラド様って優しい方みたいね」
「私、恐ろしくてあまり見ないようにしていたんですけど……」
「もったいない! あの方、すごく美しい金色の目をなさっているのよ」
「また来てくださらないかしら。お話ししてみたいわ」
令嬢たちの期待に満ちた目に、マリッサが苦笑した。
「そうね、私もお土産のお礼をしたいし……。セイリーンが帰国したら、ディアラド様をお招きできないか頼んでみるわ」
マリッサの言葉に貴族の令嬢たちがわっと湧いた。
「私たちもぜひ呼んでくださいな!」
「いいわよ。ディアラド様を囲む会を開催しましょう!」
貴族の令嬢たちが盛り上がっているなか、少し離れた場所では、他家の侍女たちが公爵家の侍女三人を取り囲んでいた。
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