第31話:王の資質

「すごい……! これでまだ建設中なんですか?」


 王都ほどではないとディアラドは言ったが、港町の想像以上の賑わいにセイリーンは圧倒された。

 市場が開かれ、わいわいと人が集まって活気がある。


「ああ。いずれここは、王都に次ぐ第2の街となる予定だ。南部の港は凍らないから一年中使える。険しい山を通るのではなく、海から運べば交易もスムーズだ」

「海路での交易……」


 そういえば、ダリアリアの実家であるモルゲン侯爵家も南部に港を造ろうとしていた。

 ミドルシアはグレイデン王国以外の国とは陸路で行き来もしやすく、大きな川もあったので、これまで先延ばしにされていた計画だ。


「やはり海路というのは重要なのですか?」

「ああ。運搬できる規模とスピードが格段に違うからな」


 やはりダリアリアはすごいと思わざるを得ない。

 先を見通し、困難な計画を実行に移せる力がある。

(ルシフォス様が心を奪われるわけだ……)

 寂しい気持ちが去来したが、ミドルシア王国の未来を思うとダリアリアのような革新的な女性が王妃にふさわしいと感じた。


「どうした? セイリーン」

 セイリーンの微細な変化を気取ったのか、ディアラドが心配そうに見てくる。

「いいえ。すごいですね、これからは他国と本格的に交易を始めるのですか?」

「ああ。他国との交流が一気に増えるだろう。そのための準備を急がせている。まずは南に港町を持つ国に話を持ちかけるつもりだ。父が繋いでくれた縁があるから、あとは俺がどれだけ各国の信頼を得られるか、だな」

「ディアラド様でしたらきっと大丈夫です。誠実で真摯な人は、誰からも信用されます」

「嬉しい言葉だ。やる気が出るな。他国との交流を始めてまだ10年。港町の建設によって大きな転換期を迎えることになる。時期尚早と言う者も少なくないが、俺はやり遂げたい」


 ディアラドと話しながら街の中心部に向かうと、わっと人が集まってきた。


「ディアラド様だ!」

「お久しぶりです、ディアラド様!」

 王都のときと同じように、ディアラドが民たちに取り囲まれる。

 慌ててキースとケイトがセイリーンの傍らに立った。


「ディアラド様は本当に人気があるのですね……」

「ここも王の直下領だからな。新しい街は自分で望んで来た人間が集まっている。王を信頼して新天地に来た者ばかりだから」

 セイリーンはキースの言葉に重みを感じた。

 ディアラドは王国のすべての民たちの期待に応えなくてはならないのだ。

 それもまだ若干20歳の身で。


「王というのは本当に大変ですね……」

「だから、なり手がいないんだよなあ。グレイデン王国みたいな、やたら広くて様々な部族が集まっているような面倒な国の王なんてさ。そりゃ、富や権力を持てるけど割に合わないよな」

「え……? ディアラド様はお父上であるブレイク王の後を継いだのでは……?」

「違うよ。他の国では血統で決める世襲制らしいけどな」

 そう言えば、酔ったキースがそんなことを言っていた覚えがある。


「王の息子だからといって次の王になる権利も義務もない。国領の国民の代表や国の中枢を担う者たち、各部族の長たち――彼らが王と認めた者がなる。逆にそれができるなら誰でもいいんだ。もちろん、女王でも構わない」

「誰でも……」

「そう。極端な話、外国人でもな。だが、国領の国民たちだけでなく、曲者揃いの各部族の長たちに認められるのは、卓越した力と人徳がなければなしえないだろう。そもそも、そんな人材は国広しといえども一人いるかいないか――ってやつ」


「つまり、出自しゅつじではなく、実力で勝ち取る王位ということですね」

「そのとおり! 部族間抗争に明け暮れていたグレイデンを一つにまとめた始祖王や、国が安定したのち外交に乗り出したブレイク王もだけど、ディアラドも本当にすごいよ」

 キースが民衆に囲まれるディアラドを見つめる。

 その目に浮かぶ尊敬と親愛の念に、セイリーンは心が温まるのを感じた。


「……キースさんはどうしてディアラド様のお側に?」

「ああ、俺? まあ、理由は色々あるっちゃあるけどさ……」

 キースがわしゃっと若草色の髪をかきまぜた。

「気に入っているんだ、あいつが。そばにいると楽しい。それが一番の理由かな」

 キースがにやっと笑った。

「誰かのそばにいる動機って、たぶん『相手のことが好きだ』っていう単純な答えにいきつくんじゃね?」

「……好きだからそばにいる……」


 シンプルな答えだけに本質をついている気がした。

 友人のマリッサやカティアと会いたくなるのも、一番の侍女をケイトに選んだのも、有能だからとか利用価値があるからではない。

 一緒にいて楽しく、居心地がいいからだ。


 逆にどんなにメリットがあろうとも、不快な相手からは逃げたくなる。

 ディアラドは最初から一度も王であることを笠に着たり、誇示したりしなかった。

 ただの一人の男性としてセイリーンと接していた。

 肩書きや地位ではなく、自分本人を好きになってもらえなければ、そばにいてもらえないと知っているからだ。


「あれ、ディアラド様、その金髪の美人さんはどなた?」

「えっ、まさかディアラド様の恋人!?」

 またもやセイリーンに民の注目が集まる。


「セイリーンは俺の大事な客人だ」

「あ、私、ミドルシア王国のセイリーン・サイラスと申します。このたびはディアラド様にお願いしてグレイデン王国を訪問しました」

 丁寧に挨拶すると、場がしん、と静まり返った。


 そして、わっと歓声が上がった。

「うわあ、めっちゃきちんとしたお嬢さんじゃん!」

「外国人なんだ! ミドルシアってあの歴史のある大国だよね?」

「やっぱり品があるわあ!」

「グレイデン王国へようこそ!」


 口々に歓迎の言葉をもらい、セイリーンは安堵した。

 ここでも、ディアラドのおかげで親切にしてもらえる。


「ねえねえ、貴族なの?」

 興味津々に同い年くらいの女の子たちが近づいてきた。

「こらこら、おまえたち気安く話しかけるな。彼女は公爵令嬢だ」

 キースが追っ払おうと手を振ったが、女の子たちにぐいっと押しのけられる。

「キース様、邪魔」

「いいじゃん、女の子同士話したって!」

「そうだよ、国際交流ってやつ?」

「いいですよね、ディアラド様。女子だけで話しても!」


 女の子たちの勢いにディアラドが苦笑する。

「セイリーンが構わなければそれで」

「やったあ!」

「セイリーン様、私たちとお話ししましょう!」

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